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天界の村を歩く2 関東山地 南牧川

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(群馬県南牧村星尾道場)

2019年のGWは、5/1天皇の即位の日によって何と10連休! シリーズ続編の「天界の村を歩く2」をおっぱじめるには好都合で、東端の関東山地から始めて南アルプスまでを歩いてしまおうという無謀かつ大胆な計画を立てました。7泊8日天界ツアーのスタートです。
第1回は「関東山地 南牧村」。東京を早朝に出発したので目立った渋滞もなく、長野県佐久市田口に7:00に着きました。
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何で長野県佐久市に来たかと言いますと、ここから田口峠を越えれば南牧川の最上流部に至るからです。画像は幕末に築かれた龍岡城址、日本に2つある五芒星型西洋式城郭の1つです(もう1つは函館の五稜郭)。
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その龍岡城の城下町を原型とする田口の町並み。大きな切妻屋根かつハーフィティンバーの美しい民家がありました。
さて、寄り道はこれくらいにして本題の南牧川の谷へ向け田口峠を下ります。
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長野県と群馬県の県境は、長野県側は緩やかですが、群馬側が急峻。西から田口峠を越えると、南牧川の谷に向かって一気に下っていきます。そして現れたのが広川原集落。通常、県境は稜線上か大きな川に位置するのが常ですが、田口峠は県境ではなく、この広川原地区は長野県佐久市に属しています。
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広川原集落は残念ながら廃屋が目立ち、住まれている家はたった一軒のようでした。
臼田から田口峠を下った信州姫街道は、馬坂川・南牧川に沿い下仁田へ至ります。
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広川原集落の下にある馬坂集落。ここも依然長野県です。田口峠への急坂を上り下りしてでも臼田の方が下仁田より近かったからでしょうか。ですが、家々の姿形は群馬県南牧村の養蚕農家と同じです。ちなみに集落の一番端の馬坂川を渡ったエリアは地名を「間坂」と書き群馬県南牧村に属しています。
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面白い!蔵から川へ飛び出した座敷?わずかな敷地を有効利用しています。しかし、どうやって造ったんだ?
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馬坂川越しに集落を眺める。
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バルコニー建築はこのエリアの養蚕農家のスタイルです。ほんと良く残っているし、いい集落景観だと思います。
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白と茶のバルコニー。
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馬坂から下っていくと、馬坂川は勧能で熊倉川と合流して南牧川になります。ここで熊倉川を遡ります。やがて現れるのが熊倉集落。平地と急斜面に形成された「天界の村」です。
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旧街道はここから大上峠を経て、信濃国に通じています。石碑が多く残されていました。
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熊倉集落。斜面上集落の谷の対岸には何もないので、この写真はドローンでなければ撮れません。
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熊倉から先の旧街道は、余地峠を経て長野県佐久穂町海瀬につながっています。南牧村の各谷は全て先の国と繋がっている。
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勧能集落に戻ってきました。ここは私がバイブルとして崇めている「日本の集落」にも載っています。
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養蚕農家が棟を川に沿って並べる町並み。
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上州出桁せがい造りもさることながら、蔵がある家が多く一軒一軒が比較的大きい。星尾の宿主に聞いたところによると、南牧村の農家は一時コンニャク栽培で財をなしたそうで、裕福な家が多いそうです。
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ここで一旦、南牧川をずっと下り、下仁田町の支流青倉川最上流部にある「天界の村」平原へ。前回歩いた時は、この二階に道路が接しているのに感動しました。
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平原集落。屋根の上のとんがりコーンは何でしょう。この後、他の集落にも見られます。
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等高線に沿って棟を並べる「天界の村」だ。
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谷の対岸の山腹にへばりついている桑本集落。
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磐戸の千歳屋飲食店。名物炭ラーメンで腹ごしらえ。
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麺を持ち上げるとこんな感じ。結構グロいと思われるでしょうが、麺は真っ黒でも味はGood!
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餃子の皮も真っ黒だ。
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午後は、支流桧沢川最奥部の大倉集落から。上野村へ至る湯の沢トンネルの手前で旧道に入ると斜面上に小集落が形成されています。
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南牧川に沿った六車地区。ここにも川原に近い場所に大きな屋敷がある。そういえば、勧能のすぐ隣の羽根沢地区にも大きな家が川原近くにあった。川の近くは増水時に浸水する危険があると思うのだが、なぜ?大きな平地が川原に近い場所にしか確保できなかったからなのか。
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支流星尾川に沿った星尾地区の3集落を訪ねます。星尾川は、羽根沢で南牧川から分岐し、星尾仲庭地区で二手に分かれ各上流部に大上と道場の両集落があります。全て斜面上に形成された「天界の村」です。まずは、星尾大上集落から。
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感斜面上に広く集落が形成されている。
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石垣、出桁せがい造りのバルコニー民家に漆喰のハゲかかった蔵、いいですね。
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集落は奥へ奥へと続く。
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星尾川上流のもう1つの谷にある星尾道場集落。
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さっきの星尾大上集落とは対照的で、斜面の上一箇所に固まっている。
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川原から拾い上げたゴロタ石の石垣が美しい。
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今朝4時出発だったんで、早く宿でゆっくりしたい。今宵の宿泊地は星尾仲庭です。
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星尾仲庭集落は星尾川分岐に挟まれた台地の上に形成されています。石垣と出桁せがい造り民家の並ぶ美しい集落。
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学識者による民家調査は終わっていて、住人の同意があればいつでも重伝建地区になれるそうです。
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でも、コンニャク栽培で財を成した過去を持つ家々は「観光は必要ないよ、今のままでいいよ」ってことらしい。
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どこを切り取っても絵になる町並みだ。
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古民家の宿「かじか倶楽部」が今宵の宿です。Iターンで移住されたご主人夫妻が、自前で古民家を改修し、宿や温泉をやられています。
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美味しい山の幸とお酒をいただきながら、ご主人と語り合いました。最後は地下室バーで!
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2日目朝、宿のご主人に教えてもらった大仁田地区へ行きます。南牧村の石垣発祥の地だとか。
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斜面の畑。このように石垣の立が低く上面が斜めっている。これは、天界の村では共通事項で、石垣の下から作業しやすいのだと以前聞いたことがあります。
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大仁田の町並み。
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この長ーいバルコニーが至近距離にある家がすごい!しかも変形して垂れている。迫力満点です。
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集落の上の方に一際大きな民家がありました。見事な出桁せがい造りで、四周にバルコニーを巡らせている。
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「天界の村を歩く2」第1弾「関東山地 南牧川」は終わり。次回「神流川」へつづく。


# by marunouchi_no1 | 2019-04-28 10:00 | 群馬県  

天界の村を歩く 2 スタート!

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(南アルプス 遠山川:長野県)

「海界(うなさか)の村を歩く」と題して島里ばっかり歩いている万訪が「今度は山里ですか?」と思われる方も多いでしょう。サイトやブログを前からご覧の方はお分りだと思いますが、集落町並み探訪家・野村万訪の原点は「天界(あまさか)の村」、つまり山岳集落にあります。その詳細は、2003年に始めたサイト・集落町並みWalkerの「日本美集落探訪・天界(あまさか)の村を歩く」で詳しく語っていますので参照ください。
この記事をまとめたのが2007年です。その時も動画を撮りましたが、いかんせん当時は画質が悪く手ブレもひどい。あれから12年経ち携帯しやすい動画撮影の機材が整った現在、海界の村シリーズと同じクオリティで天界の村を撮りたいと思うようになりました。そろそろ海界から一旦抜け出したいという気持ちもあるのかな。
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(中央構造線と西日本)

「天界の村」とは何か。ふつう平地に住まうはずなのに山の中腹に住まう人々がいる。絶海の孤島に桃源郷を求め渡り開拓したのと同様、山奥の谷から駆け上った山の中腹に居を構えて開拓した集落もあるのです。それを私は「天界(あまさか)の村」と呼び、30余年前から追いかけてきました。その結果、一部の例外を除き、関東山地から紀伊山地・四国山地を経て九州山地に至る、いわゆる西日本を縦断する中央構造線周辺に「天界の村」が多く見られることがわかりました。
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(関東山地 南牧川:群馬県)

そこで今回、「天界の村を歩く2」と題し、関東山地から九州山地へ向かって、山岳集落を再び歩いて歩いて歩きまくり、このブログとYouTube 動画にて配信をしていきたいと思います。
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(南アルプス 天竜川:静岡県)

もちろん今まで通り「海界の村を歩く」シリーズも続けますが、有人島1/3を残したところで、ちょっとだけペースを落として、「天界の村を歩く2」をスタートします。
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(関東山地 峰谷川:東京都)

各山地を川(谷)ごとに紹介していきます。その第1弾は、
「関東山地〜南アルプス」
です。まずはYouTube で予告編を作成しましたのでどうぞご覧ください。
https://youtu.be/3MS5JzDVAeY

# by marunouchi_no1 | 2019-04-26 20:00  

海界の村を歩く 東シナ海 口永良部島

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(鹿児島県屋久島町口永良部島本村)

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さて、種子島を後にして今回の旅の本命である口永良部島へ渡ります。町営船フェリー太陽は種子島島間〜屋久島宮之浦〜口永良部島間を1日1往復していますが、奇数日と偶数日で運行時間が変わります。いずれも屋久島宮之浦港を始終港として、奇数日は屋久島→種子島→屋久島→口永良部島→屋久島の順、偶数日は屋久島→口永良部島→屋久島→種子島→屋久島の順。したがって、奇数偶数の順番で島の滞在時間が変わります。私は集落だけが目的なので、滞在時間の短い奇数日インの偶数日アウトとしました。
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屋久島の西方約12kmの海上に位置する火山島。島の南東部に昭和41年に大噴火した新岳が今なお水蒸気をあげている。丘陵は緑に覆われて自然の牧野となっている。切り立つ断崖の赤い岩肌は、自然の侵食によって奇岩怪石となり、それが黒潮の海面に映る景観は、湧き出す良質の温泉とあいまって絶景であり、緑の火山島ともいわれている。島内の各遺跡からは縄文式・弥生式の土器が出土している。応永15年(1408)には種子島氏の支配下にあり、津城城など種子島氏の出城が築かれていた。爆発など島内の火山活動は活発で、代表的な活動は天保12年(1841)以降昭和55年まで16回を数える。現在、シイタケ栽培やタケノコ加工、和牛の生産などがおもな産業だ。山海留学生も積極的に受け入れている。(「シマダス」参照)
このシマダスの記事が書かれた後、全島避難にまで及んだ大噴火が2015年にありました。島の方々は屋久島で7ヶ月避難生活をした後に帰還。現在はレベル3となって小さな噴火は頻発しています。
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フェリーに積まれた車両はトラック1台だけ。あとはコンテナ。
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離島ではおなじみの光景。船が着く時間に物資を受け取りに住民が港に集まってきます。
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今夜ご厄介になる民宿のおかみさんは、今乗ってきたフェリーで隣に居た方でした。港に置いてある民宿の軽バンを借りて、集落取材に繰り出します。
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天気が怪しく小雨が降ったり止んだり。小降りのうちにドローンを飛ばす。
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噴煙を上げているのが2015年に大噴火した新岳、右端の高い頂が古岳。湾の対岸の茶色くなっているところは、火砕流が湾まで達したところで、埋まった施設や電柱がありました。こわかったでしょうね。
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本村集落。2つの山の間の湾に面した平野部に集落が形成されています。
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フェリーは約30分滞在して屋久島に向かって出ていく。
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集落取材開始です。ここは湾に面した円弧状集落の一番西の端。いきなり高く積み上げられた石垣石塀からスタートだ!
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石塀の上にさらに古瓦が積まれています。浜からの風が強いのでしょうね。
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集落内部を貫くメインの横道。ここから入っていきます。
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舗装が美装されていましたから、町並みとしての見どころなんでしょう、石垣石塀と家屋と背景の山との組み合わせがいい!思わず「いいじゃんいいじゃん」と興奮です。
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アコウか?南国の島らしい。
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コンクリート塀がここまで味わい深くなるものか。
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メインの横道を歩いていく。廃屋になってしまってますが、かつての商店か。
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ごろた石の石塀とルーフィング葺+板壁の民家。うーむ、トカラ列島に繋がるなぁ。
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このような水場があちこちにあります。
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石塀でガッチリ囲った屋敷。中入ってみましたが(無住)、海に面して入口が開いているため、風が吹き込まないように二重に折れ曲がっていました。
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ここにも商店の跡が。
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屋根の傾斜が皆同じ角度なので集合体として綺麗です。
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本村(ほんそん)の共同浴場「本村温泉」
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破風面を板でカバーしています。吹き上げる潮風対策でしょう。
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ストリートファニチァー
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鹿児島県で大流行りのルーフィング屋根。トカラ列島でも悪石島以北で大活躍でした。この屋根、元は瓦葺だったと思われますが、メンテナンスが大変なので、ルーフィングに変わっているようです。原色は黒ですが、日射を反射させようと皆白に塗っています。
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横道から縦道へ
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縦道のメイン。側面が剥がされたような廃屋があった。
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本村から新岳の北側を巻くように、島の東端にある湯向(ゆむぎ)地区へ向かいます。その道が結構狭く険しく長い。頑張って速く走っても30分かかります。
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湯向集落。10軒くらいかな。
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石垣と板壁の古民家。
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黒いルーフィング屋根の家。
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湯向港。向こうに見えるのは屋久島。
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湯向温泉。
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自身の入浴シーンを撮影しようとしたら、地元の方が入ってきてしまったので断念。
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本村と湯向の途中から海岸へ降りていくと(凄い険しい道)寝待温泉があります。みてくださいこの風景、秘湯中の秘湯でしょ。
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クルマを置いて歩いていく。小屋のような建物が並んでいます。寝待温泉は島内でもひときわ良い泉質で、これらは湯治のための小屋なのだそうです。
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しかし、昨年2018年の台風で土砂崩れの被害を受けてしまいました。小屋群の殆どが被災し、温泉との間の沢が土砂崩れで道が埋まっています。
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その土砂に上を歩いていくと、温泉の建物が辛うじて被災から免れていました。
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脱衣所。
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浴室。入ることができますが、照明もなく怖いのでやめました。
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東シナ海に沈もうとしている夕日。
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寝待温泉から本村へ戻る途中、田代地区にある「民宿くちのえらぶ」
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今宵の宿です。宿のおかみさんは横浜生まれの方で、旦那さんと24歳の時に島に移住されたそうです。
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そして、途中で民宿を始めようと、何んとこの家を廃材を活用しながら自力で7年かけて建てたんだそうです。
プロの目から見ても素晴らしい建築です。このホールの空間がすばらしく気持ち良い。
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泊まった部屋「うなぎ」
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木建が可愛い
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扉は小学校の廃材を利用したんだそうです。引き戸を片開き扉に。
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海を望むテラス。
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真正面に同じく噴煙を上げる薩摩硫黄島が見える。
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庭に「福岡管区気象台」のトレーが。火山観測に定期的に気象台の職員の方々が泊まられるそうです。でも、何でしょうね、これ。
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民宿くちのえらぶ、とても居心地の良い宿でした。連泊されるリピーターのお客さんも多いとか。いずれまた泊まりたいな。
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10:30発の偶数日の船が来ました。とても良い旅でした。これから、1日かけて東京に戻ります。

# by marunouchi_no1 | 2019-04-14 20:00 | 鹿児島県