さいたま おっかけ散歩

d0147406_17445689.jpg

(浦和裏門通り)
毎晩、会社から帰ると「じゅん散歩」の再放送を見ているのですが、さいたま市の回が中々面白かったし、未踏の街が出てきたのでおっかけ散歩しました。
d0147406_17445739.jpg

1日目は浦和駅で下車。浦和は中山道の宿場町から発展した埼玉県の県庁所在地=浦和市だった街。「街道を歩く 中山道」で十数年前に歩いていたけれど、じゅん散歩で紹介された「裏門通り」は知らなんだ。
d0147406_17445820.jpg

駅前の市街地は、東京のベッドタウンとして戦後急速に変わりました。画像は昭和37年の浦和駅西口。
d0147406_17445968.jpg

「浦和コルソ」前の広い歩行者専用道に面した店舗。旧中山道沿いはかつて古い建物が見られましたが、もう無い感じ。
d0147406_17445993.jpg

旧中山道を北へ進み、直交する「裏門通り」を西に向かって入ります。するとヒューマンスケールな町並みになった!
d0147406_17531657.jpg

戦前でしょう、可愛らしい看板建築。
d0147406_17531702.jpg

脇道に入るとレトロな写真館。
d0147406_17531818.jpg

立派な造りの銭湯も。
d0147406_17531935.jpg

そして、テレビでも紹介されたこの一角。いい町並みですね!
d0147406_17531910.jpg

d0147406_17532003.jpg

真ん中の白い家もモダンだけど古そうだ。両側を出桁造りの町家が挟んでる。
d0147406_17532169.jpg

d0147406_17532202.jpg

立ち寄りたくなるお店もいくつかあった。
d0147406_17532227.jpg

裏門通りとは、県庁の裏門へ通じることからその名がついたそうな。
d0147406_17532394.jpg

さて、周辺をウロウロしてたら、変わった建物に遭遇。
d0147406_17591864.jpg

さいたま市民会館うらわ。窓のないマッシブなタイル貼りの箱がいい。
d0147406_17591877.jpg

裏門通りの旧中山道より東側の町並み。駅に近づき飲食店街となります。

d0147406_18190773.jpg

d0147406_18190814.jpg

2日目は北浦和。旧中山道は駅のすぐ東側を走っているけど、西口から歩きます。駅を出て、北浦和西口銀座に入ってすぐ右に折れます。するとモルタル看板建築群が現れる。
d0147406_18190846.jpg

d0147406_18190960.jpg

d0147406_18191058.jpg

「三州屋商店会」
かつて三州屋という大きな旅館があったのですが、地下に貨物線が通るのを契機に取り壊され、飲食店街が作られたのだそうです。
d0147406_18191185.jpg

微妙に駅前の繁華街から外れていて、38軒あった飲食店は今では1/3だとか。新しい借主が入ってきて復興しようとしているらしいです。
d0147406_18191241.jpg

d0147406_18191319.jpg

北浦和西口銀座の揚州商人という中華料理屋さんで腹ごしらえ。
d0147406_19530480.jpg

北浦和西口銀座を歩きます。奥まで行くと裏に不思議な一角が、、、
d0147406_19530561.jpg

d0147406_19530595.jpg

飲食店が集まるロの字の街でした。
d0147406_19530689.jpg

JRの高架下をくぐって線路の東側へ。旧中山道沿いの町は、西口より形成が古い。
d0147406_19530779.jpg

商店街の中に大きな銭湯♨️がありました。
d0147406_19530818.jpg

JRで移動、大宮から東武野田線に乗り換え二駅目の大宮公園駅で下車。
d0147406_19530960.jpg

ここは「盆栽町」という珍しい地名の住宅街。東京千駄木で菊人形や盆栽を作っていた植木職が、関東大震災後に広い敷地を求めて集団で移住したのだそうです。
d0147406_19531014.jpg

盆栽業を営んでいる屋敷は10軒ほどあるとか。大きく屋敷林が立派な家が多い。
d0147406_19531000.jpg

d0147406_19531168.jpg

d0147406_20043165.jpg

街の一番北に「市立盆栽美術館」というのがありました。
d0147406_20043305.jpg


d0147406_20043344.jpg

屋敷は残ってるけど、古い家はあまりなさそうでした。
d0147406_20043489.jpg

駅近くのカフェで休憩☕️🍰。もう日が暮れる。

ガンバって3日目もやってきました、大宮へ。今日歩くのは、大宮駅東口の繁華街です。
d0147406_20043529.jpg

まず、駅前通りより南から。旧中山道の宿場町から発展した遊里です。一般的な飲み屋→スナック→ラブホという典型的なかたち。それが、旧中山道に直交する町割りは奥行き約100mなので、短冊状に土地が所有されていることによる、面白い形態の町並みが見られます。つまり、私道沿に店が並ぶという現象になり、通りごとに個性が生まれてます。
d0147406_20043649.jpg

駅の近くは飲み屋街
d0147406_20043716.jpg

d0147406_20223774.jpg

その南がスナック街。さらに南に行くとラブホ街です。
d0147406_20223888.jpg

宿場町時代からの短冊状(奥行約100m)の敷地故に、敷地内を店に借地しようとするとアプローチする私道が必要になる。したがって、東西の道は私有地内の道が多い。
d0147406_20223916.jpg

d0147406_20224040.jpg

そしてこのような長屋状のスナック街が形成されるのです。
d0147406_20224062.jpg

旧中山道に平行した西側の通りにあった古い酒屋。
d0147406_20224126.jpg

奥へ奥へと建物が繋がっています。
d0147406_20224281.jpg

こちらは、旧中山道に面した古い民家。隣が空き地になってるのでよくわかる。左手旧中山道に面して主屋があり、庭があり蔵があり、その先は別棟の二階屋が何軒も。
d0147406_20224331.jpg

d0147406_20224377.jpg

旧中山道に面したビル。宿場町の町割りからどうしても間口が狭く奥深いビルになってしまいます。
d0147406_20224483.jpg

旧中山道は拡幅されていますが、立ち退いていない古民家が出っ張るように存在していました。
d0147406_20320045.jpg

d0147406_20320067.jpg

これも短冊状の敷地の中に路地を通して、横丁化した飲食店街。
d0147406_20320137.jpg

大宮駅前に戻ってきました。そこには、駅前通りに面して高島屋と大一ビルという長細いビルがあります。
大一ビルは、戦後大火があって、その後に昭和35年に建設された再開発ビル。当初はデパートだったそうですが、現在は九龍城のようになっています。
d0147406_20320299.jpg

一階はアーケードになっていて、歩道から地下に降りる階段がある。
d0147406_20320368.jpg

大門地下道とな、、、
d0147406_20320455.jpg

階段を降りたところにメガネ屋さんがあったけど、その先はシャッター街で営業していない模様。
d0147406_20320568.jpg

地上階の店の倉庫のように使われていました。
d0147406_20320534.jpg

そして、地下道が東へ延びている。旧中山道の下をくぐり、交差点の対岸に出られます。でも、交差点を渡るためにこの地下道を利用する人は誰もいない、いるわけない。
d0147406_20320746.jpg

大一ビルの裏側。凄まじいビルです。
d0147406_20383475.jpg

d0147406_20383561.jpg

d0147406_20383527.jpg

大一ビルの北側一帯は、一番街アーケードなど、密集した飲食店街。おそらく戦後のドサクサ闇市系もあったでしょう。ヒューマンスケールといえばヒューマンスケールですが、火事でもあったら大変だ。
d0147406_20383690.jpg

旧中山道と平行した東側の通り。現在拡幅中ですが、かつていい古い町並みがあった。今やこれくらいしか残っていない。
d0147406_20383731.jpg

d0147406_20383815.jpg

一番街アーケードから氷川神社参道へ向かっている通りには、古い町並みがわずかに残っています。十数年前に取材した家もまだあった。
d0147406_20383959.jpg

氷川神社参道は多くの人が往来していました。いい空間ですね。〈おわり〉

by marunouchi_no1 | 2016-11-13 17:34 | 埼玉県  

<< 復興の町を歩く 静岡・清水(静岡県) 海界の村を歩く 太平洋 神津島... >>