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住之江 安立

大阪北浜での仕事の後、住之江安立行きました。
御堂筋線動物園前駅で降り、新今宮駅前電停から阪堺電車に乗ります。
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終点の我孫子道電停で下車。そこから旧紀州街道の安立商店街を北上します。
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旧紀州街道は大阪上町台地の尾根筋を南下し、堺、岸和田などを通る街道ですが、特に古い町並みがよく残っています。
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ここ安立商店街もアーケードながら、漆喰虫籠窓の古民家が見られました。
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アーケードを北へ抜けたところの交差点付近が超見どころスポット!
南海電車住之江駅から東へ延びる通り(上記交差点にて旧紀州街道と交差)沿も対したもんだ!
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↓この薄いこと薄いこと005.gif
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大阪名物軒段々系町家がつらなる。
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そしてこのなが〜い本瓦、凄い!
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by marunouchi_no1 | 2015-02-25 17:40 | 大阪府  

砂町銀座

江東区の砂町銀座に行ってきました。東京の人気商店街の三つ指に入るそうです。

都営新宿線西大島駅で降り、明治通りを真っ直ぐ南下します。
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しばらく団地街や貨物操車場跡に作られた大型商業施設イトーヨーカドーを過ぎると、
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ちらほらかわいい看板建築が現れます。戦後のモルタル系看板建築。
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そこに「砂町銀座商店街」の入り口がありました。
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お蕎麦屋さんがあって、
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道が狭くなり、真っ直ぐと商店街が続いています。
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ここは道幅が結構狭い!両側の店がオーニングを出し、挟まれた空間のプロポーションがめちゃくちゃ良い。
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もう一つの特徴ですが、通りに面する短冊状の敷地が通りに対して直角ではなく、やや振れていること。つまり建物が雁行するのです。
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レトロに作り込んでいる食堂。
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ホント活気がありました。003.gif
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by marunouchi_no1 | 2015-02-22 18:59 | 東京都  

全国女性街ガイド 復刻版

旧遊里歩き界の中では著名な、
「全国女性街ガイド 渡辺寛著」
の復刻版が発売されました。
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この本は、売防法が施行される昭和33年の前、昭和30年に発行され、その中で全国353カ所の女性街を実際に著者が利用して街を紹介しています。
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現代のバイブル「赤線跡を歩く」シリーズの著者木村聡さんも参考にしている文献とあって、是非てに入れたいと思っていたところ、復刻版が出たと知り早速手に入れました。
私は利用する方ではなく、町並みとして鑑賞するのが目的ですが、残念ながら写真も住所もなく、町並み目的に応えてくれるような街の描写はあまり詳しくありませんでした。でも女性街の様子は伝わってきます。
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例えば、東京都の武蔵新田を見てみましょう。
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京浜工業地帯の一角、アパートを改修した店の様子などが書かれています。

私の取材した写真はこんな感じ。面影が感じられるでしょうか?
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データベースはこちら
http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/tokyo_data/musashinitta/musashinitta_file.htm
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by marunouchi_no1 | 2015-02-03 20:50  

東京バラック紀行

先週、日本橋富沢町のバラック街を歩いて
「そろそろちゃんと取材しておかないと見られなくなるかも」
ということで、戦後に建てられたバラック街巡りに出かけました。

最初は、京王線代田橋駅から歩いて五分くらいのところにある和泉町というところです。
京王線代田橋駅を降り北口を出ると早速昭和レトロな商店街が出迎えてくれました。
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その短い商店街を抜けて甲州街道を長い歩道橋で渡ると杉並区和泉。歩道橋の階段を下ったところに「沖縄タウン~小さい沖縄、生まれタウン」というこれだけだと何の事だかよくわからない標識が立っていました。
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標識に従って甲州街道を新宿方面へちょっと歩くと、綺麗に緑青に彩られた銅板看板建築があって、その脇が「和泉明店街沖縄タウン」の入り口です。この沖縄タウン、沖縄出身の人がこの辺りに住んでいるというわけではなく、町興しでやっているのだそうで、沖縄学の研究者が近くに住んでいるというキッカケは在るそうです。
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戦後のモルタル系看板建築に沖縄の赤瓦の軒やサインが付くと、那覇のコンクリート系建築との組み合わせを想起させ、何となく沖縄に居るように錯覚するから不思議なものですね。
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さて、特筆すべきはこの商店街ではなく、その先に在る「バラック街」です。新宿から西へ向かって甲州街道の北側を平行して水道道路が走っていますが、この道路はかつての淀橋浄水場へ水を供給する新玉川上水の跡を道路にしたもので、幹線道路としては環状七号線で終わっています。そして、環七から西は細い通りと特異なバラック街(仮設的な小建築群)になり、和泉明店街を挟んで緑地となります。おそらく、地中には水道管が埋まっているのでしょう。
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このような公共的な空地に戦後混乱期バラック街が形成されるようで、日本橋富沢町は浜町川を埋め立てた上、下北沢のは駅前広場の上など。いずれにしても、大変特異な景観です。
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↑こんなに小さな住宅もありました。
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代田橋駅に戻り、京王線→井の頭線と乗り継いで、吉祥寺へ向かいます。私は調布市の出身ですので、吉祥寺は目と鼻の先、子供の頃から何度も訪れていますが、こと町並みとしては取材していなかった。不覚でした。
まず駅の公園口を出てみる。
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繁華街の雑踏の中を路線バスが走っているのには驚きました!

吉祥寺駅北口に移動します。広い商店街に囲まれて小さな木造建築が密集したエリアがある。戦後の闇市から発展した商店街通称「ハモニカ横丁」と呼ばれ人気のスポットになっている場所です。
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吉祥寺は、関東大震災で家を失った人たちの移住から発展した町で、駅前の商店街も居住者の生活と密接にかかわり合いながら形成されました。しかし、戦時中には商店街が空襲で火災になり鉄道へ延焼しないように駅前の建物が一旦取り払われます。そして、戦後焼け出された人々が住まいを求め、物資を求め、駅前の空地に闇市が形成されたます。
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戦後60年が経ち、各地の闇市からの商店街や飲み屋街が姿を変えていく中、ハモニカ横丁は駅前の商空間に囲まれて今も生きています。
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戦争を体験した人にとっては「戦後のバラック」というのはマイナスイメージだと思いますが、戦争を知らない今の人々にとってはどこか懐かしい独特な空間、他では味わえない空間としてプラスイメージになっているのでしょう。事実、私もその一人です。ハモニカ横丁は魅力を増して多くの人々を惹きつけています。
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吉祥寺北口の象徴サンロード。たくさんの人でごった返してました。

人混みを嫌って移動します。中央線で二駅、荻窪です。ここも仕事で通っている場所ですが、駅北口の銀座街を取材していなかった。
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この街も吉祥寺のハモニカ横丁と同様の成り立ちで、戦後の闇市から発展した商店街。今でもバラック建築が集まっています。
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単に古臭いだけだった銀座街も、バブル期に巻き起こるラーメンブームの時は火付け役となり「荻窪ラーメン」で有名でした。
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今の荻窪銀座街は、吉祥寺ハモニカ横丁ほど人は訪れていませんが、変わらず特異な空間を味あわせてくれます。
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一方、青梅街道を荻窪駅前から西へ進むと、沿道に戦前の銅板看板建築をいくつも見ることができます。仕事で通った際に気づいていました。テクテク青梅街道を西へ八丁まで歩きました。
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さて、もうちょっと町歩きを続けようかなと思いましたが、脚も疲れたし、とにかく寒いしで、15:00には家に戻りました。
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Canon G7xの筆下ろしとしては、良い旅だったです。緑とピンクの色合いがいいカメラです。003.gif
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by marunouchi_no1 | 2015-02-01 20:37 | 東京都