海界の村を歩く 瀬戸内海 斎島(広島県)

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(斎島)
今治からフェリーで岡村島へ移動。岡村島は愛媛県ですが、ここから島伝いに橋が架かっていて、広島県の呉市までクルマで走って移動できます。隣の大島下島(広島県)へ。
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久比港から斎灘に浮かぶ斎島(いつきじま)に渡ります。昨日渡った安居島から近いんですが、こうして大回りしないと渡れません。
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船の出航時間まで余裕があるので、岡村を歩きます。ここも瀬戸内航路の港町として栄えました。
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結構広い。奥の方まで集落がのびてる。
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蔵が多いですね。トタンとかで覆っていますが、窓がないからすぐわかる。一軒に一棟あると言っても良いくらい多い。
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すぐ上の画像の大きな家は売りに出てました。
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やばい、久比港発の船に間に合わない。切り上げて移動しましょ。
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港には「斎島行き」渡船場とか何にも書いてない。停ってる船見たら「久比⇆斎島」のサインがあった。港を間違えてたと思い焦ったけど安心した。
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斎島まで35分。途中、二つの港に立ち寄るダイヤですが、近づいて汽笛鳴らしてお客らしき反応がなければスルーしていきます。路線バスのようですね。
斎島に着きました。湾を形成する平地に集落の広がりが二つあって、それぞれが結構奥まっています。
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〈斎島〉
呉市仁方港から高速船で30分の豊島、そこからさらに定期船で南へ25分の海上、愛媛県との県境に位置している。古くから神霊の宿る神の島として、往来する船人や近隣の人々の信仰を集め、斎内親王から幣帛料(へいはくりょう)を賜っていたという故事から斎島と名付けられたとされる。寛文年間(1661〜73)豊島から移住者があり、庄屋も置かれた。江戸時代末期には80万積以下の船30隻を数えている。明治22年までは斎島村として独立していた。昭和初期には船員を多く輩出し、戦後の昭和25年には人口385人を数えていたこともある。現在は柑橘栽培と漁業を中心とした静かな島となっている。(「シマダス」参照)

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二つに広がった集落のうち一つ目を歩きます。雨が強くなってきた。とても撮影しづらい。すぐにレンズに水滴がついてしまうので、その都度拭く。
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二つ目の集落に近いエリアに手の込んだ塀と大きな家が現れた。
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その先に煉瓦塀の屋敷。家屋の方も立派です。
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式台の玄関まで付いている。煉瓦塀のデザインも凝ってるし、外壁に装飾も施されていました。名主クラスの家かな。
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また別の立派な家もある。この家も煉瓦塀で、門がついてる。
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外壁の装飾。
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その隣の家もだ。明治22年まで一つの村だったというから往時が偲ばれます。
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二つ目の広がりの一番奥のところ。ここにも立派な建物です。
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帰りの乗客は、私含めて3人でした。もちろんご老人。もうすぐ無住になってしまうのかな。
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大崎下島に戻って、北前船の風待ち潮待ち港として栄えた御手洗(みたらい)に行きます。20年ぶりの再訪、どうなってるかな。20年前は重伝建地区になったばっかりの時期で、まだ修復がされていなかった。
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歩く前に腹ごしらえ。「あなご飯」などという名物を出す店は観光客がいるので、敬遠してお好み焼き屋に入りました。地元の奥さんが一人でやってるお店。
さて、20年の時間を感じるビフォーアフターを紹介しましょう。
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↑20年前
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↑現在
なまこ壁のパタンが変わったぁ。復原したのかな。
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↑20年前
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↑現在
色が変わった。擬石で綺麗に修復されていました。
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20年前はデジカメじゃなかったから、あまり撮ってなかったけれど、今はバチバチ何枚でも撮れて良いわぁ。
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↑20年前
一番左が私😅ポーズ😜
やっぱ若いわ。
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大崎下島の小長港(おちょう)の船着場二階のカフェ。オサレじゃないですかぁ。
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大崎上島明石港へ渡ります。まだ明るいので、明石集落を歩く。
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割と立派な家が多いじゃないか。
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この明石という集落は、木造船の「まきはだ」という職業で財を成した職人の家だそうです。「まきはだ」というのは、木造船の板と板の間に水漏れを防ぐため、槇や檜の内皮を柔らかくして詰め込むもの。
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大崎上島の中心、木江の旧遊郭も20年ぶりです。
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↑20年前
旧道に入ってまず現れていたのがこの風景でした。しかし、この三階建ての旅館はもうなかった😢
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一階がカフェースタイルの建物。戦後レッドラインだった証です。
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この辺りは見事に残っている。前は営業している八百屋さんとかあったけど、もうやっていないのか。しかし、よく残っていると感心します。この先、個人の力では無理。文化財行政による支援が
求められます。
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こんなカフェーもあったなぁ。やはり木江は木造三階建ての町並みとしては、全国でもトップクラスでしょ。
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今宵は沖浦のペンション泊。日本酒の種類が結構あって、その中から仁方の酒を選びました(画像一番右)。美味いんで二合飲んでベロンベロンです。

by marunouchi_no1 | 2017-01-09 07:58 | 広島県  

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