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海界の村を歩く 伊勢湾 坂手島・答志島(三重県鳥羽市)

2015/12/30
瀬戸内の島を巡る旅の最終日はどうしようか。先週行った鳥羽の離島。神島、答志島(答志・和具)に訪れましたが、かなり良かったので他の島や集落も期待できる。未踏の逆手島と答志島桃取を歩こうと思います。
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逆手島は、鳥羽港の東約0.6kmと志摩諸島の中で最も本土に近い島。標高110mほどの山地の南斜面のわずかな平地に集落が一つ形成されています。
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本土と近く通勤に便利なことから、本土通勤者が多く、この日も多くの人が船に乗っていました。バスみたいな感覚ですね。
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それだけ便が良いからなのか集落には老人ばかりでなく若い人や子供たちも見かけました。しかし、家屋の改修はあまり進行していない印象で、伊勢の伝統的な様式が良く残っています。
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中心部に神社の前でもないのに広場のような空間があります。そきに面して店舗が営業していて人の往来も多い。このような空間は珍しいと思います。
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伊勢様式の民家が多く見られます。
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平地が狭いので、集落は海岸線伝いに延長しながら背後の斜面にも駆け上がっていました。

鳥羽佐田浜港に戻りました。駐車場のクルマの中で寝てた娘を起こして、次の島に連れて行きます。
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答志島は先週東側の集落を歩いたので、今日は西側にある桃取を訪れます。両者の間には山があって行き来はしづらく、いずれも別々に鳥羽港から船が出ているのです。
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集落は城壁のような高い防波堤が外周を囲んでいて、防潮扉のところからしか入れません。
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伊勢らしい切妻妻入りの下見板張り、破風に水切り板のついた民家が並ぶ町並み。
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集落の奥にあった大きな井戸。
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漁村の密集した良さは東の答志集落の方ですが、桃取は伊勢様式の町並みが見られます。
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伊勢湾、三河湾の離島はハズレがないですね。佐久島、日間賀島、篠島、神島、答志島、逆手島、いずれもDataBaseに載せられる価値があります。残る一島の菅島もおそらくいい町並みが見られるでしょう。
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by marunouchi_no1 | 2015-12-29 20:00 | 三重県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 日生諸島(岡山県備前市)

2015/12/28
日生諸島は本土に近いところに大小14の島々からなっています。内、備前市(旧日生町)に属するのが鹿久居島、大多府島、頭島、鴻島などです。2今年、日生から鹿久居島へ橋が架かったため、以前から繋がっていた鹿久居島〜頭島によって、頭島までクルマで行くことができるようになりました。そこで、頭島から大多府島へ渡りました。
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島の北岸は天然の良港で、南側は奇岩に富む日生町有数の景勝地となっています。1698年(元禄11)岡山藩が開港、農民を移住させて開拓したといわれ、瀬戸内航路の風待港でもありました。現在島民は主に海運業に従事しています。
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まずは、防波堤の上に立って大多府集落を一望します。
港に面して比較的立派な二階建て民家が建ち並んでいるのは、この手の小さな離島としてはやや珍しいと思われます。
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旅館のような規模。風待ち潮待ち港としての名残なのでしょうか。
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軒下のギザギザは水切りの役割でしょうか。
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水が貴重な島の生命線である井戸が2つ並んでいました。六角井戸の周りは石敷きです。
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頭島に戻ります。頭島は、日生諸島の中で人口が最も多いそうです。宿泊施設も複数あって、このエリアの観光スポットになっています。
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緩やかな斜面に形成された集落は、いわゆる斜面上密集系漁村の部類ではあるものの、屋敷地には余裕があるように感じました。斜面の斜度が緩いからでしょうか。
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本瓦葺きの屋根が美しい家も複数軒残っています。
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この家は珍しい下見板張りの洋風住宅。よく郵便局とかで見かけますが、そうだったのかな?
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頭島から眺めた鴻島。ここには集落はありませんが、別荘地が整備されています。ポツポツ見える白い家は別荘。不思議な風景ですね。
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日生の町を歩きます。

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旧日生町の中心地で、打瀬網の漁業地区。江戸後期に四国沿岸へ、明治期には朝鮮海岸へ、さらに台湾、シンガポールの近海へも進出し繁栄したそうです。
今では牡蠣を求める観光客が訪れる街。「牡蠣お好み焼き=カキオコ」の店がたくさんあって行列ができていました。

さて、これで2015年末の予定の旅程は終了ですが、一気に東京まで走るのも辛いので、途中もう一泊して帰ることにしました。ちょうど中間の三重県名張市のビジネスホテルを予約。
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名張へ向かう途中、同行している娘が廃墟化した「奈良ドリームランド」を見たいというので立ち寄りました。木造のジャンボコースターが残っていた。
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近くには明治期に建てられた奈良少年刑務所があります。なんとも不思議な取り合わせでした。

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by marunouchi_no1 | 2015-12-28 20:00 | 岡山県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 家島群島(兵庫県)

2015/12/27
姫路市の南、飾磨港から家島群島の家島と坊勢島を訪ねます。飾磨港は辺り一面工場工場!重工業地帯の真っ只中。イメージあまり良くないですが、工場群の迫力はあります。
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家島は、姫路市の南西部18kmの播磨灘にある家島群島の中心島。六甲山地の隆起に伴う播磨灘西部の沈降によって残った山頂部だそうです。溺れ谷によって海岸線は変化に富み、奥深く湾入している。だから大きな船が入れる天然の良港となっているのです。
そのため、家島港に近づくと小さな離島とは思えない光景に驚かされます。一面が造船工場!
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島の北部の大きな入り江・家島港の周りに主要な集落が形成されています。湾の西側に真浦港、東側に宮港がそれぞれ、海岸線と細かな入り江、そして斜面に人家が築かれています。
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まずは、真浦港の船着場から海岸線に沿った街を、陸に向かって右側から歩いて行きます。
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湾に向かう尾根と谷が交互に現れる地形。尾根が海に落ちる部分は、道一本の両側に家が建つ一皮の街。いやいや、海側はビルです。小さな離島では珍しいでしょう。
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しばらく歩いて行くと、造船所が現れた。写真右手が海側の造船所です。
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集落と工場が一体となった街。
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谷のところでは集落が奥に広がっていて、斜面に
駆け上がっている。そこから眺めた港の風景。
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部品としてのスクリューが道からすぐそばの場所に置いてある。金キラに輝いていますが、何でできているのかな。
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定期船乗り場付近に戻り、谷に広がった中心集落に入って行きます。ビルの一階がくりぬかれていて、集落の通りとなっている。
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主軸の通りに出たら魚屋さんがあった。活きたまま売られています。
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大きなお屋敷の脇から路地に入る。
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背後の斜面に上がった集落から。
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家島湾を取り囲むもう1つの集落が宮地区。こちらは単純な構成で海岸線に沿った一本の道と斜面に上に広がっています。
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主軸の一本道。一般的な平入の町並み。
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一見して古いとわかる民家は数軒しかありませんでした。
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造船施設。クレーンの骨組みみたいなのがゴロゴロ置いてあった。
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ここから島の反対側まで歩きます。といっても2kmくらい。一応山越えるので、30分くらいかかる。網手港から坊勢島へ小さな渡船で渡ります。
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坊勢島も旧家島町(姫路市)です。この島、シマダスによれば群島で唯一人口が増加しているのだそうです。
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船上から眺めても、確かに海岸近くから丘の上まで密集している様子がわかります。
船着場には今乗ってきた渡船意外にも、姫路からの高速艇やフェリーなどが頻繁に運行しています。しかし、海岸近くは漁業施設だけで集落はない。すべて斜面から丘の上にかけてあるようです。まずは、主軸っぽい縦道を上っていきましょう。
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丘の上の大きな道もない密集した集落でありながら、ご覧のような立派な住宅が建っている。かなり漁業で成功しているのでしょう。人口増もうなづけます。
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道は狭いですが、階段ではなく道路になっている通りが多い。つまり、バイクで上がってこられる。集落の重要な交通機関はミニバイクです。
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お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、子供を乗せた若いお母さんも、皆バイクで坂道を勢いよく上り下りしてる。「ウイーン」とエンジン音がしてきたら、歩行者から注意して避けないと危ないほど。
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港と反対側を見下ろす。
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すごいですね人間は。住むためにこれだけ開発してしまうのですから。漁業が盛んな島というのは、離島集落の醍醐味です。
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姫路飾磨港に戻りました。飾磨の町は港から比較的内陸にあります。陸と海の交通結節点だった重要な港町だった飾磨ですが、どんどん海が埋め立てられて、海との間に工場地帯が形成されたため、港町というよりは街道町といった風情でした。
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今宵は岡山県の日生泊です。料理旅館で海の幸をたらふく食べて、明日の日生諸島に臨みます。







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by marunouchi_no1 | 2015-12-27 20:00 | 兵庫県  

海界の村を歩く 紀伊水道 沼島(兵庫県)

2015/12/26
2015年最後の旅は、紀伊水道から瀬戸内海東部にかけての島旅です。12/25深夜、クルマで東京を出発。東名→新東名→新名神→名神→明石大橋→神戸淡路鳴門道とノンストップで走って7時間、8:00淡路島の東南部土生港に着きました。
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淡路島の南東部には、島内最高所の諭鶴羽山地が海から切り立っていますが、土生港はその崖下のような場所にあります。ポツンと港だけがある感じ。お天気はポカポカ、マフラーいらないほどあったかい。
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渡船で10分4km、紀伊水道に浮かぶ沼島へ渡ります。船を降りると、今度は超寒い。土生港は北風を諭鶴羽山地が屏風のように遮っているからあったかいんだそうです。
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沼島の集落は1箇所だけ、淡路島に向かってあります。
歩き始めてまず目に入ってきたのが本瓦葺きの屋根。これは南あわじ市で生産されている全国的に有名な淡路瓦です。いぶし銀の輝きがとっても美しい。
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海岸線に沿って家々に挟まれた主軸の通りから、直交する細い路地に入ってみると、板壁に囲まれました。
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港から登る長い階段が見えてきた。沼島八幡神社です。長〜い参道を頑張って登ると広々とした境内から集落が俯瞰できた。
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さらに西へと歩いて行きます。大黒屋という銭湯が現れた。今でも営業してそうです。淡路島の北端にある岩屋を歩いた時も、同じような感じで銭湯が現れたことを思い出しました。
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集落西エリアを海岸から眺める。妻面を海に向けた甍並みです。
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主軸の通りを東へ戻ります。島の中心にある山の頂から港に向かって下る尾根を集落が跨いでいます。視点が高さ方向に変化するシークエンス。本瓦葺の大きな屋根を見下ろすことができます。この町並みの見どころスポットでしょう。
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尾根を越えて東側の谷に下る。道によって円弧にカットされた庇のある家がありました。庇は銅板葺で緑色が目に新しい。
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尾根下のエリアには、旅館っぽい佇まいの建物が集まっていました。もしかしたら遊里かもしれない、そんな想像をしながら歩きます。
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島では重要な役割を担う手押車が、路肩に縦列駐車してました。自動車のない小さな島里ならではです。

土生港に戻ります。ここから淡路島の西側の集落を歩きます。
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南あわじ市阿那賀。淡路島から四国徳島へ鳴門海峡を渡るには福良港が有名ですが、鳴門大橋ができる前、フェリー用の港としてここ阿那賀からのルートもありました。
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南あわじ市湊は、西淡地方の中心。江戸期は大阪に送る藩米の積出港であり、明治期には大阪と四国との間を就航する大阪商船の寄港地として栄えたそうです。また、淡路瓦エリアの中心でもあり、瓦屋根が美しい町並みでした。
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五色町都志万歳地区は、南から来た街道が都志川の橋に向かって下っていくところに街が形成されており、印象的な町並み景観をみせています。一軒一軒は特筆すべき古い民家はなさそうでした。

ほかにも数か所立ち寄りましたが、取り上げるには値しませんでした。
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by marunouchi_no1 | 2015-12-26 20:00 | 兵庫県  

海界の村を歩く 伊勢湾 答志島(三重県鳥羽市)

神島から戻る船は、次に予定している答志島に寄ってくれればいいのに、答志島を横目に見ながら通り過ぎて、菅島に立ち寄ってから鳥羽佐田浜港に戻るのです。佐田浜で1時間10分くらい時間がある。昨日夜に歩いた鳥羽の町並みを再チェックしに行きました。
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間違いなく旧遊郭です。実は自分の作った「全国津々浦々遊里リスト」に「鳥羽町遊郭、鳥羽駅下車」って載ってました。
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この建物は待合って解説されていました。

もう一回、佐田浜港へ戻って、答志島へ渡ります。どんより曇ってはいたものの、なんとかもっていた天気ですが、ついに雨が降り出した(ホント雨男です)。しかも寒くなってきやがった。
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東西に長い答志島には3つの集落があります。答志と和具が東端に互いに1km離れてあり、西端には桃取という地区がある。東西は答志島スカイラインという道がつないでいるもののバス便はない。答志と和具へ行く船と桃取へ行く船は、佐田浜港から別々に出ています。
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船は、和具港で多くを下ろした後、答志港まで行って折り返します。港にはたくさんの漁船が停泊していて、漁業が盛んなことが伺えます。
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答志集落へ入っていきます。細い道です。これがこの集落での当たり前の道幅。
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すごいですねぇ。狭い通りの密集系漁村はたくさんあるけど、この集落は違う。一軒一軒がしっかり建てられていて、手入れがされている。
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そして店がたくさんある。これは過疎化があまり進行していない現役で栄えている集落の姿です。
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まぁ、本来全ての集落がこうだったわけですけど、今ではこっちの方が珍しい。伊勢湾、三河湾エリアの島では愛知県の篠島も栄えていましたが、双璧といっていいでしょう。
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しつこいくらい写真を掲載したから伝わるかなぁ。密集系漁村の良さってなかなか一枚の写真では表現しづらい。近いうちに動画をアップしますので、そっちも是非ご覧ください。
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1キロ程歩くともう1つの集落、和具があります。こちらも港にたくさんの漁船がビッシリ。すごいなぁ。
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和具地区は答志地区に比較して新しい家が多い印象です。井戸が煉瓦造なのが特徴かな、随所で見かけました。
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このような石を積み上げた塀があった。古い防潮堤かしら。
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現在の船着場に近い端っこのエリアに大きなホテルがあって、周りに飲食店か割烹旅館だったっぽい建物がありました。
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賑わっていたんでしょうね。

1時間半歩きっぱなし。雨脚も強まってきたので、予定より早い船で戻ろうと思います。
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近鉄鳥羽駅で松坂牛の肉まん。何んと一個400円以上する。味は、松坂牛言われれば、そうなのかなぁ〜。
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by marunouchi_no1 | 2015-12-23 17:23 | 三重県  

海界の村を歩く 伊勢湾 神島(三重県鳥羽市)

天皇誕生日の前日、鳥羽に入りました。
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鳥羽の町の「てんびんや」という店で海鮮料理と地酒熱燗でお腹を満たした後、夜の町を歩いてみました。
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海上交通の要衝にあり港町として発展した町には古い町並みが見られます。
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特に裏通りはスナック店も数軒営業していて、遊里の風情が感じられて面白かった。明日、時間があれば昼歩こうと思います。
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今宵の宿は駅近くの旅館。かつては中居さんが居るような大きな施設だったのでしょうが、今や細々とビジネスホテルとして営業しているようです。来年、伊勢志摩サミットが開かれることで注目されている地ですが、おそらく関係ないでしょうね。
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日が変わって祝日。今日は伊勢湾にある神島と答志島を歩きます。上の写真は、手間が鳥羽駅で、最も遠くに見えるのが神島です。
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鳥羽佐田浜港から40分、波の高い伊勢湾口を横切って神島に着きました。揺れた揺れた。
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神島は、鳥羽港の北東約14km、愛知県伊良湖岬西約3.5kmの伊勢湾口の海上に浮かび、古代から海上交通の要所でした。島の美しい自然や素朴であたたかな暮らしを背景に、海女と漁師の若い2人を描いた、三島由紀夫作の恋愛小説『潮騒』の舞台となったことで、「恋人の聖地」と言われているそうです。
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さぁ歩きましょう。帰りの船まで3時間ありますから、じっくり攻めます。例によって端から集落に入りかけましたが、引き返してメインストリートから始めます。横道と縦道の辻に時計がありました。かつてここに島で唯一の時計台があったそうです。縦道を登ります。
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中段の横道との交差部。下見板張に赤瓦の民家が島の様式です。
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ところが見てください、このカラフルさ!同じ湾内の佐久島とは対照的です。
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↑佐久島(2014年)
集落は入江に面するわずかな平坦地と周りの傾斜地。こういうのが漁村ならではで、私を興奮させてくれます。
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集落西側斜面上から見る
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集落東斜面上から見る
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隣地の屋根をかわすために角が斜めにカットされた家。面白いですね。
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斜面を駆け上がる集落
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古そうな商店がありました。

時間が1時間以上余ってしまった。定期船の待合所。出航30分前になると切符売り場におばちゃんがやってきて。そして、集落中に響きわたる放送で、住人の名前を連呼しています。50人以上は読んだかなぁ。終わって「なんだったんですか?」とたずねたら「船で荷物が届く方々ですよ。船が着く前にFAXが流れてくるから、それを読み上げるんです。」これは初めての経験でした。小さな島の集落ならではですね。
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by marunouchi_no1 | 2015-12-19 19:10 | 三重県  

海界の村を歩く 東シナ海 黒島(沖縄県竹富町)

石垣離島ターミナル17:00発の最終便で黒島渡りました。
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黒島港から民宿のある仲本集落までの移動でいきなり衝撃を受けました。まるで北海道の十勝平野のような風景です。
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先島諸島石垣島の南南西17kmに位置する低平な島。ハート型の島の形から、近年はハートアイランドの愛称がある。那覇市内で食べるビーフステーキの多くはこの黒島産黒毛和牛で、島の主産業は肉牛生産である。黒島には人口の約10倍もの牛が放牧されていて、黒島の集落以外はほとんどすべての土地が放牧地に開墾されている。(「シマダス」より)
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民宿はとみは、若いご夫婦がやっておられる。旦那様は黒島生まれ黒島育ち、奥様は埼玉県ご出身だそうです。夕食美味しかったです。
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夕飯済ませて、夜散歩。街灯ひとつが如何に明るいものなのかわかるほど暗い。集落出ると離島ならではの漆黒の闇です。怖くなって戻ってきました。
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石垣島と与那国島の泡盛を一杯づつ飲んで、今日は休みます。
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一晩中雨が降っていましたが、朝上がった。今日の予報が曇りに変わりました。GoogleMAPで黒島海上を触ったら「フィリピン海の付近」と出ました。確かに、九州よりルソン島の方が近いや。
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民宿のある仲本という集落から歩きます。黒島には5箇所の集落があります。石塀で囲まれた屋敷はたくさんあるけど、空き地も多い。いわゆる珊瑚石ではなく切石で積まれた家がありました。
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仲本から宮里へ移動します。途中は黒毛和牛の牧場。この感じ島とは思えない。
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宮里にはビジターセンターと黒島研究所という海洋研究所があり、入ってみました。ウミガメをはじめとする島の海洋生物が展示されていました。
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牧場を歩くこと40分、中心集落の東筋に着きました。ここは日本の道百選にもなっているようです。
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赤瓦ののった民家は多く、さすがに竹富島にはかないませんが、かなりのものです。観光客も少ないので、素朴さがあってとてもgood !
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一番端からジグザグに全ての道を歩きました。
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赤瓦の集落もかなり見て歩いてきたので、もうその珍しさには惹かれません。その他のアイテムに惹かれる今日この頃です。
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黒島ではとにかく牛がたくさんいます。人より多く見かける。
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登録有形文化財の伊古桟橋。古い桟橋で、サンゴ礁の青い海の上をまっすぐ延びている。晴れていればもっと青かったでしょう。

石垣に戻ります。新石垣空港近くの白保集落。1771年(明和8年)石垣島白保崎の南南東約40kmの海底で地震が発生、震度こそ大したことなかったのですが、大津波が発生し、先島諸島に甚大な被害がありました。石垣島で最も被害を受けたのが白保だったといわれます。
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現在の白保は石垣近郊の住宅地といった趣で、赤瓦の民家も多くあります。
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住宅地が赤瓦というのが新鮮。
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中にこのような完全「うちなんちゅ」様式の住宅を見かけた。沖縄では本当珍しいですね。
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石垣の「きたうち牧場」というレストランで、石垣ビーフを食しました。まぁうまかったけど、話のタネにね。

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by marunouchi_no1 | 2015-12-11 21:16 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 小浜島(沖縄県竹富町)

2015/12/12羽田空港。6:40石垣行きJTA71便の出発を待っています。
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今年もあっという間に時が過ぎもう師走。忙しい一年でした。その骨休みとでもいいましょうか、ゆっくりするのに冬の沖縄はいいですね。あったかいのはもちろんだけれど、人が少ないのがいい。先島諸島は3年ぶりで、前回は波照間島と与那国島を目的に日本縦断の旅の始まりの時でしたが、今回はのんびりと小浜島、黒島を歩きます。

「にっぽん集落町並み縦走紀行 第1日」
http://www.shurakumachinami.natsu.gs/01top-page/sintyaku-page/juso_kiko/01/juso_01.html
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石垣島空港には到着予定時刻より15分早く着いた。市内行きのバスは同時刻発だが、早まることを計算に入れているのか。
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石垣離島ターミナルから高速船で30分。小浜島11:00着だから羽田から4時間半。
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小浜島(こはまじま)は、先島諸島西表島の東約2km、マンタウエイと呼ばれるヨナラ水道を隔てて位置する島。古くは西表島古見からの島分けといわれ、米作りが可能だったことから八重山地方の中でも豊かな農業伝統をもつ。現在はサトウキビと米が主に栽培されている。1771年の「明和の大津波」のあと、石垣島へ320人が移住させられた歴史がある。また、島でインド藍が穫れ、独特の明るい藍染め物がつくられている。(「シマダス」より)
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隆起サンゴ礁の島であるが、割と起伏がある。この手の島ではお決まりで、真ん中の丘の上に集落が形成されています。
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沖縄の集落らしく、規則正しい町割りで、赤瓦とRC造が混在する町並み。
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NHKの朝ドラ「ちゅらさん」の舞台になった古民家「こはぐら荘」。観光客はこの家を見るだけ。
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今回のカメラは、いつものCANON G7xに加えて、SONY α7+ツァイスイエナ フレクトゴン 2.8/35も持ってきました。写真はみなイエナです。オールドレンズの味わいが沖縄の集落に合いますね。
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小浜は放牧と農業が盛んのようで、住民も多く、子供が走り回っていました。
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地元民が利用する食堂で一服。「ミート&卵焼き」頼んだらこういう料理でした。ミート=スパムなんですね。美味しかった。
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細崎という半島から眺める。右が小浜島で左が西表島です。すぐ近く!
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石垣港に戻って時間調整中。夕方のフェリーで黒島に渡ります。

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by marunouchi_no1 | 2015-12-11 21:08 | 沖縄県  

海界の村を歩く 宇和海 大島(愛媛県八幡浜市)

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伊予の島里探訪も最後となりました。大島は、八幡浜港から14kmの海上にあり、連続した大島・三王島・地大島を合わせて大島と呼ばれています。
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急斜面が多く、標高167mの三能山が最高峰。河川らしいものはなく、集落は海岸線に細長く連 なり密集しています。
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島の東側、海岸線に沿って延々1kmの線状漁村集落です。上の写真で集落全体の1/3位。隅から隅まで往復して1時間半必要です。
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石垣は佐田岬半島と付け根エリアで採れる青石。宇和島では見かけなかったので、分布域がありそうです。
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港の護岸
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さぁ一本道の集落を歩いていきましょう。
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土地のない集落だけれど庭を持つ家もある
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板張り棧瓦葺き
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ひたすら続く。地形に合わせて蛇行するのが面白いシークエンスを生み出している。
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青石の石垣
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山側に駆け上がる家々
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背後はすぐ絶壁のエリア
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ところどころ集落に奥行きがある場所がある
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大島のパンフレットに書かれていた「海を渡ってくるイノシシ」だって!
昨日の日振島で遭遇したイノシシも海を渡ってきたんだろうか。

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by marunouchi_no1 | 2015-12-06 20:49 | 愛媛県  

海界の村を歩く 宇和海 九島&日振島(愛媛県宇和島市)

今日明日と2日間は宇和海の島旅です。
難所は日振島の離れた三集落の攻略です。そのために今日月曜日を日振島探訪日に合わせました。月曜日だけ日振島への便が1便多くあるので、三ヶ所に行けるのです。
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まずは、朝一番で宇和島港から近い九島に渡ります。ここは便が多いので、空き時間に嚙ますのに都合がいい。
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九島は、宇和島湾の入口に位置する島。本土からは最短で320mしか離れていません。海抜320mの頂上まで耕された段々畑は平均斜度40°と急で、ほとんどが柑橘類の果樹園です。
産業の中心は漁業で、ハマチ・タイ・ヒラメの養殖と小型まき網漁業が盛んでもあります。本土との公共交通手段は農協フェリーしかないですが、念願だった大橋は今ようやく建設中です。
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本九島から三つの集落を歩きます。いきなりロールスロイスがお出迎え。
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集落はのどかな農村といった感じ。高齢化は仕方ないですが無住の家は少なく活気が感じられました。
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本九島
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本九島
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共同井戸。各集落の山際にこのような共同井戸が見られます。井戸の周りに石が敷き込まれ、洗い物などの作業ができるようにしているのかな。
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何の施設だったのでしょうか。
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百之瀬地区。神社の境内から見下ろします。
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蛤地区。内海らしい静かな水面。
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蛤地区の家々が他に比較して比較的大きい印象でした。
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九島は全般的にゆとりある屋敷配置で、鑑賞する方からするとあまり刺激がないかな。雨が降った朝とあってしっとりした集落の印象でした。

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そして、今回の旅のメインディッシュが日振島です。この海域の島は、九州四国問わず特徴的なものが多く、日振島も期待しての探訪でした。
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宇和島市西28kmの宇和海に浮かび、足摺宇和海国立公園に指定されている島。北西から南東にかけて細長くのび、ほとんどが山地で地形は急峻。能登(のと)、明海(あこ)、喜路(きろ)の3集落があります。承平6年(936)頃から日振島を根拠地として中央権力に反抗していた藤原住友は、天慶2年(939)東国の平将門に呼応してこの日振島で再び兵をあげています。産業の中心は水産業で、ハマチ・真珠の養殖、まき網、一本釣が盛ん。島名は、昔からこの辺りは船の往来が多く、夜間に島の住民が山頂で火を振って灯台の替りをしていたことにちなむという説がある。なんかロマンチックですね。
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まずは最南端の喜路(きろ)地区から歩きます。
平坦な土地にわずかな軒数。ちょっと肩透かしだったかな。
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板張りの素朴な民家達でした。☆一つ。
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さぁこれから島の真ん中にある明海(あこ)地区まで歩きます。1時間半くらいかな。途中の山道から喜路地区を一望する。
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山道歩いていたら前方にイノシシが二頭現れて、ジーッとこっちを見てる。睨み合ってたらこっちに近づいてきた。こりゃやばいと思い、携帯電話で思い切りミュージック流しながら近づいていったら逃げた。ホッ。
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途中お弁当お稲荷さんを食す。

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明海(あこ)地区です。三つの集落の中ではここが一番かな。とはいえ、さほどでもありませんが。。。
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防風の石垣が見所でしょうか。
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明海からは、月曜日就航の船で最北端の能登(のと)地区に移動。うっかり降り損なうアクシデントがありましたが、降りれてよかった。
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港には何隻か漁船が停泊していたから、漁業が盛んなのでしょう。若い人や子供達もいたから、小さい集落だけれど活気があった。
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日振島は集落としては今ひとつですが、島歩きとしては楽しかった。
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宇和島に戻りました。今夜は名物の鯛めしをいただくことにしました。



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by marunouchi_no1 | 2015-12-06 18:33 | 愛媛県