海界の村を歩く 瀬戸内海 大津島(山口県)

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工場地帯の真っ只中にある徳山港を出航しました。大津島行きの定期船は、細長い島にある2つあるいは3つの集落に寄ります。その終点、馬島港で降りました。天候は小雨混じり、また雨か。
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大津島(上図の赤い印)
徳山市の南西約10kmの沖合にある細長い丘陵状の島。波静かな天然の良港徳山湾の西を縁取り、一部は瀬戸内海国立公園に指定されている。かつては二つの島だったが、400年ほど前に砂洲でつながった。南側の馬島には、中世末期に大内氏の馬校があったと伝えられている。ほとんどが山地で、7つの集落が点在する。基幹産業は近海を漁場とする水産業だが、良質な御影石を産出することから採石業も営まれている。古くは大阪城築城の際に石垣材として大阪に運ばれた歴史もあり、今もその残石がある。また、太平洋戦争末期の特攻兵器・人間魚雷「天回」の発射訓練基地跡、記念館があり、今なお慰霊に訪れる人も多い。(「シマダス」参考)
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船が折り返すまで3時間あります。取材する集落は馬島一ヶ所。一見して1時間もあれば十分隅々まであるけそうなので、とにかくゆっくり歩こうと思います。まずは、漁村探訪の鉄則、防波堤の先端に立って集落の全貌を把握し、これから入って行って歩く順番をイメージする作業。
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港は内海特有の潮の干満の差の大きさに対応した護岸。
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集落内へ縦道を入っていきます。
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大阪城の石垣にも使用されたという、島で採れた花崗岩による石垣が見どころ。漆喰が剥げ落ちて土壁があらわになっています。こういうのに郷愁を感じますが、漆喰塗らないとボロボロになってしまいます。
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斜面の中腹から見渡す。入母屋屋根桟瓦葺、茶色く塗装された板壁の民家が多く、古そうな家は黒板壁でした。
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中腹の横道。造成された長い石垣が続きます。
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島の東側を船でなめましたが、二箇所に丁場(採石場)がありました(上画像)。向かいの黒髪島には大々的な丁場があって、「徳山石」として広く流通していました。船から眺めた様子では今でも採っているようでした。
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急坂の縦道。先の家は無住かな。途中、沢山の大きな蜂がブンブン飛んでいたので上のを断念。
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随所の石垣が美しい。

いつの間にか空から雲がなくなってピーカン。暑くなってきました。集落から船着場に戻り通り越して、「回天記念館」に向かいます。途中にお休処があったので一服。
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回天記念館。「回天」とは、太平洋戦争の終盤、劣勢に追い込まれたわが国は、起死回生を狙って人間魚雷を造りました。操縦者がこの中に入って、軍艦に体当たりするという兵器。
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若者が家族や愛する人を守る一心で志願したのだそうです。恐ろしい歴史です。彼らのことはいつまでも忘れてはいけない。
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大津島にはその回天の発射訓練施設がありました。その一部が残されています。この長いトンネルもその1つ。
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トンネルの先にあったのは、絶壁から突き出た発射場。
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この溝に回天はスッポリはまったのでしょう。








by marunouchi_no1 | 2016-07-19 18:46 | 山口県  

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