海界の村を歩く 太平洋 津堅島(沖縄県うるま市)

沖縄本島周辺の離島を歩く旅の2日目。昨日は辛うじて小雨で迎えてくれた琉球の梅雨空は、「ごめんね梅雨だし」とでも言わんばかりに、どしゃ土砂降り。「今日やめよ」というもう一人の自分にムチ打って宿を出る。
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昨日歩いた久高島から北方に眺められた津堅島へ行く。しかし、渡船の出る港は異なっていて、勝連平敷屋港となる。港を出て約30分で津堅港に着岸。
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港から眺める集落は、島としてはちょっと異様である。
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近づいてわかった。並ぶ家々は鉄筋コンクリート造の二階建て民家。
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フラットな陸屋根が二階に深いテラスを形成している。
津堅島は、沖縄戦時下に沖縄本島を守る要塞として激戦地となり、戦後は昭和24年まで全島民が沖縄本島の南風原地区に強制移住させられていた歴史がある。
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戦時下で焼けてしまったからなのか。赤瓦の木造民家は少なく鉄筋コンクリート(RC)造の民家が多い。
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注目すべきは、平屋のRC造民家で、軒が深く玄関を正面センターに構えた形態は、ほとんど木造の在来民家と同じ構成である。これこそ正常進化形と言ってよいだろう。
(写真がわかりづらくて恐縮だが上下を見比べてほしい)
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防風対策から敷地の外周をコンクリート塀や付属屋で囲った家があった。そのコンクリート壁に妙な窓が、、、
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クルマのフロントガラスを利用して嵌めた窓。中にヒマワリの造花が飾ってあった。
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切石の石塀の残る屋敷
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島の店
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カラオケ屋さんまである^_^
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島の地下は貴重な水源になっている。ここは鳩が見つけた泉という伝説があることから「ホートゥガー」という名がついた。
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津堅島は「ニンジンの島」と呼ばれる。昭和56年に土地改良事業が完了し、全体が大きな農地になっていた。
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本島に戻る。勝連半島からは海中道路と呼ばれる道があって、幾つもの島が結ばれている。
その中から浜比嘉島に渡る。
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浜比嘉島は浜と比嘉という二つの集落があることから、この名がついた。その一つ浜集落を歩いた。
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そして、海中道路で繋がった最奥地の離島、伊計島。
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リゾート開発も進行した島であるが、集落は意外にも素朴。
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土砂降りはますます力を増してきた。もう集落探訪は続行不可能。耐えられず切り上げ、早めの便に切り替えて東京に戻った。
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by marunouchi_no1 | 2015-06-13 08:56  

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