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海界の村を歩く 日本海 萩大島(山口県萩市)

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(山口県萩市大島)

相島渡船が萩商港に着きました。乗り換え時間は20分。3度目の渡船に乗って最後の萩大島に渡ります。大島へは25分だから一番近いです。
大島は相島とは対照的で、漁港から台地に向かう斜面に集落が駆け上がっている。典型的漁村集落ですね。
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まず、船着場の右手(東側)の赤穂瀬地区(あかほせ)から歩きましょう。見ての通り急斜面上の雛壇集落。
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雛壇の擁壁にコンクリートが使われてるから、もう一方の本村地区(じげ)より新しいのかなと思ったけどそうでもなさそうで、古い民家もありました。
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傾斜が急だから擁壁の石垣も超高い。
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階段が上にずっと延びてる。暑いから全部の階段は上がる気がしません。
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斜面下の通り。洋館があった。
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上から見下ろす。フー急です。
もう暑くてたまらん。本村地区にある民宿に早々と入り、クーラーに当たっていたらもう腰が上がらなくなった。
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本村地区は明日朝にしよう。
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萩大島は、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の落人が住み着いたという伝説のある。ご覧のように台地状の島で、上は農場、周りの海は豊富な漁場、斜面から低地にかけて集落が広がっています。
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民宿のテレビ。BS放送にOTV(大島テレビ)なる局があって、島の要所をずっと映しながらトークしてる。それだけ活動が盛んな島ということ(局は民宿の隣だった)。
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朝、涼しいうちに本村地区を歩く。集落の構造は平地部と斜面部に分かれていて、斜面部は丘上に続く一本の主軸があり、その主軸に枝道が繋がっていてツリーのような形式だった。
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ひたすら主軸を一番上まで登る。
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一番上には神社があって、その先は丘上の農地だった。
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すれ違ったおばさんが「すぐ上の道を入っていくと集落を見渡せる場所があるよ」と教えてくれた。そんな簡単には見つからなかったが、一望できた。
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いい空間ですねぇ。
枝道は主軸以外には基本的に上下に繋がっていない。だからいちいち真ん中の通りに戻っては、ちょっと下ってまた次の枝道に入るの繰り返し。
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平地部を見下ろすところに社あり。そこから平地部へ下りられた。
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怪しげな一角だ。遊郭かな?おそらくそうでしょう。
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3つの蔵が並ぶ場所。このあたりの屋敷構えは大きいし家も立派。
本村地区だけでも2時間かかりました。大島は山陰でも屈指の漁業で栄えた集落でしょうね。

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萩市内に三たび戻る。レンタカーで宇部山口空港まで走りますが、直接行ったんではもったいないので、三隅と特牛(こっとい)という集落へ立ち寄りました。画像は三隅。
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特牛は港町ですが、『全国遊郭案内』(昭和5年 日本遊覧社刊)に載っているから、旧遊里があるはず。
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おおっ、残っていました。
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一階がカフェ調になっているので、戦後、売防法廃止前まで営業していたでしょう。
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なかなかなものです。
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ということで、宇部には13:30にはついてしまいました。宇部の町も企業城下町として面白そうですが、もう体力の限界、、、早い便に切り替えて帰ろう。
おしまい。。。

by marunouchi_no1 | 2015-07-20 14:58 | 山口県  

海界の村を歩く 日本海 相島(山口県萩市)

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(萩市相島集落 全景)

見島から一便で萩商港へ戻りました。相島行きの渡船が出るまで2時間強あるので、萩市内の浜崎町(国重要伝統的建造物群保存地区)を歩きます。
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前回歩いたのが重伝建指定直後でしたから、整備が進んだように思えます。
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公開されている旧山村家住宅。船具を商っていたそうです。斜め前の旧山中家住宅の蔵からたくさんの古いポスターが見つかったそうで、そのレプリカが展示されていました。綺麗な絵です。これは大阪商船(今の商船三井の前身のひとつ)のポスター。
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旧山中家住宅。間口三間半で奥行きが超深い。
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その前の通り。「なんでこの通り広いんですか?」と案内ボランティアの方に聞いたら、計画道路で広げたんだそうです。左側は古いけど、右側の家は立ち退いた後の建物。でも、計画道路は住民反対で中止され海岸通りが整備されたそうです。もし、そのまま計画道路が完成していたら、旧山中家住宅は取り壊されて、浜崎町も分断されていたことでしょう。
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萩のスナック街がアーケード街の北側にありました。萩まで来て、スナック街取材する奴は珍しいでしょう。
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明倫館。文化財になって公開されていました。
しかし、今日は蒸し暑いぞ!
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萩バスセンターの前のスーパーで弁当買って、いざ相島へ。二度目の萩港出航だぁ。
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40分で相島へ、、、ん?集落が無い。。。
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相島港。港には人家や店舗は一切ありません。農作物を積荷する作業場があるだけ。相島はスイカが有名です。
ということは丘の上かぁ。先日行った瀬戸内海伊吹島と同じだ。
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丘の上へ向かう道。こんな細い道をバイクが行き交う。この先にあるのは、一体どんな集落なんだ。
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樹々で覆われた小道を抜けるとパッと視界が開けた。一面甍の家並み。
集落は台地上の窪地のようなエリアに埋まるようにビッシリ広がっている。周囲は段々畑です。なんと美しい集落なんだ。
グーグルの空中写真と地形図だけでは予測できなかった。これだから、集落は行ってみないとわからない。
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中心軸の通りをまずは一番奥まで歩いていこう。家々もいいが石垣が素晴らしい。
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このあたりが集落の一番上。遠くに海と本土が見える。上ってきた中心軸の通りの両側斜面をジグザグに歩き回って下りていこう。
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持っていった弁当を食べるのも忘れ全ての道を歩きました。興奮しっぱなしです。
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集落内では多くの人やバイク、荷台を引っ張った農耕車にたくさんのすれ違いました。スイカやサツマイモなどを生産しています。萩諸島随一の農業の島。やはり、産業が盛んな集落というのはいいものですね。

by marunouchi_no1 | 2015-07-19 10:50 | 山口県  

海界の村を歩く 日本海 見島(山口県萩市)

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2015/7/19。昨夜、台風11号が四国室戸岬に上陸しました。まっすぐ時速20kmで北上。もう無理かと諦めかけていましたが、午後には山陰を抜けなんとか交わすことができました。で、夜、宇部山口空港に着いた。
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(新山口駅新幹線口近くの海鮮割烹 若新)

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新山口駅前(旧小郡駅)で東萩駅行きのバスがやってきた。ん?これって路線バスでは、、、
萩まで1時間半弱、これなんだぁ。JRの特急バスはおそらく観光バス車両なのでしょうが、始発便はこれのようです。
小郡から萩まで、瀬戸内から日本海側へ行くわけで、それなりに山越えですが、これがまた丁寧に全て旧道をなぞって行く。日本海側が近いと言ってもねぇ。。。
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萩バスセンターで下車。萩の町の東の真ん中あたりです。萩の古い町並みはすでに歩いていますので、商店街を港へ向かいます。ここはあるいなかったけど、昭和ですね。
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東浜崎の旧遊郭。ここだけ歩いてなかった。
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大きな料亭旅館が残っています。
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旧遊郭の趣はこの旅館の周辺だけでした。その近くにスナックはありましたが、スナック街のレベルではなかった。
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さて、国重伝建の浜崎町はスルーして、萩商港へ。
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日本海の孤島では、東京から行くのには中々大変な場所です。
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前置きが長くなりましたが、これから萩海運の「おにようず」で見島へ渡ります。
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「おにようず」とは、見島で上げる大凧のこと
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見島本村港へ入る船の上から集落を見ると、アンテナが設置されている高い鉄塔に驚かされます。離島であまり見たことのないもの。これは朝鮮半島に対する防衛の島であることの証。見島からは東京よりソウルの方が近いのです。
上の画像は港にある神社から眺めた古い漁港と本村の町並み。

萩商港から北北西約44km、高速艇で70分。面積約7.8km、人口1200人の島。暖流対馬海流の中にあるため、冬でも温暖で雪が積もりません。
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古い漁港から一直線に見島神社へ向かう通り。
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これが集落の中心軸で、大きな屋敷が並んでいます。
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入母屋屋根は赤瓦が多く、萩の町と同じ黒瓦もみられ、軒をRで塗りあげた漆喰壁が旧家のスタイル。
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以外の家屋は基本的に板張りです。
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郵便局の後ろにそびえる鉄塔
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見島神社から眺める
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漁村にしては一軒一軒がゆったりしてる。農業も盛んですし、見島牛の放牧も行われてる。
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ランチができる店は一軒だけ。宇津港には店はないそうですから、ここで食べましょう。

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お墓は一つ一つ石積みで囲まれていました。近くの浜辺にジーコンボ古墳群という場所があって、そこも石積みでした。
見島にはもう一つ集落があります。本村の北東にある宇津集落。行きは船で帰りは歩くことにしました。
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本村に比べるとかなり小さいです。湾に沿った漁村集落。
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民宿はこっちの方が多い印象です。赤瓦の集落。
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さぁて、戻ろうか。もう船便は無いので歩くしかない。4km〜5kmです。雲はどんどん少なくなって、日差しがキツイ。気温が低く風があるのが助かります。木陰で涼しい。
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見島は漁村でもあるけど農村でもある。田園が美しい。
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そして、牛の放牧までしてる。見島牛は朝鮮からやってきて、血が混ざらない状態で今に至っている種だそうです。見島牛放牧地まで頑張って山上った、、、んだけど一頭しかいなかったぁ。
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本村に戻りました。よく歩いたぁ。脚痛いです。
今や現役は珍しいタバコショーウインド。
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16:00、本村の赤崎旅館にインしてのびてます。釣好き俳優M方Hき氏の定宿という。
風呂入ってディナー。素晴らしいお料理でした。
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朝の見島本村。活気のある離島でした。

by marunouchi_no1 | 2015-07-17 18:51 | 山口県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 伊吹島(香川県観音寺市)

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昨夕、観音寺港から伊吹島へ渡りました。昨日探訪した粟島や志々島とは全く異なる様相。島全体が台地のような形状で、沿岸には港や水産加工工場だけがあり、全ての集落が台地の上に形成されている。そして、その規模も大きい。これから歩きますが、どんな集落を見せてくれるのか。とても良さそうな予感がしていて、やや興奮気味です。
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島の再奥にある民宿いぶきからの眺め。晴れていれば向こうに浦島伝説のある荘内半島が横たわっている。
昨夜は雨が降っておらず、離島ならではの無音&漆黒の夜でした。小さな離島に泊まることで体験できることの一つです。
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台地の上と表現しましたが、上は上で険しい。起伏があります。集落は荒神社あたりが高く、南北に斜面。北は北浦港へ向かって谷があって、谷を挟んで東西に見合うように、斜面上に集落が形成されています。
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↑これは谷の西側から東側の集落を眺めた全景。
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↑斜面の先端にある伊吹産院跡。伊吹島では女性が出産するとき、この産院に泊まって子供を産んでいたそうです。島の女性が共同で世話をして出産を助けたとか。出産後も母子は1カ月ここで生活する。独特の風習があるのも島ならではでしょう。
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ここから北浦港へ下りていく。
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いりこ(カタクチイワシ)漁の漁船が沢山停泊している。若い漁師のにいちゃんもいましたから、漁業が盛んなんですね。
港で船から降りてバイクに乗ったオッチャンが、防波堤に座っている私の方にやってくる。そして声かけてきた。
???
なんだ、民宿の主でした。漁師だったんですね〜。
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島には4つの水産加工工場があるそうです。ここ北浦にも一つ。いりこを採って加工しているのです。観音寺に本拠地を置く加ト吉と関係あるかと聞いたら、関係なく全く島オリジナルの企業だそうです。だから漁業が盛んなんですね。
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谷の東側集落を再登坂。外装の板はみな舟板。古い漁船の材料を再利用したもの。
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荒神社前の「オコジノイズミ」伊吹集落内には何ヶ所か水源があります。水は島の生命線ですからね。ここは、コンクリート製のでっかい貯水池なんでしょう。
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集落のど真ん中に八幡神社の鎮守の杜があります。その東側近くに郵便局があって、旧家らしい大きな屋敷が集まってる。集落の中心部でしょう。↑郵便局前の商店。
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↑旧家の集まった町並み
郵便局あたりから真浦港へ下っていく道がメインストリート。港近くは傾斜がきつく、道路を緩やかに通すために切土されて石垣が積まれていました。
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伊吹島の集落はとにかく広かった。隅々まで迷路のような道をほぼ全て歩いて、3時間半みっちりかかった。
早めに船に乗り込んで、カーペットの上に寝転がって、このブログを書いてます。
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丸亀に戻りました。金曜夜に食べたラーメン屋の広島風冷麺が食いたくて再度行ったけどまだ営業時間前。丸亀のアーケード街入口にあるうどん屋に入りました。さすが讃岐、海鮮ぶっかけ旨かった。
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丸亀駅前のアーケード街は歴史的建造物がかなり残っています。
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銀行も残ってたぁ006.gif
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さぁ、一本早い便に切り替えて帰ろう。

今回、香川県西部の三つの島に行って改めて感じたこと。瀬戸内の島の過疎化は急激に進行していて、廃村寸前であること。しかし、生業がうまく行ってる島とそうでない島で、近くにあっても全然違うということ。山村であればエリア内の差はないけど、島の集落は差が出ますね。
伊吹島に近づいて行った時、海岸線に工場がびっしり建っていることに驚きました。イリコの水産加工場です。でも、集落内の人口は最盛期の1/3とも言われております。廃屋や空き地化した家も多く見かけました。
伊吹島は、今年も瀬戸内国際芸術祭で盛り上がるそうですが、安易に観光へシフトせず、漁業+水産加工業でがんばってほしいと思います。



by marunouchi_no1 | 2015-07-05 07:34 | 香川県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 志々島(香川県三豊市)

粟島の東隣にある志々島に渡ります。


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↑先ず石垣の防波堤に上って集落を眺める。斜面上の密集系だな。本瓦葺の屋根も多そうだし、こりゃ期待できそうです。
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↑写真右手にカラフルな小屋が沢山見えるでしょう。さてなんでしょう?
答えはお墓です。この島では両墓制で埋め墓と参り墓が分かれています。海岸に近いここは埋め墓で、極小の小屋が密集してる。一つ一つに花が供えられていました。
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さて、集落に入っていきましょう。
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ほうほう、店がある。。。と思いきや、歩みを進めると様子がおかしいぞ。
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こんもりとした樹林があるかと思ったら家ではないか。
建物が植物に食われている。
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そう、家々のほとんどが無住で廃墟化していたのです。005.gif
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そして、集落の背後の斜面の上に寺があり、境内に上ってみたら、なんと寺までもが廃墟!
住んでいる家は数えるほどしかなさそうだ。
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寺の境内から見下ろした本村地区の全景。寺の横には石造の参り墓がありますが、皆海に近い埋め墓に参っているようです。
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しかし、住んでいないから改修もしていないわけで、古い町並みがよく残っている。もちろん、手入れしていないから、朽ちていますが。。。
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隣の集落も歩きましたが、こっちは全て無住=廃墟だった。私は廃墟マニアではありませんが、これじゃあそう思われても仕方ないですね。
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↓放置されたままの神社
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↓朝顔に覆われた建物
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この島は、かつては農業も盛んで、背後の山には畑が広がっていた。
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しかし、今や森林です。自然の力ってすごいですね。
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映画のロケ地としては何本も使われている。ロケ地観光で売り出した時期もあるようですが、もうそんな観光客も訪れないのか。
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寂しい気持ちになりました。瀬戸内海の過疎化の凄まじさを目の当たりしました。山村では沢山見てきた廃村の状況ですが、やはり漁村は密集しているだけにインパクトが強烈。ショックでした。
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by marunouchi_no1 | 2015-07-04 16:41 | 香川県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 粟島(香川県三豊市)

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(粟島の旧国立海員学校)
海界の村を歩く=離島の集落を歩く旅では、このところ外洋ばかりを攻めておりましたが、いよいよ瀬戸内海を始めます。つまり、離島の宝庫です。なぜ瀬戸内を敬遠していたか。ここに入り込むとしばらく出られないから。。。
ハマる自分が怖いんです。
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金曜日の夜、高松空港から丸亀に入りました。梅雨真っ只中ですが、今日は曇り。ホテルの前のラーメン屋で夜食をとって0時に就寝しました。

丸亀から予讃線で宅間へ。コミュニティバスで須田港へやってきました。土曜日朝8:20。
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須田港から出る粟島行きの渡船は9:05だから時間がある。須田の町を歩きます。
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かつて港町として栄えた街は、なんとなしに面影が残っている。というか、讃岐の町並みは本瓦が基本だから見栄えが良いのです。
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↓波の静かな海に浮かぶ粟島。これからあそこに渡るんだ。
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粟島。塩飽諸島に属し、3つの島が砂州で繋がって一つになった島です。
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従って、集落に起伏はなく、かつては北前船の寄港地として栄えました。
集落の周りは、古くは塩田だったそうです。
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1897年(明治30年)設立の国立粟島海員学校は、日本で最初に村立(当初)で開設され、海運業界に多くの人材を送り出したのだそうで、1987年(昭和62年)に廃校となりました。うーむ、割と最近まで使われていたんですね(最近でもないか)。
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集落の構成は、屋敷の海側に長屋門、庭を挟んで主屋という配置。
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そして、讃岐らしい本瓦葺きが見事であり見所です。
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妙な名前の郵便局だ。「漂流郵便局」あっ、テレビで見たぞ。
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届け先のない郵便物を受け付ける郵便局で、それが展示されている。アートプロジェクトの一環です。なかなか良い発想だな。ロゴもオシャレ。
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↓粟島の東海岸にある上新田集落。ここは砂州上ではなく、斜面上密集系漁村です。船から眺めただけ。
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粟島は、ほのぼのとした穴場的ながら魅力のある島でした。
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by marunouchi_no1 | 2015-07-04 15:13 | 香川県  

町並みWEB集団いらかぐみ 2015オフ会 3

2015/6/14(日)、Yasukoさんと私万訪は加賀の温泉街を中心に歩く予定です。
まず、金沢の奥座敷と言われる湯涌温泉へ行ってみる。目的は、古い旅館がゴースト化して残っていると聞いたので確かめるために。
旧白雲楼ホテル。廃墟となり、廃墟マニアに注目されていた建物だったようで、危険なため解体されていました。
http://freett.com/hachinosu175/1hakuun.htm
跡地はすっかり更地、公園になっていました。廃墟マニアではありませんが、見られず残念でした。
能登半島の付け根、かほく市宇野気に移動。ここでは遊里跡探し。名残がちょことありそうな建物一つだけだった。

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スカ続きですが気を取り直して日本海を西へ。
能美市福島は北国街道の町かな?ソコソコの集落。調子が出てきました。
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小松市粟津温泉の街に入るやいなや、写真の建物が現る。「ん?第3期歌舞伎座にそっくりだ」
そう、第3期歌舞伎座ができた後に造られた粟津演舞場。歌舞伎座に似せた建物では日立の芝居小屋(第2期にそっくり)も知られていますが、影響力あったんですね。
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内部はこんな感じ。インテリアも似てますが、面白いのは花道が斜めなこと^o^
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粟津温泉には余り古い旅館はありませんでした。この老舗旅館は古いのか新しいのか。
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↑これは何屋さんかな?

加賀市の温泉郷、山中温泉。
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結構広い。まずサクッと車で流して見るとなかなか良さそう。
で、クルマを降りて歩く。景観的には揃ってるけどグッと来ない。何故か。ほとんどが新しい建物なのでしょう。伝統的なんだけど重量感に乏しいというのか。いいんですが、体が感じてしまいます。
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山中温泉から10分で山代温泉。ここもあまり見所はなかった。というか、目玉の建物が工事中。人気の宿「星のや」になるそうです。
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九谷須田せいか。魯山人を九谷焼に目覚めさせた窯元。↓
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最後は片山津温泉です。ここも歴史があるのに割と近代的なホテルが多い。おそらく昭和時代に加賀の温泉地が流行ったのでしょう。繁盛した時期に建て替えたのかな?
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それでも一軒だけ、見番所が保存されていました。
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二階に演舞場が備わっている。遊里として隆盛の時期があったことを感じます。
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芸妓の名札。タイムマシンがあったら過去へ行ってみたいな。


by marunouchi_no1 | 2015-07-01 23:37 | 石川県  

町並みWEB集団いらかぐみ 2015オフ会 2

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(七ちょめさん撮影)
金沢十間町にある「すみよしや旅館」がオフ会開催の宿。金沢でも古い歴史を持つ旅館だそうで、観光客がごった返しているエリアに無いのが良い。
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かんぱーい!
七ちょめさん、Kさん、孫右衛門さん、Yasukoさん、太泉さん、野村万訪に、今年から新たなメンバー浦野さんが加わり7名。全員がそろいました!
七ちょめさんは、西の町並みを攻めながら金沢へ。Kさんは早く金沢市内に入りスケッチ三昧。浦野さんは私と同じように能登半島を歩いてた。そして、Yasukoさんと孫さんはレンタカーで石川県内の山沿いを徘徊。ところがトラブルが、、、孫さんがけがをされて小松の病院で手当てをされてやってきた。いやぁ大変でしたね、大事にならずに良かった。

食事の後は部屋で町並み談義。その途中に宿の女将が割って入ってきた。
「そろそろ夜景撮影のお時間ですが」
七ちょめさんが夕景を撮るのだと話をしていたらしい。女将が気を利かせて教えてくれた。うーむ、素晴らしき気配り。こうして撮れた写真が冒頭の一枚。
ずいぶん飲んだぁ。みんな歳かな、、、日付が変わる前に寝床へ。

いらかぐみは朝が早いのです。一日の長さが一番長い時期にオフ会するというのもあるけど、朝飯前に泊まった町並みを歩いてしまうというのが、これまた恒例なのです。
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主計町のこの坂道。朝の光もあいまってみんな興奮していた。
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浅野川を渡って東茶屋街へ。かつては東の廓と呼ばれていて観光客もさほどではなかったのに、年々整備され訪れる人も増え、北陸新幹線が開通した現在の週末はとんでもない人ごみだそうです。
でも早朝は人がいない。
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↑の通りなんか、昼間来たら竹下通り並だとか。それでも五分十分するとパラパラと人が出てきていました。
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宿の前で記念撮影!「すみよしや旅館」は女将の応対も見事なもので、大変好感度の高い宿でした。
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朝食を食べて9:00。宿の前で早々と解散です。それぞれが気の向くままにそれぞれの旅に戻ってゆく。
一部のメンバーで近江町市場を歩き、
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孫さん+Yasukoさん+万訪で、金沢弁天町を訪ねました。ここで、孫さんともお別れ。
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by marunouchi_no1 | 2015-07-01 21:42 | 石川県  

町並みWEB集団いらかぐみ 2015オフ会 1

2015/6/13~14 町並みWEB集団<いらかぐみ>の恒例のオフ会です。2003年に結成されたいらかぐみは12年目、オフ会も13回目。今年の場所は北陸金沢なりました。
全員が行動を共にするコアタイムは、6/13(土)17:00~6/14(日)9:00頃で、以外はそれぞれに勝手気ままなルートで旅をする。これが、いらかぐみの長年の中で暗黙のルールとなっているもの。
ここでは、幹事をつとめたわたくし万訪の旅程にてレポートをいたします。

2015/6/13(土)早朝便のANAで能登空港から石川県に入りました。能登空港なんか利用者多いもんかと思っていたけど、、、満席。空港ではツアーらしき集まりでごった返している。
「まれツアー?」
そうNHKの朝の連続テレビ小説「まれ」の舞台となっているのが能登なのでした。今日最初に行く予定の門前町皆月もロケ地の一つのようです。彼らと混ざりたくない。。。

輪島市門前町皆月は、能登半島中部西海岸にある集落です。20年くらい前に訪れていますが、写真が乏しく再訪です。
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集落を歩いていると、地図を持ってうろうろしているおばさんがいる。そして話しかけられた。
「あの~〇〇ってどこですか?」「ん?(怪訝な顔で)」「まれのロケ地めぐりしてるんですか?」「ちがう!」
間違えられたぁ。これが嫌なんだなぁ。
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集落を端から端まで歩いていると、太泉さんから電話が入った。「門前町いくのでしたら中野酒造で純米酒を買ってきてください!」と頼まれました。彼は、金沢に北陸新幹線で着いて、穴水までのローカル線に乗っている模様。

門前町の中心部。そうだ、ここは2007年の能登半島地震で大きく被害を受けた町です。震度6.4を記録した。町はほぼ復興していますが、かつての町並みの風情を残しています。
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総持寺はまだ修復工事途中でした。
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奥能登清酒中野酒造は、門前町の中心部からやや離れた場所でした。店の人に何しに来たと聞かれたので、町並みを歩いている建築設計の仕事をしている者だというと、是非家の中を見てくれと案内されました。お~すげい!みごとな梁組です。能登半島地震では家がやや傾いたものの耐えたとのこと。祖先がしっかりした家を建ててくれたことに感謝しているとおっしゃっていました。
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西海岸を南下していきます。志賀町赤崎という集落は、町並み関係では特に取り上げられていないけれど、会社の同僚から面白いと聞いていました。
「のっぺらぼう集落」
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能登半島をはじめとする日本海岸では、海風を防ぐために間垣などが有名ですが、それがなく建物の窓を海に面して造らない建て方なのです。窓なしの下見板張りファサード群がとっても美しいじゃありませんか。
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金沢へ向かいましょう。途中、羽咋市飯山とかほく市高松に寄りました。写真をどうぞ!
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by marunouchi_no1 | 2015-07-01 21:08 | 石川県