カテゴリ:北海道( 12 )

 

海界の村を歩く/復興の街を歩く 日本海 奥尻島(北海道)

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北海道の返還されていない北方領土と定期船で渡ることができない厚岸小島を除く有人島は、全て日本海に浮かんでいます。最北端の都市稚内から渡る礼文島&利尻島、羽幌から渡る焼尻島&天売島、ここまでは2島が対になってますが、もう一つが江差または瀬棚から渡る孤島奥尻島です。今回はこの島が目的です。
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2016/7/1(金)夕方の最終便で18:50函館空港に無事降りることができました。無事というのも、函館空港は視界不良の場合が多く、新千歳か羽田に引き返す条件付きのフライトでして、以前も羽田に戻された経験があったものですから、まずは安堵というところ。
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市内の五稜郭公園前電停周辺は函館の盛り場の一つです。
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グルメスポットで人気のある「いか清」の暖簾をくぐると、ラッキーにもカウンター席が一つ空いていました。隣には、ややケバい女性とオヤジのペア。なんでしょう??
まずは、北海道に来たらウニやイカとともに食さねばならないトウモロコシの天ぷら。とってもミルキーで美味しいです。
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そして、イカ刺し。ゲソがまだ動いている。
最後の寿司ネタは何にしようか迷いましたが、定番のウニ、イクラ、アワビにしました。
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店を出るとすっかり暗くなっており、盛り場のネオンが輝いている。ここは、五稜郭の遊里、いわゆるキャバクラ街で、さっきお店にいたようなペアが多数歩いている。出勤前のキャバ嬢&オヤジということか。こっちは明日朝早いんでサッサと宿へ向かいます。
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2016/7/2 7:08 五稜郭バス停から江差行きの路線バスに乗りました。2時間の長旅( ´ ▽ ` )ノ
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おお!北海道新幹線の新函館北斗駅だ!
でも誰も乗ってこない、、、
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厚沢部町付近。北海道らしくなってきた。
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江差追分で有名な江差につきました。古い町並みのエリアは久しぶりなので歩きたいけど、船の時間が迫っていますのでパス。
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ハートランドフェリーで奥尻島へ渡ります。この時期は、江差ー奥尻ー瀬棚で航行しています。
空は梅雨前線を引き連れた低気圧が近づいている。午後から夜にかけて大雨の予報です。梅雨の時期に梅雨のない北海道の島旅を当てたのですが、梅雨前線が思いっきり北上してきた。雨男の本領発揮というところでしょうか。
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奥尻島
江差町から西北61kmの日本海上に位置する。南北にやや長く、海抜584mの神威山を最高峰にゆるい傾斜の丘陵が続いている。北部と南部の海岸線を中心に大小17の集落が点在している。東海岸は比較的単調だが、西海岸は変化に富み、奇岩絶壁が多く、昭和35年桧山道立自然公園に指定されている。気候は対馬暖流の影響で四季を通じて温暖の差は少なく、北海道の中では比較的温暖で自然環境との調和が保たれている。島名はアイヌ語の「イクシュンシリ」(向こうの島)に由来する。(「シマダス」より)
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奥尻港につきました。が、見事な土砂降り。傘をさそうとする一瞬でズボンがびしょ濡れになります。バイクを借りる予定でしたが、クルマに変更。大雨は夜までこの状態が続くそうなので、今日の集落取材は断念、ロケハンに徹し明日にかけるしかありません。
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奥尻島最南の青苗地区は、23年前、1993年7月12日22:17に発生した北海道南西沖地震の大津波で甚大な被害を受けました。その記憶を後世に伝えている津波館を訪れました。
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この火災の光景は、当時のニュースで連日放送され記憶にあります。暖房用や船舶の燃料に火がついて燃えている。奥尻島の集落の多くが被災しましたが、特に最大集落だった青苗地区がひどかった。
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大津波前の青苗地区。海岸段丘細く伸びた地形とその下の海岸を埋め立ててできているのが旧青苗集落。写真の下の一本の道に短冊状に形成されている集落が丘上で古く、縄文時代にさかのぼるそうで、左上の港から右上の岬まで延びている集落が、その海岸を埋め立ててできた低地の漁村集落です。
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大津波直後の状態。低地部分は壊滅的に失われています。奥尻島と積丹半島との間を震源地にした地震の津波は、大陸プレート間の歪み解消で起きたため島のほぼ西側から津波が襲っている。その時速はなんと約500km!地震発生の3分後に襲った。
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低地の集落は一軒の寺を除いて全てが作り直し、丘上は被害を受けなかった。
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倒れた灯台
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瓦礫の山
死者172名、行方不明26人の大惨事。しかし、なんと5年で復興したそうです。明日、その村々を歩きます。
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青苗地区の丘の上にある民宿ナッツが今宵の宿。夕食は地の食材と郷土料理です。
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札幌から来ていた熟年グループと一緒に盛り上がりました。北海道の人って本当子供のように無邪気ですね。
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2016/7/3 朝 雨こそ止みましたが濃い霧です。ここは青苗集落の現在の最先端。大津波前はさらに先へ集落が伸びていましたが、現在は津波館公園になっています。丘下の集落から歩きます。
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まずこのお寺。大津波前後の写真に写っていますので、残ったらしい。かつてはこのお寺がやや高い土地に立っており、周辺の集落が低かったそうで、復興事業でこの寺の建つ高さまで周囲をかさ上げしたそうです。
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青苗集落の町並み。商店が並んでいます。
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青苗漁港の大屋根。屋根付き作業場であるとともに、上が避難場所になっています。
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なぜかサイドカーが、、、
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港の低いところに建つ古い倉庫。扉が鉄扉で錆びていました。津波前後の写真い写ってるから残った遺構でしょう。
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丘の下の街から上の街へ上る避難路。かつては崖線に避難路が無かったそうで、何本も整備されていました。写真のは屋根付きですから、積雪期の安全なルートを意図したのでしょう。
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丘上の町並み。こちらは津波被害を免れたので、古い建物もあると思われます。ここにも商店があった。
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本屋さん
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これは津波前の建物でしょう。
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丘上の先端から丘下の街を見る。
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丘上の先端エリア。復興で丘上に宅地が整備されました。
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倒れた灯台。起こしたんではなく作り直したんでしょう。
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灯台前から丘を下る道。津波館のある公園が見えますが、以前はここにも集落が広がっていた。
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岬の先端にある鉄筋コンクリート造の塔。天皇が訪れたのを記念して建てられたそうですが、時速500kmの大津波に耐えた。
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青苗から東海岸を北へ上ります。高い防波堤で守られた集落。被害を免れた家も点在して残っています。
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奥尻島の名所の鍋釣岩。安山岩だそうですが、自然の力って不思議ですね。ちなみに、てっぺんが津波でやや欠けたそうです。その高さまで上がったということ。
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谷地集落。ここは古い家が結構ある。海岸線がやや入江っぽくなっていて、津波の進行方向に対して斜めになっていたのかもしれません。
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フェリー乗り場のある奥尻地区。役場もある島の中心市街地ですが、大きさは青苗の方が大きい。
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島の東海岸北部の稲穂地区勘太浜集落。高い防波堤か築かれていますが、
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古い家も残ってる。海岸より高い位置。やはり過去の教訓が生かされている集落はあるようです。
プレート型の地震が起きる日本海では、長い歴史の中で津波を幾度も経験している。その経験が生かされている集落、つまり「復興の街」には、2度と同じ経験を子孫にしてもらいたくないという、先人の思いがこめられているのでしょう。
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レンタカーを返して、奥尻地区の鮨屋さんでランチ。
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そしてフェリー乗り場。「うに丸」くんさようなら。
奥尻で出会った人たちは皆、人懐っこく、明るく元気な人たちばかりでした。いい島旅でした。










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by marunouchi_no1 | 2016-07-02 07:02 | 北海道  

ハリネズミ紀行 131021

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天王洲

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羽田空港

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JR新千歳空港駅

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旧北海道庁

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道立文書館別館

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札幌グランドホテル

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北海道ビルヂング

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丸の内仲通り

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東京モノレール

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by marunouchi_no1 | 2013-10-21 22:52 | 北海道  

北海道立文書館別館(札幌)

朝一便で札幌に来ています。仕事の前に時間があったので、旧道庁の南にある道立文書館別館を見に行きました。
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この建物、外壁保存を条件に売却されます。こうやって条件付きで売却されるのはいいことだと思います。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/sum/fm/monjyokanbekkan.htm
大正10年代とあって、古典はオーダーのみで、ぜセッション風なのかな、、、幾何学的な装飾が目立ちます。
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裏側には書庫が防火の鉄窓をまとっていました。
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午前中の仕事を終えて、昼飯食ってとんぼ帰りです。
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by marunouchi_no1 | 2013-10-21 14:39 | 北海道  

にっぽん集落町並み縦走紀行 第33日

函館のホテルの窓の外に蔵の屋根が。函館は繰り返し大火に見舞われた街なので、蔵が多い。そもそも中心部は昭和9年の大火で函館山の麓西部地区と五稜郭地区、西海岸の港湾施設を除いて焼けました。今回は大火後の昭和初期の町並み探訪で一日函館を歩きます。
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ホテルのレストラン行ったら長蛇の列。だから観光ホテルの朝食バイキングは嫌いだぁ。
さっさとホテル出てベイエリアから歩こうか。あれ?北へいくんじゃなかったの観光地エリアは朝のうちが勝負です。
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いやぁ、函館は見所が多すぎる。西部地区半分と宝来町と函館山往復で午前中が潰れたぁ。古い町並みの宝庫ですな。
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十字街。これらの建物も残っていた。
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あっこの建物、前に撮影していたけど宝来町だったんだ。
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宝来町は旧遊廓。昭和9年の大火で失われてはいますが、料亭があったり名残はあります。
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それでは、函館フルコースといきますか。
函館山往復‼昼間でも美しい風景だ。こんな風景の見られる都市はそうそうない。
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元町の住宅。一階は和、二階は洋の折衷様式。
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こっちは前面が和で奥が洋の折衷様式。
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その並びにある中華会館。港町ならではです

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函館ドック前電停から市電にゆられて五稜郭公園入口まで移動。五稜郭初めてきたけど小さいのね。復原建物があった。よくぞ赤瓦の色むら‼
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帰りは函館駅まで歩くぞ!五稜郭の飲屋街をブラブラ。そして、電車道をえっちらおっちら歩いてたら面白い街を発見しました。中島町という市場町だ。
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これは大火後の街でしょう。きっと。
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色が良い。こういう金属板の建物というのは北海道らしいです。
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駅前の松風町界隈。飲兵衛小路があった。
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縦走紀行第33日は無事終了です。岩手県花巻から三陸、青森県津軽を経由して函館まで
。はぁ、よく歩きました。
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by marunouchi_no1 | 2012-10-08 07:52 | 北海道  

能取湖のアッケシソウ群落

道東紀行で通った網走近くの能取湖。秋にアッケシソウ(サンゴ草)の群落が見事です。しかし、薄っすら赤いくらいでクルマを止める気にならなかった。まだ季節じゃないのかなぁと。

今朝、能取湖のアッケシソウ群落に異変が起きてるとニュースでみた。なんでも地元観光協会が海水の流入を防ぐために土手を築いたら、水が減って乾燥してしまって群落が半分になっちゃったという。なんでそのような工事を観光協会が行ったのかわからないが、残念です。

元気な頃は、
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今年はこんな感じでした(イメージ)
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by marunouchi_no1 | 2011-09-29 08:46 | 北海道  

道東紀行LAST

釧路の町並み取材は完了。
現在釧路駅裏で15:00。17:15釧路空港発の便には時間的余裕があります。
釧路湿原が見たくなりました。どこへ行けばいいかといえば、釧路湿原が一望できる岩保木山(いわぼっきやま)に決まってます。学生時代に初めて釧路に来た時に、釧路まきばユースホステルのヘルパーに教えてもらい、確かユースのツアーで行った覚えがある。とっても感動しました。
その後、25年前にはマイカーで登りました。釧路に着たら必須のポイントと思っています。
で、今回も計算していたように時間が出来たわけです。やや際どいですが。

向かう途中道がわからず、画像の湿原脇の土手に出てしまいました。そうかあの別れ道、右かぁ。土手を出た時点で15:45。
岩保木山へ登るダートの林道。途中に何とスタックしているクルマがいるじゃありませんか。おじさんに引っ張ってくれと頼まれましたが、「ごめんなさい、助けたいのですが時間がないのです」おじさんは快く次の来客をあてにするといかせてくれました。申し訳ない!

ところが、その先で分岐した岩保木山への道は荒れていてとてもこのクルマじゃ無理だ。山に登るのはやめにして、引き返せばよいものをこの道を進み国道に出て空港方面へ戻ることにしました。ところが、走れど走れど国道には辿りつかない。おじさんを助けなかったバチがあたったのでしょうか。
ダートはもう北海道ラリー選手権の気持ちで走り、やっと国道にでたのが16:15。ここでカーナビの目的地を空港にセットするが到着予想時刻はなんと17:05だ。まにあわないよ。
間に合わなければ今日中に帰れない上に飛行機代も二重にかかる。最後の最後に封印を解き交通量の少ない道を駆使して、レンタカー営業所に無事16:35に着きました!間に合ったぁ。

17:15、定刻通りに全日空羽田行きは発ちました。空からの夕焼けは根室で見たように美しかった。

道東紀行、終わります。
おじさん、脱出できたかなぁ。

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by marunouchi_no1 | 2011-09-26 18:11 | 北海道  

道東紀行4

道東紀行の最終日です。
最近の自分の傾向として4日目はヘロヘロになりますから、今日は釧路だけにしました。ホテルにギリまでいて散策に出かけます。
画像はフィッシャーマンズワーフMOO
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ゆっくり出発。昨晩飲んで酔っ払ってしまったので、夜の街の取材が出来なかった栄町から開始します。

こまい木造が密集する栄楽街という一角が見所でした。中に大きな建物があって、裏手に回ったらボーリング場だと判明。発見の楽しさもあります。
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港のレンガ倉庫街
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釧路駅と幣舞橋の間が繁華街ですが、空き地ばっかり。建物より空き地のほうが多い印象です。その空き地は全て駐車場ですが、ほとんど埋まっているのもすごい。
あっそうそう、釧路駅中々渋いっす。
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幣舞橋に戻りました。橋を渡ってMOOをパシャり。停泊している漁船が例の花咲でも見たドハデ系です。もちろん機能からこうなったのでしょうが、デコトラに通じるものを感じます。そしてすごいと思ったのが、MOOのデザインがこれらの漁船と周りのレンガ蔵に調和してること。建築家毛綱さん生きてたら今頃すごいんだろうな。
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この旅の出発点に戻ってきました。
川のほとりの復元し建物。メタボ回避で軽く昼飯です。
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釧路の南大通(幣舞橋の南側の街)を歩きます。先端が米町というところで寺町と弁天浜を臨む遊郭のあった場所。旧遊郭の方は何も痕跡がありませんでした。
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釧路駅の反対側(北側)に変な建物を見つけたので行って見た。そうしたら駅の北側は旅館と飲み屋が密集してた場所でした。北海道の漁に東北から出稼ぎに来た人たちが泊まって遊ぶ街だったのか。
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そして、網走で見かけたスナック集合体建築の親玉みたいなのがあった。外からみると一つの建物に見えるけど、真ん中に通路がって戸建て長屋が連なっているのです。掘り出し物に興奮するも、かなりディープ。最近が遊里系はやめてたので一歩踏み込む勇気がありませんでした。
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by marunouchi_no1 | 2011-09-26 08:02 | 北海道  

道東紀行3ー2

ブログサーバが調子悪いや
その3の後半は新しくおこします。

太平洋にのぞむ花咲集落
花咲蟹で有名ですね。これは蟹船?イカ船?すげー派手です。
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廃屋多しですが、かつてはかなり栄えた模様。遊里跡も残っていました。手前がスナック集合建築。
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その中
廃屋なのに看板が綺麗だ。まさか現役じゃないでしょうね。
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まっすぐな線路。沿ってまっすぐな道路も走ってます。
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おお、馬だ。ずっとうしばっかりでしたが、海岸近くの牧草地は馬のようです。潮風がいいんだな。
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霧多布はスカ。地形的に期待して行ったのに、残念。
ここらは湿原地帯です。その中にある火散布集落を訪ねました。さて、なんて読むでしょう。ヒチリップです。浜中町はこんぶ収穫日本一だとか。火散布も昆布漁集落です。
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家の前に砂利敷の広い干場があって、一軒一軒の干場に面して船がつけられます。そしてクレーンも常備されている。
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なるほど、よほど昆布漁が調子いいんだ。
だからこの小島までも昆布漁集落があるんですね。写真見えますか。昆布漁の時だけ人が住み、学校まであったそうです。定期船はないのでチャーター船を調べましたが、三万円以上するのでやめました。定住の島だったら無理して行ったでしょうが。
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ところが小島なんか目じゃない集落があった。みてください、浜が全て昆布の干し場です。相当潤っているのでしょう、家々はあたらしい。でも面白い。
昆布の乾燥小屋も一軒毎にありました。熱風で強制的に乾かしていました。こっちの方が干すより楽なんでしょうね。
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釧路。今回の旅の出発点に戻ってきました。
とった宿は幣舞橋の袂、後ろは夜の街です。最終日なので奮発して寿司屋へ行こう、ということで八千代鮨本店というちょいと高級そうな店に入りました。
カウンターに通されたのですが、隣に超ウルサイ何処ぞの飲み屋の女将が男と一緒に来て、板前相手にワンワン騒いで飲んでいる。しかも道産子じゃなく大阪弁。おいっ!早く帰ってくれよ!
あーあ、最終日だというのに外したと思っていたら、料理がめっちゃ美味しいではありませんか。ウルサイ女将が帰った後、地酒頼んで飲み直しました。この店は釧路に来たらオススメです。
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20:00ちょうど。幣舞橋の川っぺりでブログ書いてます。ここから始まったんだなぁ。あー満足満足。
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by marunouchi_no1 | 2011-09-25 17:42 | 北海道  

道東紀行3ー1

3:00am
その3、もう始めなきゃ。
日本最東端で日の出見たい。

納沙布岬、夜明け前。日本で行くことのできる日本最東端です。
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どこから出るかな?
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きたーっ
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おおーっ
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日本で一番早い日の出でした
日の出と同時に灯台の灯りが消えた
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日本最東端の集落
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根室の朝歩きスナップショット
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by marunouchi_no1 | 2011-09-25 03:07 | 北海道  

道東紀行2

おはようございます。窓を開けたら朝日を浴びた風景。斜里の朝歩きから。
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斜里の駅前から眺めた斜里岳。
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昨晩、飲み歩いた時にチェックしておいた大きな古民家。もうかなりガタがきてるようですが、手直しして頑張ってもらいたいな。
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知床半島突入。観光スポットスルーのつもりですが、オシンコシンの滝だけみてくか。
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ウトロスルー、知床横断道路知床峠もスルー。羅臼町に下って、、、やっぱり最奥の瀬石へ行きたい。なんだか25ねん前のトレース紀行だ。

瀬石温泉
ここって民地なんですぅ。
海の向こうに見えるのは北方領土だ。
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では、羅臼の町から気合いいれて、、、とピックアップした集落を巡れど、スカスカスカ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
標津まできちゃった。福住総本店という地元では有名そうな蕎麦屋で鴨南そば食べた。温まりました。
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なんだ、標津もスカスカじゃい。
港から国後島を臨む。寺泊から佐渡島眺めるより近くに見えるよ。
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遠くの山は斜里岳から知床半島にかけての山脈の一部。草原はパイロットファームってやつでしょうか。
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うっしっし(^-^)/
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ついに日本最東端の町、根室にやってまいりました。根室半島は北海道で唯一足を踏み入れていないエリア。念願の地です。さーて、どんな町を見せてくれるのかな。
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先ずは地酒、北の勝の蔵元
いいねぇ
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市内はかなり起伏があります。海岸段丘ってやつ。そこに地形と関係なく構わずグリッティな町割りをしたようで、なんというかサンフランシスコみたいです。
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丘の上の町が海に面しているところへ近づいて行った。画像の場所は材木屋さんの敷地。
「ここから夕陽がとっても綺麗に見られるからどうぞ入っていいよ」
と事務所のオバやんが声をかけてくれた。北海道らしいなぁ。
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おおっ
すっげー綺麗だ、夕焼け
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たまりません。
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日中あんなに荒れていた海が、なんとも静かに
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日がくれたあとは、繁華街へ。割と活気あるじゃない。
根室にしてはおしゃれな飲み屋があったんで、開店を待って入りました。これが超当たり\(^o^)/
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地酒でイカと旬のサンマを刺身で
うーむ、最高です
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サンマの刺身と一緒に一味唐辛子が出てきました。こちらでは、何とサンマに一味をかけて生姜醤油でいただくんですと、、、いやいやイケる!
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その後、夜の遊里の町並みを取材。画像アップできるカメラで撮るの忘れたぁ。ネオン街で閉めたかったけどごめんなさい。

その2を終わります。
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by marunouchi_no1 | 2011-09-24 07:01 | 北海道