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復興の町を歩く 岡山(岡山県)

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(岡山県岡山市)

備讃瀬戸の島旅の前後で、復興の町である岡山を歩きました。
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↑岡山市の戦災都市概況図のように、岡山の中心市街地は、北と西の端を除いてほぼ戦災を受けています。戦後全国の戦災都市が復興都市計画を実施していますが、岡山は他にない特徴が見られます。それは、円形交差点です。つまり、モータリゼーションに対応した都市を考え、欧米で見られるロータリーを導入しようとしたのです。しかし、いずれもロータリーは定着せず、十字交差点になっています。町並みだけが円形で、その前に妙な空間が形成されています。
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↑柳川交差点の空中写真。柳川交差点は、南北の柳川筋と東西の桃太郎大通りが交わる場所。岡山駅前からの路面電車も二手に分岐します。画像のように交差点に面する敷地が綺麗な円で切り取られているのがわかるでしょう。
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南西角の町並み。円形交差点は十字交差点のように角切程度では終わらず、複数の敷地に跨ります。つまり、交差点にしか面することができない敷地ができます。
そして、このようにビルのファサードが見事な円弧を描いている。
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東南角の敷地は1つですが、現在高層ビルに建て替え中でした。低層部が円弧になっています。
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東南角の建て替え前。20年くらい前に私が撮影した写真です。
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北東角は複数の敷地が並んでる。
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20年前とあまり変わっていません。
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北西角は超高層マンションに建て替わっていました。
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かつては、住友銀行の支店が建っていて、円弧のファサードでした。
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柳川交差点の1つ南にある大雲寺交差点。
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南東角に、複数棟による綺麗な円弧の町並みが見られます。
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さらに南の清輝橋交差点。路面電車の終点です。ここは、五角形の歩道橋が架かっています。
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南東角の町並み。看板建築が多角形で並んでる。流石に円弧は難しかったのかな。
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北東角は円弧状のビルでした。
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十日市三叉路の交差点も円形。ここまでくると全く円形にする必要が感じられない。
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ひと回り小さな円形歩道橋が架かっています。
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次に旧西国街道(旧山陽道)を歩きます。旧西国街道は、上図のように、岡山市内をジグザグに通過しています。
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旭川の京橋が旧西国街道です。画像は西岸から東・西中島を見たところ。いずれも旧遊郭の島です。
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京橋から西大寺町へ西進する旧西国街道。銅板の建物は大手まんじゅう本店。
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西大寺町商店街のアーケード。トップライトがないので、とても暗い。
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この店、かつてはキャバレーだったそうです。
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千日センター街は、かつての映画館通り。映画館はなくなり空き地が目立っていました。
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夜の飲食店が集まったビル。
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千日センター街
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アーケードの看板に「白鳥座」「テアトル岡山」などの映画館の名前が偲ばれます。
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表町商店街の大アーケード。西進してきた旧西国街道は、表町で北へと進路を変えます。
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一番北のアーケード街は形と沿道の建物の形態が違う。建物が防火帯建築のように大きく、やや後退してや建っています。
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沿道のビルの中。アーケード側に長い廊下が付いている。よくある防火帯建築のスタイル。
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岡山城と大正12年築の禁酒会館
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オランダ通りの町並み。表町アーケード街に並行した飲食店街です。
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左手前のほろよいマンションは飲食店ビル。
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ほろよいマンション
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場所は変わって、岡山駅西口です。
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表町を北進した旧西国街道は、岡山城の西側弓ノ町辺りで西へ進路を変えます。そして、現在のJR山陽本線を横切って、奉還町を形成している。
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奉還町は旧西国街道にあたる商店街。
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このあたりも戦災にあっていますので、戦後スタイルの町並みです。
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戦後と言えども昭和レトロ、今や珍しくなりつつあります。
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奉還町のアーケード街を西へと歩いていくと、途中で雰囲気が変わるところがある。戦災都市概況図でいう戦災地区から比較戦災地区へと切り替わるあたり。
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建物は戦前戦後混じっていますが、街のつくりが変わりました。
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沿道の建物も小粒の木造看板建築に。
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そして、さらに西へ進むと、アーケードはなくなり、明らかに非戦災地区だとわかる建物が現れた。
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岡山では城西の出石町に戦災のない町並みが見られますが、ここ奉還町はそれに続くものでしょう。
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戦前の洋風建築のディテールも見られました。

by marunouchi_no1 | 2018-02-25 22:00 | 岡山県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 犬島

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(岡山県岡山市犬島)

2年前、アートな島としてグローバルに人気のある豊島と犬島を歩こうとしましたが、高松港で乗り場がわからず直島行きのフェリーに乗れず、犬島を断念したことがありました。今日はそのリベンジです。
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高松港から、2年前に乗るはずだったフェリーに乗り、直島で旅客船に乗り換えて、犬島にやってきました。平らな島で、煙突が何本も見えます。
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岡山市の東部沖合2.2kmにある岡山市唯一の有人島。温暖な瀬戸内式気候に恵まれている。元禄年間(1688-1704)に入植が始まる。古くから石の島として知られ、鎌倉八幡宮の石鳥居、岡山城、大阪城、江戸城などにも犬島産の石が使われている。明治30年代の大阪港築港のための採石業と40年代の銅の精錬業などで隆盛を極めた時代があり、大正7年には小学校、昭和22年には中学校が開校された。昭和44年には岡山市に合併し、その後の経済変化による企業撤退、住民の減少や高齢化により小中学校ともに平成3年には廃校となり、今では採石業と化学工業があるのみとなった。「煙突と石の島」のイメージを持つ島で、精錬所跡や数多くの採石場跡が当時をしのばせる。(「シマダス」参照)
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犬島港。明治期は採石と銅の精錬で隆盛を極めたそうですが、港周辺はひっそりとしたものです。
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ただ、このように石がゴロゴロしていました。露天掘りの跡と思われる池もあって、採石の島だったことが偲ばれます。
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集落に多く見られる石垣石塀。
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港から集落へ入っていくと、かつての商店が並んでいます。ここは銀行かしら。栄えてた証かな。
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集落を高台から見下ろします。本瓦葺の入母屋造、瓦を貼った土壁など、岡山らしい。なるほど立派な家が多そうだ。
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島の西側に向かう。
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犬島の西側にある犬ノ島。泳いで渡れる距離ですが、橋はかかっていません。まるごと化学工場の敷地になっています。
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島の西側には今でも現役の採石場があります。
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中心集落へ戻ります。犬島は明治期の銅の精錬所跡を10年前に美術館として整備し、今では国内外問わず多くの観光客が訪れます。そして、島のあちこちにアートが設えられていて、散策を楽しむことができる。
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空き地を使ったアート。
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様々なアート作品が古民家と共存しています。
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そして、島の東側一帯には銅の精錬所があった。
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その遺構は、美術館と共に整備されています。美術館は建築家三分一氏が設計したもの。内部は写真撮影できませんので載せられませんが、外部はOKです。美術館の最後にガイドのおばやんが居て、ものすごい圧倒される勢いで説明してくれます。強烈ですよ〜。
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精錬所の煙突を使った自然換気、精錬所煉瓦を使った蓄熱など、自然の力を利用して、美術館は動力のない空調をしています。
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煉瓦は一般の煉瓦ではありません。銅の精錬で排出されるスラグ固めたものだそうで、ほとんど鉄だそうです(強烈おばやんから受け売り)。
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煙突は6本残っています。ところが円形は丈夫ですが、八角形は皆崩れています。円形に比べて弱いそうです(強烈おばやんから受け売り)。
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一番奥に残る建物の遺構。煉瓦壁だけ残っていて、手前の壁と屋根がない。
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煉瓦壁の納まりから、屋根と手前の壁は木造だったと思われます。
犬島は、是非シーズンオフに訪れてください。静かでいい島旅となるでしょう!

by marunouchi_no1 | 2018-02-25 21:00 | 岡山県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 石島

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(岡山県玉野市石島)
今回の島旅は、岡山空港発着で岡山県の石島/井島(同じ島)と犬島、香川県の手島、愛媛県の新居大島を歩きます。
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岡山から瀬戸大橋線〜宇野港線を乗り継いで宇野へ(画像の玉野)。宇野は瀬戸大橋がかかる前、四国への宇高連絡船の乗り継ぎ駅でした。そんな町だからなんかありそう。
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何スカ?この駅舎のデザインは。趣味ワル。
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港へ向かう通りにあった昭和な看板建築の町並み。
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町の西側に古い町並みを発見。港のあるエリアが「築港」という地名なので埋立地なのか。この山裾のエリアが古くからの集落なのかもしれません。
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この地方ならではの海鼠壁をまとった蔵を配する大きな屋敷。
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その屋敷の前に、前面だけ洋風の病院があった。
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さてさて、本題の石島に渡りましょう。定期船ではありますが、市が補助金を出して海上タクシーを活用したもので、事前に予約が必要です。
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この島、石島といったり井島といったりします。島の北側が石島で岡山県、南が井島で香川県。江戸時代に領土争いがあって島が2つの国にまたがることになったそうです。こういうのは珍しい。

本土から約6km、瀬戸内海に浮かぶ小さな島。東端に戸尻鼻、西端にヘガラ崎という小さな岬があり、この岬を東西に結ぶ稜線に石島山がある。この稜線を境として南側が香川県香川郡直島町「井島」、北側が岡山県玉野市「石島」である。南側直島町域には住民はいない。島内からは石器や土器片が出土し、3基の古墳がある。江戸時代に傾斜地(天領)の直島と岡山藩胸上村の間で領有権と漁業権を巡って紛争が始まった。以来、二度にわたる幕府への提訴で国境が決定し、現在に至っている。元禄年間(1688〜1704年)に胸上村から3戸9人が移住、開拓が始まった。産業は漁業がちゅうしんで、特にノリの養殖が盛んだ。(「シマダス」参照)。
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長細い島の北側にひとつだけ集落があります。黒い本瓦の入母屋屋根がいくつか見える。これは期待できそうだぞ。
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港に沿って歩きます。バッテン型海鼠壁の家もある。
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港に面しては作業小屋のような建物が並ぶ。こういう波型折板も味わいがあります。
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干物が高〜い所にセットされていました。たぬき対策だな。
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集落の内部へ入っていきます。これは縦道(海岸線に平行な道を横道、垂直な道を縦道と私は呼んでいます)。
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左が横道、右が縦道。
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瀬戸内の島は花崗岩でできているものが多いですが、ここ石島もその名のごとく花崗岩の島です。集落内にも港の護岸や石垣石塀に土地の石材が使われています。
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集落を歩いているとあちこちにゴーッと音を発している建物があります。そして、その横に大きなタンク。これらは、海苔を乾燥させる施設のようです。
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ここにも海鼠壁の家。
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背後の斜面から集落を見下ろす。古い家が数棟ありました。
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手書きに味がある。
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船溜り
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港にあった黒板。縦に曜日、横に人名。なんでしょうね。
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基本的に主屋や付属屋・塀が囲む屋敷構共通。
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船溜り前の家並み。この辺りに放し飼いの犬が居て、近づく度に吠えられていました。ところが、触ってあやすと静かになった。以後、吠えなくなりました。集落の番犬です。
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瓦が綺麗です。
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滞在時間4時間は持て余す。ゆっくり歩いて1時間半。話好きな91歳のおばやんと話し込んでうたら、島で採れた海苔食べていきなさいと。家に上がり込んで、コーヒーもご馳走になりありがとうございます。30分潰れた!
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さぁ、まだ2時間近くある。おばやんに教えてもらった集落の裏山を歩いてくるか。
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石島/井島の空中写真。緑が少ないでしょ。実際、山には高木がほとんどなく、ハゲ山です。
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高木がなく、石がゴロゴロ。これは、2011年に発生した山火事のせいで、何と島の山林の9割を消失したそうです。
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左に見えるあかりは集落。背後の山がこんなになったんだから、それはそれは恐ろしかっただろうに。
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下に見えるのが集落です。いずれ緑豊かな島に戻るのでしょう。

by marunouchi_no1 | 2018-02-25 20:00 | 岡山県  

歌界の村を歩く 瀬戸内海 白石島(岡山県)

歌界の村を歩く 瀬戸内海 白石島(岡山県)
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(岡山県笠岡市白石島)

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六島→高島→白石島と船を乗り継ぎます。
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高島
笠岡市の南、瀬戸内海の中央に飛び石状に浮かぶ笠岡諸島の最北端に位置している。古くから瀬戸内海航路の要衝として栄え、「古事記」に記されている神武天皇東征の際の高島行宮が置かれたのがこの島だという説がある。(「シマダス」参照)
途中の高島。「名勝高島」というだけあって、島全体が岩でできており、随所に奇岩が見られます。画像は船着場の近くにあった古い石切場。露天掘りに水がたまって池になっていました。
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白石島

笠岡港の南約10km、笠岡諸島の中では比較的本土に近い島。花崗岩の地肌が遠くから白い雪を被ったように見えることから白石島と呼ばれるようになったといわれている。巨岩・奇岩の間を縫って、島の七つの峰を結ぶ遊歩道は山頂で視界が360度開け、瀬戸内海が一望できる。島には国の文化財指定を受けているものが3つある。優雅で美しい盆踊りで重要無形文化財の「白石踊り」、「鎧岩」と呼ばれる天然記念物の奇岩、素晴らしい眺めの「名勝」だ。(「シマダス」参照)


白石島。船着場近くになまこ壁の手入れの良い古民家があった。これは町並み、期待できそうだぞ。

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白石島の集落は比較的平坦。港から奥へと延びる、主軸と思われる通りを歩きます。下見板張りの建物が現れた。昔の郵便局かな?
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なまこ壁の古民家と茅葺き屋根(トタンカバー)。いいぞ!
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舟板が使われている民家の壁。
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同じくらいの大きさの入母屋屋根民家が並ぶ。割と立派な家々。
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主軸の通りともう一つの通りが直交するのではなく、鋭角にぶつかる交差点。
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レトロモダンの理容院があった。
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タバコの乾燥倉?
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花崗岩でできている島なだけに石材は豊富
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隣の北木島と共に採石の島として栄えたからか、立派な家々が目立つ島だった。

by marunouchi_no1 | 2017-11-04 15:07 | 岡山県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 六島(岡山県)

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(岡山県笠岡市六島前浦)

10月は雨ばかりで週末は台風が立て続けに襲う始末。11月初めの連休はやっと秋晴れの予報です。連休前日遅くに岡山県の西端、笠岡に入りました。
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東本町、伏越旧遊郭を経て戦後埋立地に造られた街のホテルへ。駅から徒歩20分と遠かった。
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今回の島旅は、まず笠岡諸島から攻めます。笠岡諸島は、数々の島が連なるもので、過去に2回訪れていて、真鍋島と北木島は取材済み。今日は、六島と白石島を歩きます。
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笠岡港発6:50。これに乗るために笠岡に泊まったわけです。
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六島

笠岡諸島最南端の島。笠岡市から約15kmに位置する。岡山県の最南端でもある。島の南側は潮流の速い海峡で、瀬戸内海の大型船の航路となっている。この航路の安全を守るため、岡山県で最初に設置された灯台がある。地形は、山が海岸まで迫り、平地がなく、山裾に民家が軒をならべて建っている。かつては、瀬戸内有数の「活船(いけぶね)」(生魚運搬船)の島だった。島内のあちこちにスイセンが自生していて、1〜2月には可憐な花を咲かせる。(「シマダス」参考)

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7:45 六島(むしま)湛江港着。島の北東端の岬につながる尾根上にあって、両側が海に面しています。
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港には石垣による古い防波堤が見られた。
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湛江地区のメインの縦道を入っていく。町並みの特徴は特にないかな。
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徒歩で湛江から前浦地区へは10分弱。こっちの方が大きいかな。
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六島は瀬戸内海の本州と四国のほぼ中間地点ゆえ、大型船が行き交う姿が見えます。
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斜面上の集落。石垣を積んで宅地を造成し、山側に主屋の棟を等高線と平行に配置し、両側に部屋を突き出す。その特徴がよくわかると思います。
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瓦は本瓦、桟瓦両方ありますが、古いものは本瓦と思われます。
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笠岡諸島は島自体が花崗岩でできている。石垣の材料は幾らでも調達できます。
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共同井戸だ。今は使っていないのか屋根で塞がれている(上水は引いてるかも)。洗い場は石畳み。
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見事に積み上げた石垣。
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斜面中腹の古い民家。冒頭書いたように、主屋が山側にあり、海に向かって両腕を出すように付属屋が付いているコノ字型。
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斜面下の平地の民家。やはり外周を建物で囲んで庭を風から守っている。
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六島前浦集落は良かった!
さぁ、高島を経由して白石島へ向かいます。

by marunouchi_no1 | 2017-11-03 18:00 | 岡山県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 日生諸島(岡山県備前市)

2015/12/28
日生諸島は本土に近いところに大小14の島々からなっています。内、備前市(旧日生町)に属するのが鹿久居島、大多府島、頭島、鴻島などです。2今年、日生から鹿久居島へ橋が架かったため、以前から繋がっていた鹿久居島〜頭島によって、頭島までクルマで行くことができるようになりました。そこで、頭島から大多府島へ渡りました。
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島の北岸は天然の良港で、南側は奇岩に富む日生町有数の景勝地となっています。1698年(元禄11)岡山藩が開港、農民を移住させて開拓したといわれ、瀬戸内航路の風待港でもありました。現在島民は主に海運業に従事しています。
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まずは、防波堤の上に立って大多府集落を一望します。
港に面して比較的立派な二階建て民家が建ち並んでいるのは、この手の小さな離島としてはやや珍しいと思われます。
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旅館のような規模。風待ち潮待ち港としての名残なのでしょうか。
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軒下のギザギザは水切りの役割でしょうか。
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水が貴重な島の生命線である井戸が2つ並んでいました。六角井戸の周りは石敷きです。
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頭島に戻ります。頭島は、日生諸島の中で人口が最も多いそうです。宿泊施設も複数あって、このエリアの観光スポットになっています。
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緩やかな斜面に形成された集落は、いわゆる斜面上密集系漁村の部類ではあるものの、屋敷地には余裕があるように感じました。斜面の斜度が緩いからでしょうか。
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本瓦葺きの屋根が美しい家も複数軒残っています。
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この家は珍しい下見板張りの洋風住宅。よく郵便局とかで見かけますが、そうだったのかな?
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頭島から眺めた鴻島。ここには集落はありませんが、別荘地が整備されています。ポツポツ見える白い家は別荘。不思議な風景ですね。
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日生の町を歩きます。

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旧日生町の中心地で、打瀬網の漁業地区。江戸後期に四国沿岸へ、明治期には朝鮮海岸へ、さらに台湾、シンガポールの近海へも進出し繁栄したそうです。
今では牡蠣を求める観光客が訪れる街。「牡蠣お好み焼き=カキオコ」の店がたくさんあって行列ができていました。

さて、これで2015年末の予定の旅程は終了ですが、一気に東京まで走るのも辛いので、途中もう一泊して帰ることにしました。ちょうど中間の三重県名張市のビジネスホテルを予約。
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名張へ向かう途中、同行している娘が廃墟化した「奈良ドリームランド」を見たいというので立ち寄りました。木造のジャンボコースターが残っていた。
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近くには明治期に建てられた奈良少年刑務所があります。なんとも不思議な取り合わせでした。

by marunouchi_no1 | 2015-12-28 20:00 | 岡山県  

はじまりはいつも雨

はじまりはいつも雨。チャゲ&飛鳥の唄ではありません。この縦走紀行、全部初日雨なのです。
しかも、高松空港が悪天候で飛行機は条件付き。もし羽田に戻るようであればこの旅が全て御破算になる。

新幹線に切り替えました。今回の旅は計画段階から土壇場変更が多い。こういう時はトラブルが連続するもの。前途多難な旅になりそうです。
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ふーっ
4時間20分かかって、やっと四国に入りました。

by marunouchi_no1 | 2012-05-02 18:34 | 岡山県