カテゴリ:茨城県( 4 )

 

復興の町を歩く 日立〜水戸(茨城県)

d0147406_00234791.jpg

(水戸)
2016年最後の旅になります。訪れる町はいずれも再訪ですが、復興の町として歩き直します。
d0147406_00234726.jpg

早朝の常磐道。タケヤリ(左サイド)をおっ立てたクレスタが100km5000回転で唸りながら走ってる。さすがイバラキです。でも、こういうバカバカしいクリマに乗るの好きだなぁ。
d0147406_00234809.jpg

今日はHITACHIのお膝元、企業城下町であり戦災都市である日立から歩きます。日立は、明治期に開かれた鉱山と、大正期に独立し創立された鉱山機械修理工場=日立製作所により発展した町です。日立駅から鉱山に向かって工場が並び、そこに沿って町が形成されました。
そして、戦災により焼失、今見る町並みの中に戦後復興した時の建物が見られるはずです。
d0147406_00402900.jpg

銀座通り=まいもーる の入口。戦災復興で拡幅された通りと交差点の大きな角切り。
d0147406_00402973.jpg

通りには駐車帯が用意されていて、一日中何時間でも停められる。まぁそれだけ寂れちゃってるってことですが。13年経ってまだまだ頑張っているエルちゃんを置いて歩きます。
d0147406_00403034.jpg

でた!商店街のマスコットキャラクター。
d0147406_00403018.jpg

d0147406_00403170.jpg

d0147406_00403166.jpg

いわゆる防火建築帯なるものはありません。看板建築(木造で正面だけ不燃化)かRCもしくは鉄骨造。
d0147406_00403267.jpg

d0147406_00403359.jpg

ウーム、モダンですね。
d0147406_01090381.jpg

看板建築の裏側。隣地が駐車場になると恥ずかしい😅
d0147406_01090382.jpg

銀座通りと直交する飲食店街のストリート。
d0147406_01090403.jpg

モダンなビル。
d0147406_01090516.jpg

d0147406_01090577.jpg

その前にあったクラブ・スナックの集合体。こういう長屋建築って、当初は単一だったと思うんですが、必ずと言っていいほど後で外装が色分けされたり仕上げが変えられていたりするんですね。所有形態によるのかな。
d0147406_01090675.jpg

おぉ、看板建築の裏側の家並み。芸術的です。
d0147406_01090786.jpg

d0147406_01090768.jpg

キャバレー、クラブ、スナック、遊里にはいろんな業態があるけど、とにかくスナックが多い。お姉さんが独立して店を持ち高齢化が進んでいるからでしょうか。
d0147406_01090846.jpg

このように石蔵(大谷石かな?)がポツポツある。大谷石蔵は必ずしも戦前と限らないけど、戦災を免れた可能性もあるでしょう。

d0147406_01090868.jpg

国道6号線を日立から水戸方向へ走る。常陸多賀の駅付近をすぎてちょっと行くと、塙山十字路という交差点があり、そこの一角に突如バラック街が現れる=塙山キャバレー。クルマを降りて歩いた。
d0147406_09065886.jpg

d0147406_09065962.jpg

いわゆる戦後のバラックというより、割と新しそうで画一的です。ググって見ると25年前から営業している店があるとか書いてあったが、それ位の印象。
d0147406_09065963.jpg

真ん中のエリアがごっそり空き地になっていました。2014年に火事があったそうです。
d0147406_09070078.jpg

d0147406_09070063.jpg

ただの飲屋街ならいいけど、名前にキャバレーが付いているし、仮設建築物ということでヤバそうな匂いがプンプンして、取材も緊張します。
d0147406_09070142.jpg

そのうち一軒の扉が開いてヤバそうなにいちゃんが出てきた。見つかっちゃマズイと、後戻りして迂回しつつ隣のマンションに上って俯瞰する。だけど、にいちゃんが外でタバコ吸っててマンションの玄関を眺めてるから下りられない。
d0147406_09070119.jpg

いなくなってから下りて、この場を去りました。
まぁ後で調べれば、映画のロケとかでも使われていて、知られるようになっているとか。そういうヤバイ場所ではなさそうです。思い過ごし、、、

d0147406_09393449.jpg

東廻り航路の港町として栄えた那珂湊へやってきました。市場に正月の買い出しでたくさんのクルマが集まっており、港への道は大渋滞だし駐車できない。しょうがないから那珂川の対岸に停めて歩いて行きます。
d0147406_09393597.jpg

d0147406_09393532.jpg

この町は、1947年(昭和22年)に大火がありました。古い町並みは以前取材しているので、今回は大火後の復興の町並みが目的です。
古い町並みは、関東地方らしい出桁造りの町家。特に不燃化を意識していないので、それまでは大火の経験を近年していなかったのでしょうか(大火後は教訓から不燃化した建物になる)。
d0147406_09393638.jpg

d0147406_09393647.jpg

所々に、凝灰岩系の石蔵があります。いわゆる大谷石に近いですが、大谷石かどうかはわかりません。水戸線で運ばれ流行したのかな。
画像の蔵は、石の縁が曲面で囲いされていて珍しかった。
d0147406_09393774.jpg

大火時の出火点とされている明神町。なるほど、ここに来ると道幅が拡がって、不燃外装の看板建築が現れた。
d0147406_09393775.jpg

こんな変わったカーテンウォールの建物もありました。斬新ですね。
d0147406_09393831.jpg

目抜きの商店街の町並み。看板建築が並んでいます。明神町から出火しこのあたりも被災したのでしょうか。

県庁所在地の水戸にやってきました。「遊里を歩く」取材で散々歩いていますが、改めて戦災復興の町として見て行きます。
d0147406_09393934.jpg

水戸の市街地はご存知、水戸徳川家の城下町として整備されたのが原形で、那珂川と千波湖の水域に挟まれた細長い台地上の町です。短辺方向の通りの一番高いところに立つと、両方の道の先に空が見えるほど。それほど、台地の崖線は急です。
d0147406_09393960.jpg

水戸駅近くの東照宮と宮下銀座商店街。普通、門前町は参道に対してまっすぐだけど、ここは不思議な関係。地形が複雑だからでしょうか。
d0147406_10043207.jpg

d0147406_10043359.jpg

まぁいわゆる防火建築帯の一種のような建物群ですが、そのような位置付けで誕生したものかは不明。1970年(昭和45年)に建てられました。緑のルーバーが印象的で、デザイン的にはなかなか良いです。現在シャッター街になってしまっていますが、手を入れれば化けそうな気もする。
d0147406_10043360.jpg

国道50号線は水戸市街を貫く背骨のような表通り。戦災復興で旧道をそのまま拡幅したものだと思われます。例えば画像の水戸駅近くの町並み。低い位置にある水戸駅へ向かって緩やかに下るようにしたため、大規模な掘削により斜面が削られ、画像のような斜面下にへばりつくようなビル群生まれました。
d0147406_10043433.jpg

背後に丘上の建物が屏風のように建っています。
d0147406_10043425.jpg

国道50号線沿いの商店街。歩道上に対岸と共通した「波波形」デザインのアーケード屋根をつけていますが、なんせ道幅が広すぎで界隈性がなく、クルマバスが行き交うので落ち着かない。伝統的な老舗とかが軒を連ねているんですが、生かされておらず残念です。
d0147406_10043570.jpg

d0147406_10043579.jpg

中にはこのような可愛らしい建物もあります。
d0147406_10043613.jpg

南の段差部。リアス式海岸の入り江のように谷が入り込んでいます。
d0147406_10043751.jpg

南側低地に建っているラブホテル。ブルーラインあればラブホあり。前に取材していますが、まだ残っていました。中身は廃墟です。
d0147406_10043797.jpg

d0147406_10093423.jpg

北側の夜の飲食店街。料亭、クラブ、キャバレー、スナックらが軒を連ねています。
d0147406_10093576.jpg

こういう集合体建築もあり。
d0147406_10093537.jpg

水戸の戦災復興町並み。あまり特徴があるわけでもないけど、大通りの商店街というところでしょうか。こういう町だど界隈性のあるエリアでの商業地展開がウケそうな気はする。








[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-31 23:53 | 茨城県  

がまあんこう紀行

2014年最後は、脈絡なく茨城攻めとなりました。「ガマの油」で有名な筑波山麓からアンコウ鍋の大洗まで、がまあんこう紀行の始まりです。

練馬でいらかぐみ太泉さんを乗せて常磐道を東へ。谷和原ICで降り、国道294を北上します。道路は凍結しているし、辺りは濃霧。注意しながら運転しなければなりません。

石下(いしげ)。濃霧の中、周りが全く見えませんが、幻想的な町歩きとなりました。造り酒屋が二軒ありました。
d0147406_044769.jpg

d0147406_044888.jpg

一風変わった看板建築。通りに対して45度に面してる。両方向から見て目立つことを意図したのかな。
d0147406_044836.jpg

隣町の下妻を探ってみました。一部あったことはありました。
d0147406_044951.jpg

側面の壁がウロコ貼りの銅板外装の町家。
d0147406_044990.jpg


次は筑波山の周りの集落です。筑波山の周りは何度も訪れてますが、二三残っている。
西の麓の沼田は、かつて筑波鉄道の終点だっ街で、長く登山観光の玄関口でした。ところが古い町並みはなく、造り酒屋1軒を訪問するだけ。
d0147406_045048.jpg


筑波山を越えて東麓に下ります。古くは水戸街道の石岡から道が分岐して筑波山を東から登る街道が通っていて、山麓の沿道に小幡という町があって、立派な民家が並んでいます。今日はその隣の須釜を取材。
そして、柿岡という町にやっまいりました。鉄道が通っているわけでもないのに、割と町が大きいです。
d0147406_045097.jpg

d0147406_045149.jpg

茅葺の蕎麦屋もあった。
d0147406_045141.jpg


柿岡からちょっと東へ行ったところにある志筑という集落。これがすばらしい003.gif
d0147406_045279.jpg

茨城県らしい立派な農家の屋敷群

土浦の北、千代田町にあたる旧水戸街道稲吉宿。本陣家の前から。
d0147406_045376.jpg

あるお宅の庭にガマが、、、
d0147406_045395.jpg


高速に乗って北へ移動します。笠間市の宍戸という町。旧街道沿に商家が間隔を空けて並ぶ町並み。
d0147406_045462.jpg

d0147406_045415.jpg

軒の造形
d0147406_045530.jpg


そして、大洗へ。
10年近く前に北海道苫小牧からフェリーで着いた以来かな003.gif
遅めのランチをアンコウ鍋といきましょ。中心よりやや離れた処にある「味処大森」というお店に入った。
d0147406_045696.jpg

「あんこうの吊るし切りが見られますので店先まで」
ほっ005.gif
d0147406_045611.jpg

あっという間に
d0147406_045730.jpg

鍋になっちゃった(今おろしたのとは別ですけど)美味しかった。
d0147406_045754.jpg


大洗の町並み
d0147406_045812.jpg

d0147406_045863.jpg

d0147406_05087.jpg

この八百屋さん、セットみたいだった!
d0147406_05083.jpg

d0147406_05146.jpg


続けて翌日の大晦日も茨城攻め。
旧水戸街道の藤代宿と牛久宿、龍ヶ崎、川港の布川、鹿島神宮まで足を延ばしたけれど全てスカ、スカ、スカのスカパラダイス008.gif
龍ヶ崎の商店街にあったこの民家くらいかなぁ
d0147406_05145.jpg

最後、最東端の旧波崎町まで来てしまった。防風対策の生垣集落の見られる地域。
d0147406_05255.jpg

d0147406_05321.jpg

d0147406_05363.jpg


川尻という集落
ここが2014年最後の集落町並みとなりました。
d0147406_05448.jpg

d0147406_05427.jpg

d0147406_05510.jpg


では、良いお年を001.gif
[PR]

by marunouchi_no1 | 2014-12-30 21:26 | 茨城県  

サイト<集落町並みWalker>を一年ぶりに更新しました

サイト<集落町並みWalker>をなんと一年ぶりに更新しました。
掲載しなければならないData Baseは50カ所以上溜まっていましたが、まずは先日夏休みに歩いた
東京都  一之江 国分寺 竹ノ塚
埼玉県  膝折 妻沼
群馬県  境平塚 赤城
茨城県  高浜 小川 日立川尻 町屋 小里 大子
の13カ所。徐々に遡りながら掲載します。

というわけで、徐々に集落町並み探訪を再開できればいいかなと思っています。
[PR]

by marunouchi_no1 | 2014-08-24 23:06 | 茨城県  

ちょっと前の東京が見られる町 石岡

仕事で茨城県の石岡にいく機会があったので、列車の待ち時間で町を歩いてきました。
d0147406_12445126.jpg


石岡は水戸街道の宿場町ですが、昭和4年に大火があり、今見られるのはその後に復興した町並みです。
d0147406_12445252.jpg


大火があると復興計画の際に防火帯として道路を拡幅します。古い町の多くは道路拡幅で失われるケースが多いのですが、大火復興の町はその必要がなく、結果的に古い町並みが残ります。石岡はその典型的な一例であり、純度の高い昭和初期の町並みと言えます。
d0147406_12445366.jpg


旧水戸街道は電柱が地中化され、町並み修景が進んでいます。しかし、去年の地震では震度六でしたから無傷ではなかった様です。
常磐線石岡駅は、湿地帯に昭和4年の大火後の瓦礫を埋めてその地盤の上に建てられていたそうで、去年の地震で大きな被害を受け、常磐線の復旧には手こずったようです。
d0147406_12542729.jpg


それでもいい町並みになりました。今後ますます観光客も増えるでしょう。
d0147406_12543248.jpg


話変わって東京駅前。
東京中央郵便局の前の地下広場がオープンしました。
d0147406_1361792.jpg


東京の昔の写真が飾られ、一時のギャラリーとなっています。その中、竣工直前の大正12年に関東大震災で焼けた歌舞伎座の写真もありました。貴重な東京の記録です。
d0147406_1361772.jpg


そして、花見も今週末が最後ですね。
週末は「にっぽん集落町並み縦走紀行第4弾」広島〜愛媛 に旅立ちます。
d0147406_1361842.jpg

[PR]

by marunouchi_no1 | 2012-04-13 09:04 | 茨城県