2016年 07月 02日 ( 1 )

 

海界の村を歩く/復興の街を歩く 日本海 奥尻島(北海道)

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北海道の返還されていない北方領土と定期船で渡ることができない厚岸小島を除く有人島は、全て日本海に浮かんでいます。最北端の都市稚内から渡る礼文島&利尻島、羽幌から渡る焼尻島&天売島、ここまでは2島が対になってますが、もう一つが江差または瀬棚から渡る孤島奥尻島です。今回はこの島が目的です。
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2016/7/1(金)夕方の最終便で18:50函館空港に無事降りることができました。無事というのも、函館空港は視界不良の場合が多く、新千歳か羽田に引き返す条件付きのフライトでして、以前も羽田に戻された経験があったものですから、まずは安堵というところ。
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市内の五稜郭公園前電停周辺は函館の盛り場の一つです。
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グルメスポットで人気のある「いか清」の暖簾をくぐると、ラッキーにもカウンター席が一つ空いていました。隣には、ややケバい女性とオヤジのペア。なんでしょう??
まずは、北海道に来たらウニやイカとともに食さねばならないトウモロコシの天ぷら。とってもミルキーで美味しいです。
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そして、イカ刺し。ゲソがまだ動いている。
最後の寿司ネタは何にしようか迷いましたが、定番のウニ、イクラ、アワビにしました。
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店を出るとすっかり暗くなっており、盛り場のネオンが輝いている。ここは、五稜郭の遊里、いわゆるキャバクラ街で、さっきお店にいたようなペアが多数歩いている。出勤前のキャバ嬢&オヤジということか。こっちは明日朝早いんでサッサと宿へ向かいます。
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2016/7/2 7:08 五稜郭バス停から江差行きの路線バスに乗りました。2時間の長旅( ´ ▽ ` )ノ
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おお!北海道新幹線の新函館北斗駅だ!
でも誰も乗ってこない、、、
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厚沢部町付近。北海道らしくなってきた。
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江差追分で有名な江差につきました。古い町並みのエリアは久しぶりなので歩きたいけど、船の時間が迫っていますのでパス。
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ハートランドフェリーで奥尻島へ渡ります。この時期は、江差ー奥尻ー瀬棚で航行しています。
空は梅雨前線を引き連れた低気圧が近づいている。午後から夜にかけて大雨の予報です。梅雨の時期に梅雨のない北海道の島旅を当てたのですが、梅雨前線が思いっきり北上してきた。雨男の本領発揮というところでしょうか。
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奥尻島
江差町から西北61kmの日本海上に位置する。南北にやや長く、海抜584mの神威山を最高峰にゆるい傾斜の丘陵が続いている。北部と南部の海岸線を中心に大小17の集落が点在している。東海岸は比較的単調だが、西海岸は変化に富み、奇岩絶壁が多く、昭和35年桧山道立自然公園に指定されている。気候は対馬暖流の影響で四季を通じて温暖の差は少なく、北海道の中では比較的温暖で自然環境との調和が保たれている。島名はアイヌ語の「イクシュンシリ」(向こうの島)に由来する。(「シマダス」より)
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奥尻港につきました。が、見事な土砂降り。傘をさそうとする一瞬でズボンがびしょ濡れになります。バイクを借りる予定でしたが、クルマに変更。大雨は夜までこの状態が続くそうなので、今日の集落取材は断念、ロケハンに徹し明日にかけるしかありません。
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奥尻島最南の青苗地区は、23年前、1993年7月12日22:17に発生した北海道南西沖地震の大津波で甚大な被害を受けました。その記憶を後世に伝えている津波館を訪れました。
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この火災の光景は、当時のニュースで連日放送され記憶にあります。暖房用や船舶の燃料に火がついて燃えている。奥尻島の集落の多くが被災しましたが、特に最大集落だった青苗地区がひどかった。
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大津波前の青苗地区。海岸段丘細く伸びた地形とその下の海岸を埋め立ててできているのが旧青苗集落。写真の下の一本の道に短冊状に形成されている集落が丘上で古く、縄文時代にさかのぼるそうで、左上の港から右上の岬まで延びている集落が、その海岸を埋め立ててできた低地の漁村集落です。
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大津波直後の状態。低地部分は壊滅的に失われています。奥尻島と積丹半島との間を震源地にした地震の津波は、大陸プレート間の歪み解消で起きたため島のほぼ西側から津波が襲っている。その時速はなんと約500km!地震発生の3分後に襲った。
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低地の集落は一軒の寺を除いて全てが作り直し、丘上は被害を受けなかった。
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倒れた灯台
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瓦礫の山
死者172名、行方不明26人の大惨事。しかし、なんと5年で復興したそうです。明日、その村々を歩きます。
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青苗地区の丘の上にある民宿ナッツが今宵の宿。夕食は地の食材と郷土料理です。
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札幌から来ていた熟年グループと一緒に盛り上がりました。北海道の人って本当子供のように無邪気ですね。
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2016/7/3 朝 雨こそ止みましたが濃い霧です。ここは青苗集落の現在の最先端。大津波前はさらに先へ集落が伸びていましたが、現在は津波館公園になっています。丘下の集落から歩きます。
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まずこのお寺。大津波前後の写真に写っていますので、残ったらしい。かつてはこのお寺がやや高い土地に立っており、周辺の集落が低かったそうで、復興事業でこの寺の建つ高さまで周囲をかさ上げしたそうです。
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青苗集落の町並み。商店が並んでいます。
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青苗漁港の大屋根。屋根付き作業場であるとともに、上が避難場所になっています。
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なぜかサイドカーが、、、
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港の低いところに建つ古い倉庫。扉が鉄扉で錆びていました。津波前後の写真い写ってるから残った遺構でしょう。
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丘の下の街から上の街へ上る避難路。かつては崖線に避難路が無かったそうで、何本も整備されていました。写真のは屋根付きですから、積雪期の安全なルートを意図したのでしょう。
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丘上の町並み。こちらは津波被害を免れたので、古い建物もあると思われます。ここにも商店があった。
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本屋さん
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これは津波前の建物でしょう。
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丘上の先端から丘下の街を見る。
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丘上の先端エリア。復興で丘上に宅地が整備されました。
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倒れた灯台。起こしたんではなく作り直したんでしょう。
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灯台前から丘を下る道。津波館のある公園が見えますが、以前はここにも集落が広がっていた。
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岬の先端にある鉄筋コンクリート造の塔。天皇が訪れたのを記念して建てられたそうですが、時速500kmの大津波に耐えた。
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青苗から東海岸を北へ上ります。高い防波堤で守られた集落。被害を免れた家も点在して残っています。
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奥尻島の名所の鍋釣岩。安山岩だそうですが、自然の力って不思議ですね。ちなみに、てっぺんが津波でやや欠けたそうです。その高さまで上がったということ。
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谷地集落。ここは古い家が結構ある。海岸線がやや入江っぽくなっていて、津波の進行方向に対して斜めになっていたのかもしれません。
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フェリー乗り場のある奥尻地区。役場もある島の中心市街地ですが、大きさは青苗の方が大きい。
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島の東海岸北部の稲穂地区勘太浜集落。高い防波堤か築かれていますが、
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古い家も残ってる。海岸より高い位置。やはり過去の教訓が生かされている集落はあるようです。
プレート型の地震が起きる日本海では、長い歴史の中で津波を幾度も経験している。その経験が生かされている集落、つまり「復興の街」には、2度と同じ経験を子孫にしてもらいたくないという、先人の思いがこめられているのでしょう。
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レンタカーを返して、奥尻地区の鮨屋さんでランチ。
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そしてフェリー乗り場。「うに丸」くんさようなら。
奥尻で出会った人たちは皆、人懐っこく、明るく元気な人たちばかりでした。いい島旅でした。










by marunouchi_no1 | 2016-07-02 07:02 | 北海道