海界の村を歩く 日本海 萩大島(山口県萩市)

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(山口県萩市大島)

相島渡船が萩商港に着きました。乗り換え時間は20分。3度目の渡船に乗って最後の萩大島に渡ります。大島へは25分だから一番近いです。
大島は相島とは対照的で、漁港から台地に向かう斜面に集落が駆け上がっている。典型的漁村集落ですね。
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まず、船着場の右手(東側)の赤穂瀬地区(あかほせ)から歩きましょう。見ての通り急斜面上の雛壇集落。
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雛壇の擁壁にコンクリートが使われてるから、もう一方の本村地区(じげ)より新しいのかなと思ったけどそうでもなさそうで、古い民家もありました。
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傾斜が急だから擁壁の石垣も超高い。
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階段が上にずっと延びてる。暑いから全部の階段は上がる気がしません。
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斜面下の通り。洋館があった。
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上から見下ろす。フー急です。
もう暑くてたまらん。本村地区にある民宿に早々と入り、クーラーに当たっていたらもう腰が上がらなくなった。
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本村地区は明日朝にしよう。
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萩大島は、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の落人が住み着いたという伝説のある。ご覧のように台地状の島で、上は農場、周りの海は豊富な漁場、斜面から低地にかけて集落が広がっています。
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民宿のテレビ。BS放送にOTV(大島テレビ)なる局があって、島の要所をずっと映しながらトークしてる。それだけ活動が盛んな島ということ(局は民宿の隣だった)。
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朝、涼しいうちに本村地区を歩く。集落の構造は平地部と斜面部に分かれていて、斜面部は丘上に続く一本の主軸があり、その主軸に枝道が繋がっていてツリーのような形式だった。
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ひたすら主軸を一番上まで登る。
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一番上には神社があって、その先は丘上の農地だった。
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すれ違ったおばさんが「すぐ上の道を入っていくと集落を見渡せる場所があるよ」と教えてくれた。そんな簡単には見つからなかったが、一望できた。
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いい空間ですねぇ。
枝道は主軸以外には基本的に上下に繋がっていない。だからいちいち真ん中の通りに戻っては、ちょっと下ってまた次の枝道に入るの繰り返し。
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平地部を見下ろすところに社あり。そこから平地部へ下りられた。
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怪しげな一角だ。遊郭かな?おそらくそうでしょう。
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3つの蔵が並ぶ場所。このあたりの屋敷構えは大きいし家も立派。
本村地区だけでも2時間かかりました。大島は山陰でも屈指の漁業で栄えた集落でしょうね。

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萩市内に三たび戻る。レンタカーで宇部山口空港まで走りますが、直接行ったんではもったいないので、三隅と特牛(こっとい)という集落へ立ち寄りました。画像は三隅。
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特牛は港町ですが、『全国遊郭案内』(昭和5年 日本遊覧社刊)に載っているから、旧遊里があるはず。
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おおっ、残っていました。
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一階がカフェ調になっているので、戦後、売防法廃止前まで営業していたでしょう。
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なかなかなものです。
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ということで、宇部には13:30にはついてしまいました。宇部の町も企業城下町として面白そうですが、もう体力の限界、、、早い便に切り替えて帰ろう。
おしまい。。。

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by marunouchi_no1 | 2015-07-20 14:58 | 山口県  

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