<   2016年 12月 ( 9 )   > この月の画像一覧

 

復興の町を歩く 日立〜水戸(茨城県)

d0147406_00234791.jpg

(水戸)
2016年最後の旅になります。訪れる町はいずれも再訪ですが、復興の町として歩き直します。
d0147406_00234726.jpg

早朝の常磐道。タケヤリ(左サイド)をおっ立てたクレスタが100km5000回転で唸りながら走ってる。さすがイバラキです。でも、こういうバカバカしいクリマに乗るの好きだなぁ。
d0147406_00234809.jpg

今日はHITACHIのお膝元、企業城下町であり戦災都市である日立から歩きます。日立は、明治期に開かれた鉱山と、大正期に独立し創立された鉱山機械修理工場=日立製作所により発展した町です。日立駅から鉱山に向かって工場が並び、そこに沿って町が形成されました。
そして、戦災により焼失、今見る町並みの中に戦後復興した時の建物が見られるはずです。
d0147406_00402900.jpg

銀座通り=まいもーる の入口。戦災復興で拡幅された通りと交差点の大きな角切り。
d0147406_00402973.jpg

通りには駐車帯が用意されていて、一日中何時間でも停められる。まぁそれだけ寂れちゃってるってことですが。13年経ってまだまだ頑張っているエルちゃんを置いて歩きます。
d0147406_00403034.jpg

でた!商店街のマスコットキャラクター。
d0147406_00403018.jpg

d0147406_00403170.jpg

d0147406_00403166.jpg

いわゆる防火建築帯なるものはありません。看板建築(木造で正面だけ不燃化)かRCもしくは鉄骨造。
d0147406_00403267.jpg

d0147406_00403359.jpg

ウーム、モダンですね。
d0147406_01090381.jpg

看板建築の裏側。隣地が駐車場になると恥ずかしい😅
d0147406_01090382.jpg

銀座通りと直交する飲食店街のストリート。
d0147406_01090403.jpg

モダンなビル。
d0147406_01090516.jpg

d0147406_01090577.jpg

その前にあったクラブ・スナックの集合体。こういう長屋建築って、当初は単一だったと思うんですが、必ずと言っていいほど後で外装が色分けされたり仕上げが変えられていたりするんですね。所有形態によるのかな。
d0147406_01090675.jpg

おぉ、看板建築の裏側の家並み。芸術的です。
d0147406_01090786.jpg

d0147406_01090768.jpg

キャバレー、クラブ、スナック、遊里にはいろんな業態があるけど、とにかくスナックが多い。お姉さんが独立して店を持ち高齢化が進んでいるからでしょうか。
d0147406_01090846.jpg

このように石蔵(大谷石かな?)がポツポツある。大谷石蔵は必ずしも戦前と限らないけど、戦災を免れた可能性もあるでしょう。

d0147406_01090868.jpg

国道6号線を日立から水戸方向へ走る。常陸多賀の駅付近をすぎてちょっと行くと、塙山十字路という交差点があり、そこの一角に突如バラック街が現れる=塙山キャバレー。クルマを降りて歩いた。
d0147406_09065886.jpg

d0147406_09065962.jpg

いわゆる戦後のバラックというより、割と新しそうで画一的です。ググって見ると25年前から営業している店があるとか書いてあったが、それ位の印象。
d0147406_09065963.jpg

真ん中のエリアがごっそり空き地になっていました。2014年に火事があったそうです。
d0147406_09070078.jpg

d0147406_09070063.jpg

ただの飲屋街ならいいけど、名前にキャバレーが付いているし、仮設建築物ということでヤバそうな匂いがプンプンして、取材も緊張します。
d0147406_09070142.jpg

そのうち一軒の扉が開いてヤバそうなにいちゃんが出てきた。見つかっちゃマズイと、後戻りして迂回しつつ隣のマンションに上って俯瞰する。だけど、にいちゃんが外でタバコ吸っててマンションの玄関を眺めてるから下りられない。
d0147406_09070119.jpg

いなくなってから下りて、この場を去りました。
まぁ後で調べれば、映画のロケとかでも使われていて、知られるようになっているとか。そういうヤバイ場所ではなさそうです。思い過ごし、、、

d0147406_09393449.jpg

東廻り航路の港町として栄えた那珂湊へやってきました。市場に正月の買い出しでたくさんのクルマが集まっており、港への道は大渋滞だし駐車できない。しょうがないから那珂川の対岸に停めて歩いて行きます。
d0147406_09393597.jpg

d0147406_09393532.jpg

この町は、1947年(昭和22年)に大火がありました。古い町並みは以前取材しているので、今回は大火後の復興の町並みが目的です。
古い町並みは、関東地方らしい出桁造りの町家。特に不燃化を意識していないので、それまでは大火の経験を近年していなかったのでしょうか(大火後は教訓から不燃化した建物になる)。
d0147406_09393638.jpg

d0147406_09393647.jpg

所々に、凝灰岩系の石蔵があります。いわゆる大谷石に近いですが、大谷石かどうかはわかりません。水戸線で運ばれ流行したのかな。
画像の蔵は、石の縁が曲面で囲いされていて珍しかった。
d0147406_09393774.jpg

大火時の出火点とされている明神町。なるほど、ここに来ると道幅が拡がって、不燃外装の看板建築が現れた。
d0147406_09393775.jpg

こんな変わったカーテンウォールの建物もありました。斬新ですね。
d0147406_09393831.jpg

目抜きの商店街の町並み。看板建築が並んでいます。明神町から出火しこのあたりも被災したのでしょうか。

県庁所在地の水戸にやってきました。「遊里を歩く」取材で散々歩いていますが、改めて戦災復興の町として見て行きます。
d0147406_09393934.jpg

水戸の市街地はご存知、水戸徳川家の城下町として整備されたのが原形で、那珂川と千波湖の水域に挟まれた細長い台地上の町です。短辺方向の通りの一番高いところに立つと、両方の道の先に空が見えるほど。それほど、台地の崖線は急です。
d0147406_09393960.jpg

水戸駅近くの東照宮と宮下銀座商店街。普通、門前町は参道に対してまっすぐだけど、ここは不思議な関係。地形が複雑だからでしょうか。
d0147406_10043207.jpg

d0147406_10043359.jpg

まぁいわゆる防火建築帯の一種のような建物群ですが、そのような位置付けで誕生したものかは不明。1970年(昭和45年)に建てられました。緑のルーバーが印象的で、デザイン的にはなかなか良いです。現在シャッター街になってしまっていますが、手を入れれば化けそうな気もする。
d0147406_10043360.jpg

国道50号線は水戸市街を貫く背骨のような表通り。戦災復興で旧道をそのまま拡幅したものだと思われます。例えば画像の水戸駅近くの町並み。低い位置にある水戸駅へ向かって緩やかに下るようにしたため、大規模な掘削により斜面が削られ、画像のような斜面下にへばりつくようなビル群生まれました。
d0147406_10043433.jpg

背後に丘上の建物が屏風のように建っています。
d0147406_10043425.jpg

国道50号線沿いの商店街。歩道上に対岸と共通した「波波形」デザインのアーケード屋根をつけていますが、なんせ道幅が広すぎで界隈性がなく、クルマバスが行き交うので落ち着かない。伝統的な老舗とかが軒を連ねているんですが、生かされておらず残念です。
d0147406_10043570.jpg

d0147406_10043579.jpg

中にはこのような可愛らしい建物もあります。
d0147406_10043613.jpg

南の段差部。リアス式海岸の入り江のように谷が入り込んでいます。
d0147406_10043751.jpg

南側低地に建っているラブホテル。ブルーラインあればラブホあり。前に取材していますが、まだ残っていました。中身は廃墟です。
d0147406_10043797.jpg

d0147406_10093423.jpg

北側の夜の飲食店街。料亭、クラブ、キャバレー、スナックらが軒を連ねています。
d0147406_10093576.jpg

こういう集合体建築もあり。
d0147406_10093537.jpg

水戸の戦災復興町並み。あまり特徴があるわけでもないけど、大通りの商店街というところでしょうか。こういう町だど界隈性のあるエリアでの商業地展開がウケそうな気はする。








[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-31 23:53 | 茨城県  

海界の村を歩く 日本海 小呂島・能古島(福岡県)

d0147406_20231264.jpg

(小呂島)
クリスマス三連休の旅3日目です。福岡に戻って、姪浜港から渡る2つの島を歩きます。
d0147406_20231289.jpg

九州の日本海の本土から大きく離れた孤島って、壱岐対馬くらいしか知られていませんが、もう1つ「小呂島(おろのしま)」という小さな有人島があります。姪浜港から高速艇で65分。
d0147406_20231341.jpg

宿がないし片道3000円以上するので観光客はいません。今日は島の関係者以外私一人。
d0147406_20231338.jpg

港には燃料タンクが並んでいて重々しい。その配管の下を潜って漁港へ。作業小屋が綺麗に並んでいました。
d0147406_20231411.jpg

集落へ上っていく道を行くと、、、このお宅の中に入ってしまうよう。違ったかな😥
d0147406_20231555.jpg

漁港の施設の前を通り過ぎて左に曲がると集落がドン!赤いカラー舗装された道が一直線にのびて、集落が形成されている。
d0147406_20231577.jpg

d0147406_20341061.jpg

中々写真で伝わらないと思うけど、結構迫力ありますよ。
d0147406_20231615.jpg

おばやんがしゃがんで火を焚いてる。道が台所になってる感じ。
d0147406_20231658.jpg

ある家の玄関脇にはタバコの自販機。
d0147406_20231709.jpg

共同井戸だ
d0147406_20293326.jpg

その先、道が極端に狭くなった。人の家の中に入って行く感じ、、、するとさっきためらった場所に出ました。なんだ、公道だったんだ。
d0147406_20293444.jpg

ヤカンとかナベとかが、あちこちに並べてあるのはなぜ?
d0147406_20293577.jpg

では、赤いメインストリートから折れてみましょう。背後の急斜面にも集落が駆け上がっています。
d0147406_20341076.jpg

d0147406_20293582.jpg

d0147406_20293650.jpg

d0147406_20293680.jpg

斜面上の家々は新しいんでしょう。平地は古い家だけ。
d0147406_20341187.jpg

こんな本土から離れた孤島、過疎化が激しいかといえば、そうでもない。若い人や子供が沢山います。漁が盛んなのでしょうね。ビックリしました。
d0147406_20341164.jpg

d0147406_20341235.jpg

ところで、4G入るのにもビック!
子供達もみんな可愛い子ばっかりでビックリでした!
d0147406_20504921.jpg

最後は博多湾の中に浮かぶ能古島です。
d0147406_23031475.jpg

こちらは、姪浜港からフェリーでわずか10分往復640円と手軽なため、多くの人が渡ります。便も1時間に1便ペース。
d0147406_22543242.jpg

港近くは旅館とかが多い。能古集落は離れています。
d0147406_23031531.jpg

こんなところに茅葺トタンカバーの古民家がある。
d0147406_23031541.jpg

おお、あそこにもある。
d0147406_23031613.jpg

中々な古民家じゃないですか。
d0147406_23031753.jpg

あそこにも
d0147406_23031804.jpg

こっちにも
d0147406_23031896.jpg

神社の前にもある。
北部九州の島でこれだけの茅葺トタンカバーの古民家を見るのは珍しいかもしれません。
d0147406_23031958.jpg

漆喰風もあるが、そんなに古くはないかな。
d0147406_23031982.jpg

姪浜まで近いので、別宅や通勤者もいるにでしょう。そういうお宅も見えた。
d0147406_23032015.jpg

とにかく、福岡市街がすぐそばですからね。そういった意味で、珍しい島かもしれません。
d0147406_23073371.jpg

姪浜からの帰り天神で降りて、割烹よし田で鯛茶漬け食べようと思ったが日曜日は休み。店探しながら博多駅近くまで歩いてしまった。よく行くもつ鍋屋も予約でいっぱい。他もダメだ。
d0147406_23073322.jpg

ムカついたから天下一品にはいった。店員が「替え玉ないですけど」って、当たり前じゃんか。旅を終えました。

[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-25 20:07 | 福岡県  

海界の村を歩く 日本海 馬渡島・小川島(佐賀県)

d0147406_17353814.jpg

(小川島)
2016年12月24日イブ、クリスマス三連休の旅の中日です。昨日は天候不良により玄界島・姫島へは行けませんでした。今日から島旅です。
d0147406_17353979.jpg

唐津からバスで30分、呼子へ。船が出るまで2時間以上ある。呼子の町をぶらり歩こう。
d0147406_18365723.jpg

落ち着いて見てみると窓のデザインがいろいろある。ざっと歩いたところで集めて見た。
d0147406_18365899.jpg

d0147406_18365838.jpg

d0147406_19472252.jpg

d0147406_19472343.jpg

だいたいこういう形っていうのは地域で同じなんだけど、呼子は互いに競っているかのごとく異なっています。
d0147406_19472351.jpg

d0147406_19472442.jpg

こりゃ鏝師のお遊びかな?
d0147406_19472462.jpg

迷路のような町を行ったり来たり歩いているから、同じ子供に何度も出会う。最後にピースしてくれた😅
d0147406_19472587.jpg

馬渡島に渡りました。港に古くて大きな建物が連なっています。島のコンビニのような酒屋でしたが、この建物群は元々何でしょう。
d0147406_19472683.jpg

上からみるとこんな感じ。旅館か料亭のようだ。
d0147406_19472610.jpg

集落は湾の線形に沿ったすり鉢状の斜面で、綺麗に等高線に沿って家々の棟を並べています。
d0147406_19472783.jpg

d0147406_19472892.jpg

瓦屋根が揃っていて、石垣も相まって中々景観の良い集落です。
d0147406_19593365.jpg

d0147406_19593447.jpg

集落の大きさはコンパクト。1時間もかかりませんでした。
d0147406_19593498.jpg

呼子に戻って、別の渡船に乗り換える。時間調整で観光客相手のイカ料理レストランに入った。その名も「まんぼう」。高いだけで大したことなかったけど、名前に免じて許す。
d0147406_19593534.jpg

今度は小川島に行きます。馬渡島より近い。ところがこっちは船の乗客も多いし、集落も大きそうだ。
d0147406_19593511.jpg

割と平らなあまり起伏のない土地に形成されています。
d0147406_19593681.jpg

家々が割と大きく立派な家もある。
d0147406_19593703.jpg

鯨見張所?そうか捕鯨で潤ったんだ。
呼子周辺の島は捕鯨が盛んだったようですが、小川島は江戸時代から昭和30年代まで続いていたそうです。
d0147406_19593749.jpg

d0147406_19593804.jpg

d0147406_20070306.jpg

各家に祠があるのは何でしょうか。
d0147406_19593820.jpg

小屋の隅に祀られているお地蔵さん。
d0147406_20070414.jpg

d0147406_20070445.jpg

石垣石塀が少し立ち上がっているのも特徴
d0147406_20070574.jpg

切石の石垣もあり
d0147406_20070683.jpg

この民家は古そうだ。前庭に石が敷き詰められていました。
d0147406_20070651.jpg

d0147406_20070793.jpg

大きく結構たっぷり歩きました。小川島は☆3つを差し上げましょう。
d0147406_20070742.jpg

唐津に戻り、予約しておいた昨夜と同じ居酒屋大八車へ
d0147406_20070848.jpg

昨日は時化で漁がなく魚の種類が少なかったけど、今日は揃ってる。ところが酒が進まない。歩き疲れたか。







[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-25 17:29 | 佐賀県  

復興の町を歩く 博多・福岡(福岡県)

d0147406_12490830.jpg

(福岡赤坂の赤坂門市場)
門司・小倉から福岡にかけて一気にレポろうと思ったけど、内容濃すぎたんで二本に分けます。
博多駅の一駅隣、吉塚の商店街を歩きます。
d0147406_08584867.jpg

博多・福岡の中心市街も7・8割戦災を受けています。博多の祇園に残る非戦災地区は以前レポしていますが、そこから御笠川を渡ると完全に非戦災地区となります。
吉塚はそこにあり、駅から旧街道沿の町に向かって商店街が形成されている。
d0147406_08584870.jpg

駅から離れた場所に突如現れるアーケード街。第1ブロック通りという名も珍しい。
d0147406_12395449.jpg

d0147406_12395594.jpg

やってるお店は数軒。まぁそうでしょうね。
d0147406_12395697.jpg

d0147406_12395633.jpg

この第2ブロック通りとの交点付近に営業している店があった。
d0147406_12395705.jpg

アーケード屋根がなくなっても商店街は博多方面に向かってのびてる。そのうち道が狭くなってなくなった。
d0147406_12395776.jpg

博多の祇園マーケットにやってまいりました。山笠で有名な櫛田神社の門前。戦災都市概況図によれば、旧博多駅と櫛田神社の間は戦災に遭っておりません。その北から戦災エリアです。そういう接点の場所に闇市を前身とするマーケットや商店街が形成されます。
d0147406_12395897.jpg

d0147406_12395806.jpg

d0147406_12395962.jpg

まずは外見です。結構カッチョいいモダニズム建築じゃぁありませんか。
d0147406_12395902.jpg

中に入ってみましょう。急な階段を上っていきます。
d0147406_12490952.jpg

2階にお店があった。
d0147406_12490907.jpg

三角形の平面で真ん中に三角形の光に庭があった。
d0147406_12491041.jpg

階段についた管理扉。夜間は閉めるのでしょう。
d0147406_12491082.jpg

d0147406_12491149.jpg

九龍城みたいです。
d0147406_12491275.jpg

上川端商店街。
d0147406_12491254.jpg

その名のごとく、川に沿って続くアーケード街です。戦災エリアに形成された。ちなみに川の向かいは、中洲の歓楽街です。
d0147406_12491322.jpg

商店街そのものはあまり見るべきものなし。
次に、今まで飲み歩くだけで取材しきれていなかった中洲を歩きます。
d0147406_12491350.jpg

いきなりアダルトショップ。うーん、中洲らしくなってきたぞ。
d0147406_12520192.jpg

横丁形式の飲食店街を発見。
d0147406_13052222.jpg

向こうの道に抜けています。
d0147406_13052335.jpg

これ以上南は泡国街だから取材は遠慮します。
d0147406_13052449.jpg

中洲の西側、人形町通り。小さな飲食店が並んでる。
d0147406_13052482.jpg

おおっ、見どころの横丁があった!
d0147406_13052582.jpg

まぁ、以前も歩いた気がするけど写真は撮ってなかった。
d0147406_13052686.jpg

d0147406_13052688.jpg

d0147406_13052793.jpg

夜も来てみたい。最終日に時間があれば。
d0147406_13052748.jpg

こんな一角もあった。中洲も建て替えが進んでますね。横丁は変わらんかな。
d0147406_13052814.jpg

地下鉄で赤坂に移動。落ち着いた喫茶店で休憩です。
d0147406_14100855.jpg

探訪再開。ここにディープなスポットがあるらしい。おお、見えて来たぞ、
d0147406_14100993.jpg

しかし、あちゃー
閉鎖されてました。
d0147406_14444533.jpg

裏に回った。この前、甲府で見た新天街と一緒で、正面は看板建築で後ろは2棟に分かれてる。
d0147406_14504165.jpg

d0147406_14504121.jpg

柵の間からカメラ突っ込んでパシャ。ここもよくぞ今まで残っていたなぁ。
d0147406_15112668.jpg

さて、ここから赤坂と天神の間にある戦災復興の商業地(現在)を歩きます。
d0147406_15112620.jpg

住宅街から商業地に変化したような街。その中に戦前の町家がある。
d0147406_15112716.jpg

うむむ、またあった。
d0147406_15112835.jpg

d0147406_15112922.jpg

大名1丁目で次から次へと。戦災地区のはずだが、、、
d0147406_15112921.jpg

d0147406_15113015.jpg

d0147406_15113050.jpg

上図の赤◯は赤坂門市場跡、赤ラインの通りに古い建物が残っていました。
d0147406_15113102.jpg

こっちは天神のアーケード街で、戦災復興。両エリアの境目にあたり、不燃建物の風下になったような場所で残ったのかな。
d0147406_15213949.jpg

d0147406_15214051.jpg

横丁がオサレ化している場所もあった。界隈性のある街は変身するポテンシャルがある。そう感じました。
d0147406_15214086.jpg

夜は唐津へ移動。鰻の竹屋は閉店だ。
d0147406_15214185.jpg

d0147406_15214213.jpg

居酒屋でディナー。その後、夜の唐津を探索しておしまい。明日の島旅に備えます。








[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-25 08:43 | 福岡県  

復興の町を歩く 門司・小倉(福岡県)

クリスマスイブを挟んだ連休前日の夕方、福岡へ向かいます。今回は島旅テーマですが、低気圧が発達して天候が荒れている。大分便は欠航してるけど、なんとか福岡便は飛んでくれた。1時間弱遅れての到着。博多祇園のホテルについて軽く晩飯済ませた後、明日歩く予定の「祇園マーケット」を下見しました。
d0147406_20321857.jpg

ほうほう、こりゃ聞きしに勝るディープさだ。とても建物の中に入る勇気はない(๑>◡<๑)
d0147406_20321825.jpg

土曜日朝。今日は玄界島と糸崎半島沖にある姫島に行く計画でしたが、出鼻をくじかれた。玄界島航路が欠航。まぁすごい風ですから仕方ないか。
ということで、今日は「復興の町を歩く」に切り替えます。戦災を受けた都市の中から、大きく被災した後復興した福岡、小倉、門司を歩きます。
d0147406_06590089.jpg

門司の戦災都市概況図。港からの平らなエリアが消失して(赤い範囲)、奥の方が免れている。
d0147406_06590137.jpg

重要文化財の門司港の駅舎は修復工事中で囲われていて拝めなかった。この場所に立つのは4度目。一番は高校2年の時でした。随分変わったものです。
d0147406_06590141.jpg

本町でパン屋さんが営業していたのでイートイン。腹ごしらえしてスタートだ。
d0147406_06590215.jpg

本町。この辺りは飲食店街。向こうの丘の上に見えるは三宜楼という料亭。門司港を一望できる場所なのでしょう。
d0147406_06590245.jpg

錦町の旧遊郭。画像は10年くらい前のもので、木造三階建てが並んでいた。これらの建物は後ろ側の1階が洋風に改修されており、つまりカフェー。今残っているのは画像真ん中の2軒だけになっていました(悲しいので写真載せません😢)。
ちなみに錦町は非戦災地区ですから戦前の建物が残っている。
d0147406_07254380.jpg

火除のために整備された大通りを渡って戦災地区に入ります。栄町銀天街アーケードと裏町の飲食店街。「銀天街」とは小倉魚町が発祥で、「◯◯銀座のアーケード街」という意味なのかな(推測)。不燃外装の建物に挟まれている。
d0147406_07254461.jpg

d0147406_07254584.jpg

復興都市では、横丁形式の飲食店街が、アーケードから裏町に向かって抜けているのがお決まり。
d0147406_07254555.jpg

d0147406_07254689.jpg

有楽街とはこれいかに。銀座もあれば有楽町もある。
d0147406_07254688.jpg

立派なアーケード街ですが、まだシャッター閉まっていて寂しい時間帯です。銀天街を北へ抜けます。
d0147406_07254787.jpg

門司の冒頭の戦災都市概況図と上図を見比べてください。栄町と錦町の間に大通りが通され、港から北東方面に向かう斜めの通りが途中で切れています。戦前からあった老松公園が拡大されて通りをカットした。でもその北東の線形が残っていて、商業地のオレンジに塗られています。
d0147406_07254776.jpg

短い斜めのの残党はマーケットのなかの廊下になり、そこを抜けると画像のアーケード街が現れました。
d0147406_07254837.jpg

PLAZA GION?博多の祇園の追っかけ?
テラゾの床が見事な商店街で、三角形の平面形態は小倉の旦過市場に似ている。
d0147406_07254883.jpg

この辺りは非戦災地区。大通りに残っている画像の町家は以前から不思議に思っていましたが、今日やっと謎が解けた。
d0147406_07390936.jpg

老松公園から錦町方向へ形成されている「中央マーケット」。
d0147406_07391080.jpg

d0147406_07391019.jpg

朝早くてシャッター閉まっているのは辛いけど(そもそも何軒営業しているのかな)、これは凄い!
d0147406_07391113.jpg

d0147406_07391150.jpg

こういうの、現在は廃れているけど、家を加えたらレトロでオサレな空間になるんじゃないかな。東京吉祥寺のハモニカ横丁みたいに。
d0147406_07391200.jpg

街は変わって小倉。小倉駅からすぐそばの泡国街は、なかなか午前中に訪れることができず取材漏れしていましたが、今日やっと撮れた。
※営業時間中の現役遊里の取材は注意が必要。謝ってお客さんの写真を撮らないように。お店のお兄さんにどやされますから。
d0147406_07391218.jpg

この古民家もずっと知ってたけど撮れなかった。再開発で店が減ってきており、そのおかげで撮れた。もうすぐ姿を消す遊里です。
d0147406_07433310.jpg

魚町アーケード街に顔を出す鳥町食堂街の入口(魚町に対する鳥町?)
d0147406_08161469.jpg

魚町商店街=銀天街を抜けると旦過市場があります。期待で胸ふくらむ😊
d0147406_08321647.jpg

まずはもったいぶって外から。川に張り出した作り。まさに戦後のドサクサで生まれた水辺系闇市の典型。
d0147406_08321781.jpg

歩道橋から見下ろす。見事なバラック集合体。
d0147406_08321851.jpg

さぁ入るぞ!
d0147406_08321976.jpg


d0147406_08321953.jpg

メインストリートは天井が高い。道幅が狭く品物が張り出してるからさらに狭い。銀天街のように広いのに比べるとこれがいいんでしょうね。市場ならではの活気が生まれる。
d0147406_08322010.jpg

海産物がもろ触れるくらいに陳列している。
d0147406_08322158.jpg

メインストリートが三角形の底辺なら、他の二辺は旦過中央市場というエリア。
d0147406_08322191.jpg

木造屋根の異次元空間です。
d0147406_08411524.jpg

d0147406_08411601.jpg

d0147406_08411677.jpg

いやぁ凄い、凄すぎます!
d0147406_08411712.jpg

d0147406_08411721.jpg

よくまぁ、ここまでの闇市以来の建築群が残ってるものだと感心させられます。歴史的建造物群保存地区にしようと思えばなるんじゃないかな。
d0147406_08411852.jpg

d0147406_08411956.jpg

新旦過飲食店街
ふーお腹いっぱい。だけどお腹は空いてきたぁ。
d0147406_08411933.jpg

鳥町食堂街で休憩ランチ。




[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-24 20:20 | 福岡県  

復興の町を歩く 熊本(熊本県)

熊本を襲った直下型地震=熊本地震が発生したのは2016/4/14。8ヶ月が過ぎて今まさに復興を始めたところ。私が今回歩くのは、戦災復興の町です。
d0147406_13394849.jpg

加藤清正が設計した熊本城。被災したため立ち入りが制限されていますが、加藤神社まで入ることができます。加藤くんと天守。建物は瓦をのぞいて大丈夫そうですが、石垣は内側に崩れたそうです。20年かかる復旧を見守りたいと思います。
d0147406_13394960.jpg

熊本で戦災を受けたのは、中心市街の7割くらいでしょうか。現在の中心商業地の新市街から下通町、かご町辺りは戦災を受けていますが、熊本駅周辺、新町古町、上通町辺りは非戦災地区です。
d0147406_13394999.jpg

非戦災地区の電車道にある戦前のオフィスビル。地震の被害はなさそう。
d0147406_14200653.jpg

非戦災地区の古町。碁盤目状の区画は城下町形成時からのもの。旧第一銀行熊本支店は傷んでなさそう。
d0147406_17483792.jpg

だが、画像の西村邸はじめ、木造の古民家がことごとく熊本地震で被災している模様。
d0147406_17483820.jpg

新町電停のこの洋風の商家は大丈夫。
d0147406_17483940.jpg

しかし、新町のこの薬問屋松花堂は、、、
d0147406_17483985.jpg

震災前に訪れた時の写真。なんとか修復して蘇ってほしい。
d0147406_17484087.jpg

d0147406_17484097.jpg

非戦災地区の新市街から下通町にかけて歩きます。
d0147406_17484149.jpg

戦後の闇市で形成されたと思われる玉屋通り。
d0147406_17484135.jpg

この右手の建物は改修だよね。
d0147406_17484253.jpg

木造建物たちだけど、地震の影響はなかったみたい。屋根がトタンで軽いからかな。
d0147406_17512157.jpg

栄町通りに面するビルとビルの隙間に形成された横丁。とても営業していると思えない。
d0147406_19110420.jpg

下通商店街アーケード
もうすぐクリスマスだ
活気があります
d0147406_19110535.jpg

三年坂通りの熊本ビル
一見してディープこの上ない感じ
d0147406_19110690.jpg

通りから直接急な階段が一直線に上がってる。
d0147406_19110667.jpg

団地みたいに階段室に面して店が付いており、横移動する廊下はありません。三階は階段室ごとお店のカラーリングになっていたぁ。
d0147406_19110771.jpg

駕町通りのセントラルビル
村野とうごさんぽいデザインだ
d0147406_19192035.jpg

スナックビルはこのように、通りに面してオープンな通路があって、両側に店が張り付く
d0147406_19192168.jpg

武蔵ビルというレトロなビル。
d0147406_19192113.jpg

通りに面してオープンな廊下は、向こうの通りまで貫通していた。こういうのって、銀座が発祥なのかな。右手の喫茶店に入っていっぷく。
d0147406_19192237.jpg

うーむ、店内もご覧のように超レトロ。地元の旦那衆が入れ替わり立ち替わり出入りしてた。
d0147406_19523934.jpg

さぁ、もう1つの非戦災地区、上通町を歩きます。北へ伸びる商店街のアーケードは下通地区とあまり変わりはしない。裏手の町がちょっと違うかな?
d0147406_19524062.jpg

アーケードが終わるところに、あったぁ!
木造の町家。間違いなく戦前です。
d0147406_19524188.jpg

あるある!
d0147406_19524140.jpg

d0147406_19524215.jpg

坪井町の町並み。地震の被害はややありそうですが、新町古町のほどではない感じ。
d0147406_19524258.jpg

熊本電鉄藤崎前駅からまっすぐ南へ歩く。上通町アーケードの一本東側の道です。ここにも古い町並みがある。
d0147406_20124517.jpg

それらの建物がオサレなお店に使われている。
d0147406_20124679.jpg

界隈性が魅力になっているのか。こういう商業地での古い建物の活用は、今各地で見られます。熊本では下通町がそのスポットとして人気を集め始めているようでした。






[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-24 13:13 | 熊本県  

復興の町を歩く 柏・千葉(千葉県)

復興の町を歩く、千葉編です。常磐線に乗って、柏駅で降りました。
d0147406_09502976.jpg

ペデストリアンデッキで敷き詰められた東口駅前広場は、都市計画の業界では教科書に出てくる町だそうです。アーチ窓の連続する建物はそごうデパート。西口には大きな高島屋があった。
d0147406_09503094.jpg

床が動く円形レストランの乗っかったタワー。戦後高度経済成長期に流行した。街の人口が急増した時代を感じさせます。隣の松戸にもあったな。
d0147406_09503013.jpg

今日最初の目的地は、駅前通り。昭和30年の大火の後に復興した商店街。
d0147406_09503113.jpg

防火建築帯。既に建て替わった敷地もありますが、まだ残っています。所有者?ごとに自由に外装改修してるから、小割りに見えますが、本来は同じデザインで連なっていました。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/280400/p019344.html
d0147406_09593069.jpg

3階建てが多いけど2階建てもあった。屋上に柱が出っ張ってるから増築できるようになっています。防火建築帯の多くは、早期復旧を目指したからか、そういう造りで最初は2階で建てて後から3階を増築したのが多い。
d0147406_09593070.jpg

裏に回ると銭湯だったんだという建物もあります。
d0147406_09593123.jpg

二番街アーケード。大きい建物があった。デパートかなぁ。
d0147406_09593164.jpg

駅周辺は再開発のラッシュです。この建物はタワー住宅の低層部の外壁。柏のレリーフ。
d0147406_10054361.jpg

駅前エリアは空き地がいっぱい。再開発の準備が整うのを待っている。ヨーカ堂の裏が見える。
d0147406_10054383.jpg

d0147406_10054403.jpg

既成市街地の一角が残ってた。こういう街が駅前にあったんだな。
d0147406_10054447.jpg

「純喫茶」なんてあるから、かつては純じゃないカフェがあったのかな。盛り場だったんでしょう。
d0147406_10054525.jpg

駅から離れた商業エリア。近辺はやや遊里っぽい匂いがした。
d0147406_10054628.jpg

戻って駅前通りの防火建築帯。
d0147406_10054676.jpg

このスタイルがオリジナルかなぁ。

東武野田線→船橋→JR総武線と乗り継いで、千葉にやってきました。駅がすっかり変わっていてびっくりした(°▽°)
d0147406_10223617.jpg

軍都だった千葉市の中心市街地はほぼ全域で戦災を受けています。
そもそも中心市街地の南東=千葉大のところに城があり、本町界隈が町の中心でした。
鉄道が敷かれて、中央公園あたりへズレた。
さらに戦後、国鉄千葉駅が西へ移動し大通りが整備され、デパートなんかも新しい千葉駅周辺に集まって、商業中心はさらにズレた。
そんなことで、千葉市の中心市街地は捉えどころのない広がりを見せています。
d0147406_10223767.jpg

駅前大通りの町並み。塚本大千葉ビルは、東京丸ノ内の大家さんである三菱地所の設計。
d0147406_10223795.jpg

丸ノ内のビルヂングによく似てます。
d0147406_10333733.jpg

d0147406_10333865.jpg

京成千葉中央駅(旧国鉄本千葉駅)周辺の商業地から本町方向へ向かって歩きます。戦後の不燃建築が見られる。
d0147406_10333885.jpg

都市総研千葉駅前ビル。かつては違う名前だったのでしょう。スパンドレルの仕上げがいい。
d0147406_10333985.jpg

タウンライナー(千葉モノレール)はぶら下がり式。橋脚が大げさになって、いいようなわるいような。
d0147406_10334024.jpg

中央3-6。「蓮池」と呼ばれる一角で、遊郭があったそうな。名残があります。
d0147406_10542966.jpg

d0147406_10543049.jpg

旧川崎銀行千葉支店を曳家&鞘堂方式で保存した中央区役所。建物は残されたけど、景観的には⁇
d0147406_10543130.jpg

国道14、51、126号が交わる広小路交差点。そこに面して板金看板建築が残ってる!
d0147406_10543127.jpg

d0147406_10543298.jpg

d0147406_10543279.jpg

旧千葉駅から千葉神社へ向かう、街区に対してナナメの通り。この通りに戦後の看板建築がよく残っています。
d0147406_13125802.jpg

関東一と言って良いかもしれない、戦後の遊里「栄町」には、今回足を踏み入れません。
d0147406_13125907.jpg

旧千葉駅にあったこの家は、まだ健在。
d0147406_13130013.jpg

千葉駅前に戻って、おわり^_^




[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-20 20:55 | 千葉県  

復興の町を歩く 横浜・横須賀(神奈川県)

d0147406_17092988.jpg

(横浜福富町のコリアン街)
横浜の戦災エリア伊勢佐木町・福富町・元町を歩こうと思います。だがその前に、横須賀にも防火建築帯があるというので先に行ってみよう。
d0147406_17093028.jpg

横須賀は軍港の町。にもかかわらず中心市街地は戦災を受けていない。谷間の町である汐入地区の一部(戦災都市概況図の右側の赤)とJR横須賀駅のところ(図中左側の赤)だけです。その汐入から歩いてみました。
d0147406_17093118.jpg

駅前に石蔵を持つ町家が残ってる。
d0147406_17093177.jpg

谷底の商店街を奥へと行きます。この辺りは図中の赤いエリアです。戦後のモルタル系看板建築がみられますが、
d0147406_17093231.jpg

明らかに関東大震災後から戦前に建てられたと思われる銅板看板建築も見られました。戦災を受けたのは一部だけ何でしょうか。
d0147406_17093372.jpg

d0147406_17093336.jpg

出桁造りの町家
この家も昭和初期な感じがします。
d0147406_17093548.jpg

銭湯
d0147406_17093527.jpg

d0147406_17093686.jpg

家々が谷底を埋めていて、背後の斜面にも駆け上がっている。まるで漁村集落のようです。
d0147406_17192557.jpg

私が「いいな」
と思う集落には必ずこの看板があったりします。
d0147406_17192657.jpg

路地の風景
d0147406_17192642.jpg

d0147406_17192780.jpg

一番奥の町並み。
d0147406_17192826.jpg

d0147406_17192845.jpg

綺麗な銅板。汐入は一部戦災に遭っていますが、横須賀の古い町並みとして紹介して良いでしょう。
d0147406_17192921.jpg

汐入駅に戻って、どぶ板通りを横須賀中央駅方面へ。
d0147406_17193008.jpg

通りにはスカジャン屋が何軒もありスカジャン着たお兄さんならぬおじさんが歩いてる。
d0147406_17193136.jpg

一本山側の裏町も渋いっすね。
d0147406_17380970.jpg

その裏町沿に出ました防火建築帯?
d0147406_17381092.jpg

大滝名店ビル飲食街
d0147406_17381048.jpg

d0147406_17381163.jpg

一階は路面店で2階3階が中廊下式の飲食店街。
d0147406_17381269.jpg

そして、大滝町の三笠ビル。
d0147406_17591358.jpg

横須賀市の中心に位置していた三笠商店街は市制50周年の記念事業の一環として昭和34年11月当時日本でもめずらしい共同ビル、三笠ビル商店街として生まれ変わりました。以来今日に至るまで、時代の流れとともに数々の変容をとげてまいりましたが、多くの方々に親しまれ、愛されつづけてきました。(商店街サイトより)
d0147406_17381202.jpg

Googleマップで見ただけでは分からなかったが、この青枠の範囲が1つの建物「三笠ビル」なのです。左側のグレーは、海岸地形の崖上にある寺。
d0147406_17381300.jpg

両側にこの円筒の形がある。何が入っている訳でもなくビルの入り口の表現。リニューアル後の姿のようです。
d0147406_17381414.jpg

200mと長〜い建物の前面には深い庇が付いている。
d0147406_17381459.jpg

センターロード。地図では道に見えたけれど、建物の中廊下。
d0147406_17381555.jpg

上の階の事務所へ上る階段。えっ?これだけ?
d0147406_08055725.jpg

2階3階には光庭がある
d0147406_08055824.jpg

d0147406_08055954.jpg

センターロードに「豊川稲荷・成田不動尊」の記載あり。靴修理屋さんが面するこの赤い道が参道です。
d0147406_08055952.jpg

参道は崖を駆け上る階段。その途中から、三笠ビルの裏を見る。ややこしいけど地形との関係が素晴らしい!
d0147406_08112283.jpg

冒頭の概況図によれば、京急横須賀中央駅の周辺は戦災に遭っていないですが、さすがに戦前の建物はないかな?
と探していたら、側面に伊豆のまだら石か房州石を使った店蔵がありました。
d0147406_08112286.jpg

三崎街道沿の商店街。
d0147406_08112363.jpg

その裏にかなりディープな夜の飲食店街がありました。
d0147406_09151427.jpg

そこは、横須賀ブラジャー発祥の地
「若松マーケット」
d0147406_16394203.jpg

見事な空間が広がっている。夜を見て見たい。
d0147406_16394312.jpg

背後の崖上から見下ろした若松マーケット
地形に従ってハマった感じが横須賀らしい。
d0147406_16394499.jpg

京急横須賀中央駅前
なんじゃこのビルは、、、
d0147406_16394460.jpg

横浜に移動。横浜はご覧の通り、中心市街地のほぼ全域が戦災を受けています。
d0147406_16394531.jpg

マップは関内・伊勢佐木町地区の防火建築帯。紹介サイトから。
d0147406_08530230.jpg

伊勢佐木町モールの入り口にあるイセビル。昭和初期の防火建築で、関東大震災後の復興期に建てられた。今まで意識して見ていなかった。
d0147406_08531331.jpg

2階のカフェ&バル。バルってバーのことなんですね。
d0147406_08531821.jpg

2つ隣の都南ビル。この建物もいままで意識してなかったなぁ。
d0147406_07081726.jpg

福富町の町並み
d0147406_07081832.jpg

d0147406_07081952.jpg

防火建築帯の町並みですが、跳ね上がったアーケードの屋根のせいなのか、看板のせいなのか、異国アジア的なのです。
d0147406_07081987.jpg

d0147406_07082036.jpg

まだまだ健在、都橋商店街
スナック商店街です。
d0147406_09110614.jpg

これも防火帯建築でしょうか
d0147406_09110654.jpg

かなりディープで中に足を踏み入れる勇気がなかった。
d0147406_09110739.jpg

横浜三大商店街の1つ、横浜橋商店街アーケード
d0147406_09110820.jpg

旧遊郭の永楽町・真金町の隣。画像は塀のあった通りかな。
http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/kanagawa_data/eirakumagane_file.htm
d0147406_09341947.jpg

戦後の復興期を象徴するモルタル系看板建がベースの町並み
d0147406_09110858.jpg

ありました、闇市の名残を残すマーケット。
d0147406_09342036.jpg

横浜橋商店街の先にある三吉橋商店街
日本一短い商店街だとか。芝居小屋があります。
d0147406_09552929.jpg

運河を越してまた違う商店街になった。
この先は山手に続く海岸段丘。段丘下の町を運河に沿って海へ向かいます。
d0147406_09552913.jpg

JR根岸線、石川町駅。通りを横切って駅がある。
d0147406_09553093.jpg

元町商店街に到着!日が沈んでしまった。
d0147406_09553037.jpg

両側の建物は一階に歩道を形成して、オーバーハングして建てるのがルールになっています。
d0147406_09553102.jpg

一本山手側の通りは飲食店街。
d0147406_09553295.jpg

復興の町を歩く横浜編を終わります。
中華街や関内などは、サイトのデータベースをご覧ください。








[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-13 15:21 | 神奈川県  

復興の町を歩く甲府・沼津(山梨県・静岡県)

《甲府》
今週も戦災復興都市巡りです。8:00に甲府に着きました。天気は最高、富士山、南アルプス、八ヶ岳全部見えます。
d0147406_13213334.jpg

手始めに甲府市の郊外、湯村温泉から。ここは戦災都市では無いですが。1200年前に弘法大師が開いた信玄の隠し湯の筆頭だそうです。このフレーズ他でも聞きますが、その度に「弘法大師は温泉リゾート開発してた人?」「信玄ってなんで温泉隠すの?」と思ってしまいます。
d0147406_13213446.jpg

d0147406_13213564.jpg

入り口あたりに歓楽系店舗が集まっていました。数が減ってるんでしょうけど、風情はある。
d0147406_13213513.jpg

太宰治や井伏鱒二もよく訪れていたとか。作家って温泉好きなんだなぁ。正面の「明治」っていう旅館は太宰治の宿って書いてあった。
d0147406_13213681.jpg

でも、かなりさびれています。
d0147406_13320818.jpg

甲府市の戦災概況図
d0147406_13320937.jpg

さぁ、甲府市中心市街に戻って、戦災復興の町を歩こう。
d0147406_13321002.jpg

d0147406_13321137.jpg

駅北の朝日町にある新天街。この辺りは、戦災エリアと非戦災エリアの境界部です。アーケード両側にバラック系飲食店が長屋状に並んでいる形態。
d0147406_13321142.jpg

かなり痛んでる。屋根は朽ちてます。
d0147406_13321275.jpg

d0147406_13321397.jpg

でも、営業している店はまだあるようです。
d0147406_13321428.jpg

トイレが綺麗にしてありましたから。モザイクが時代を感じさせる。
d0147406_13321504.jpg

屋根を挟んで建物はきっぱり分かれている。正面だけくっついてるんだ。
d0147406_13321520.jpg

d0147406_13371489.jpg

新天街の裏手を歩くと古い民家が残っていました。戦災に遭っていないエリアに入ったのでしょう。
d0147406_14051068.jpg

駅の南に広がる繁華街を歩きます。
今まで甲府に十数回はきているでしょう。でも、街は歩いていなかった。そもそも、駅前に城跡(舞鶴城)があることを今日初めて知りました。
d0147406_14051045.jpg

北のオリオン通りから繁華街を南下していきます。映画館でもあったのかな。
d0147406_14051190.jpg

地元岡島百貨店と相対する山梨中央銀行本店。文字通り中心地です。
d0147406_14051223.jpg

2つの建物が面する交差点から、南へのびる商業軸の かすがもーる〜春日あべにゅう
。健全な商店街です。
d0147406_14051367.jpg

昭和な建物がチラホラ。
d0147406_14051377.jpg

東西に通う銀座通り商店街。とても綺麗なアーケードですが、、、
d0147406_14104561.jpg

裏側はこのような木造だったりします。
d0147406_20201671.jpg

春日あべにゅうの一本東を通る裏春日。その名の通りに裏町で、飲食店が並んでいます。
d0147406_20201701.jpg

スナックやバーがたくさん入った建物。「地下バー街」とは面白い表現だ。
d0147406_20201856.jpg

d0147406_20201894.jpg

更に入った南銀座は、スナックやキャバクラが軒を連ねる遊里。朝から営業している店もあり、客引きの目を盗んでの取材です(お客さん撮影したらどやされるので注意)。
d0147406_20293479.jpg

スナックやキャバクラが入った銀座街。
d0147406_20293589.jpg

同様のたき通り。
d0147406_20293609.jpg

そして、オリンピック通りです。なんでオリンピックなのかわかりませんが、
d0147406_20293753.jpg

d0147406_20293743.jpg

特にグローバルな店が入っているわけでも無い。
d0147406_20293874.jpg

こちらは、銀座通りアーケードから入る仲見世。
d0147406_20293929.jpg

長屋形態の横丁。
d0147406_20293973.jpg

コリド桜町通りに面するもう一方の入り口に「NAKAMISE」と書かれたゲートがありました。
d0147406_21083723.jpg

コリド桜町通りの建物。2つの建物の間に屋根がかかってる。
d0147406_21083870.jpg

両方の建物の2階3階に通じる外部階段がありました。面白い作りだ。

《富士宮》
d0147406_21083961.jpg

甲府から精進湖・朝霧高原を経由して静岡県富士宮に移動。2週間前も通ったけど、日が暮れて歩けなかったので。
d0147406_21084044.jpg

門前の参道の先にある看板建築。オデコが大きいから後ろへの片流れ屋根だな。
d0147406_21084186.jpg

その並びにある民家。
d0147406_21084132.jpg

裏側は3階建てだった。
d0147406_21084294.jpg

富士宮名物の焼きそば屋さんが囲んでいるお宮横丁。
d0147406_21084367.jpg

d0147406_21084387.jpg

富士山の伏流水は飲み放題。焼きそばはやや太麺で塩とソースのハーフアンドハーフにて腹ごしらえだ。
d0147406_21084469.jpg

大社通り宮町の町並み。アーケードに面して看板建築店舗が並ぶ。
d0147406_21194201.jpg

d0147406_21194387.jpg

大月線(県道414)沿の看板建築と町家建築。やっとここで、古い町並みが見られた。
d0147406_21194431.jpg

浅間神社の東側界隈。料亭が現れた。こりゃ遊郭くさいな。
d0147406_21194571.jpg

文化財として保存している長屋門。ここにはかつて大きな料亭があったそうだ。やっぱり遊郭だ。
d0147406_21194642.jpg

マイロード本町の看板建築。

《沼津》
d0147406_09135348.jpg

最後は沼津です。15:00だけど、おひさまがかなり傾いている。急がねば。
画像は沼津の戦災概況図です。ほぼ全域が消失した。
d0147406_09135420.jpg

中心市街地は城下町と宿場町を基盤としている。沼津駅から南側アーケード名店街の入り口あたりまではお城だったと言いますから驚き。近代に整備された街です。
d0147406_09135599.jpg

駅からまっすぐ南下する仲見世商店街。
d0147406_09135598.jpg

あまり賑やかではありませんね。
d0147406_09135685.jpg

上本通り商店街
d0147406_09135662.jpg

そして、上本通りの南にあるアーケード名店街。本日のメインディッシュです。
d0147406_09225309.jpg

戦後復興期の昭和28年に整備された商店街。計画道路に指定されていて幅員を広げなければならなかったところ、一軒の戦災を免れた百貨店があり、その建物を残して一階をくり抜く形で歩道上空地を整備する手法が認められ、異例の都市計画道路指定解除によって実現したという商店街。もちろん、一階をアーケード状にして高さなど形態規制がなされています。
d0147406_09225460.jpg

当初は、一階をアーケードとした二階建てが多く、
d0147406_09225574.jpg

昭和30年代に三階が増築されたそうです。
d0147406_23303261.jpg

d0147406_23303468.jpg

d0147406_23303440.jpg

モダニズム建築の町並み。これは面白いです!
d0147406_23303515.jpg

アーケード建築は先に訪れた清水にもありましたが、ここ沼津が発祥だとのこと。大変興味深いですね。
d0147406_23303693.jpg

路地の風景。
d0147406_23303712.jpg

旧沼津宿にあたる本町。こういう町家は戦災を免れたのでしょうか?
d0147406_23303860.jpg

本町の町並み。看板建築がいい。
d0147406_23303970.jpg

本町商店街の東側裏町に、旧遊郭らしき臭う場所あり。
d0147406_23303977.jpg

d0147406_23304065.jpg

さすが、伊豆半島の付け根、伊豆石の蔵が多く見られます。
d0147406_04002082.jpg

d0147406_04002182.jpg

新仲見世商店街のアーケード
写真右手の喫茶店ダニエルでゆっくり静かにお茶してたら、うるさいオバハンが入ってきたので店を出た。もう日が暮れてきたから帰ろ。沼津駅周辺を歩くの忘れました。



[PR]

by marunouchi_no1 | 2016-12-04 13:08 | 山梨県