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カテゴリ:沖縄県( 40 )

 

海界の村を歩く 東シナ海 水納島

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(沖縄県本部町水納島)

沖縄本島の北西部、本部町沖の東シナ海に浮かぶ小さな島「水納島(みんなじま)」へ渡ります。沖縄県内にある定期船でいける有人島の最後が、この水納島になりました。
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水納島
本部半島の西方約7kmに位置する標高12mと低平な隆起珊瑚礁の島。島の東から北にかけて連なる純白の砂丘、島を取り巻くように発達したサンゴ礁、エメラルドグリーンの海の美しさは、観光沖縄のキャッチフレーズ「海と空の美しさ」を象徴する景観だ。「クロワッサンアイランド」として沖縄の観光ポスターなどにもよく登場する。かつては、島全体がメンナノ御嶽として聖域となっていた。島内からは1000〜1500年前のものとみられる貝塚が発見されているが、明治23年、瀬底島の製糖組が開発するまでは無人島だった。同36年頃か瀬底島から13戸が移住、集落が形づくられた。現在は、ニンジン・スイカなどの栽培と畜産が営まれている。島名は文献によると「井泉皆無なり、島名これによって起こるか」とあり、水のない島ということから名づけられたようだ。(「シマダス」参照)
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渡久地港。今年の1月に伊江島探訪で本部に来た時、冬だったので1日3便、水納島に渡れませんでした。
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ところが夏は1日10便、簡単に日帰りができます。
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城山のある伊江島の島影。
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水納島港は水納ビーチの中。「マリンレジャーの島」という印象です。
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クロワッサン島と呼ばれる島の形。集落は島の真ん中の高いところにあります。瀬底島から移住した人々が作った集落の名は瀬底です。
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水納島瀬底集落の町並み。集落がマリンレジャーランドという感じで、水着姿の人たちが歩き回っています。
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水納島瀬底集落の民家。
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セメント瓦
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鉄筋コンクリート壁で補強した家。木造民家の外壁の主に四隅を鉄筋コンクリート壁で補強しています。
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水納島瀬底集落の町並み。
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水納島瀬底集落の町並み。
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宿泊施設のログハウス。集落は小さくあっという間に終わった。
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本部町水納島小中学校
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Googleマップでみると、島の西端の集落から離れた場所に不可解な建物がある。屋根がなく廃墟のようにも見える。行ってみよう。
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???
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上屋がなく基礎だけ?だけど上屋のある場所もあって中に牛がいる!そうか牛舎でしたか。画像の水の溜まっているところは餌場。一部の上屋が撤去されているということでした。
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クロワッサンの内側のビーチ。マップに名前がない。ということで、道標には「名もなきビーチ」とありました。
画像は青空ですが、実はここで大雨に。残念ながらドローン空撮はできませんでした。
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本部に戻ってランチ。有名な「きしもと食堂」本店は長蛇の列、ちょっと離れた八重岳店に入りました。面がシコシコしていて美味かった!

by marunouchi_no1 | 2019-07-28 20:00 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 伊是名島ウンナー

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(沖縄県伊是名村伊是名)

沖縄本島の北西、東シナ海に浮かぶ伊是名島と伊平屋島は、かつては1つの村だったそうですが、現在は別の村であり、船も運天港からそれぞれに運行しています。13年前、伊平屋島に渡ったあと、チャーター船で伊是名に渡ったことを思い出します。懐かしいです。
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伊是名島
沖縄本島の北約27kmの東シナ海に浮かぶ島。周囲には具志川島、屋那覇島、降神島の3つの無人島がある。島はリーフに囲まれ、海岸沿いに伊是名・内花・勢理客・仲田の5集落が点在している。標高120mのチジン山と大野山を結ぶ山々を中心に東西へ緩やかな傾斜地が広がり、サトウキビが栽培され、コメ作りも盛ん。また、沖縄随一の養殖モズクの産地としても知られている。まわりの無人島は、キャンプやダイビング・釣りのメッカだ。琉球王朝第二尚氏の始祖「尚円王」の出生地として広く知られ、文化財も多く、歴史と自然が残る。(「シマダス」参照)
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伊是名港では、大学時代に伊是名集落を研究していたという会社の同僚が迎えに来てくれていました。バイクを借りて早速伊是名集落へ向かいます。
集落では、祭りの前日の準備をしていました。ウンナー祭りのクライマックスでは大綱引きが催されます。その綱を作る準備です。田んぼの藁を集めて、数本を束ねて結び、それをつなぎ3本を引っ張りながら捻って最初の縄にしていきます。
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これが結構力がいる作業。伊是名地区の中に10班があり、一つ一つの班がこの縄を作って、明日持ち寄り、大きな縄にするのです。
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祭り前日の作業が終わったのが19:30頃。これから飲み会が始まります。
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私たちが参加したのは、集落の西(イリ)地区。漁師の方の家で刺身がふるまわれました。
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祭りの行われる集落の中心にある公民館では、準備を終えた青年会の方々が酒盛りをしているというので、そこに参加。いつしか三線を奏でた踊りが始まった。
地酒の泡盛をしこたま呑んで潰れました。気がついたら民宿のトイレの前で寝ていました。
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祭り当日。午前中は空撮です!伊是名ビーチからドローンを飛ばします。
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伊是名ビーチはサンゴ礁のリーフです。船の通路だけリーフが削られているのがよくわかる。
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伊是名集落。周囲は田圃が広がっています。
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左下の陸屋根の建物が公民館。この公民館から北側(奥側)が古い集落で、フクギ林も多く残っています。
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集落の一番北側には、旧家の二つの大きな屋敷が並んでいます。一番右にある赤瓦の家は「旧銘苅家住宅」です。銘苅家住宅は、琉球王朝第二尚氏の始祖「尚円王」の叔父にあたる家系の家で、明治39年に再建された建物です。沖縄戦の被害を免れ保存状態も良く、国重文に指定されています。
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島の南東端にあるチジン山から伊是名集落を遠望。左にある三角形の山の向こうに「陸ギタラ」「海ギタラ」という珊瑚石の頂があります。
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大綱引きは伊是名集落を東(アガリ)と西(イリ)に分かれての対抗戦。公民館前が中央になります。
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各班で作られた綱が公民館前に集められました。ここでそれらを束ねて、大綱を作ります。
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50cmくらいおきに縛って、それらがズレないように長手方向にも繋いでいきます。ここが綱引きの際に持つところになるのです。

東西の大綱は互いに向かい合う側の端を輪っかにして結びつけます。その真ん中に刺して外れないようする「カヌチ棒」。男根の形をしています。
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大綱が出来上がりました。伊是名酒造で贈呈用のお酒を購入。
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さぁ始まるぞ!
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午後6時から集落内の巡行。稲作農家、お祝い事のある家を一軒一軒回って家の前庭で踊ります。各家ではお酒とお料理を振舞います。
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伊是名ビーチではキャンプやバーベキューをしている方々がいて、そこでもひと踊り。
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カジマヤー97歳のおばぁの家。なんと、おばぁも一緒に踊っておられる!おめでとうございます!握手をさせていただきました。
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沖縄の遅い日没。巡行は2時間弱かかりました。
公民館前に戻って、スナイという担がれた板の上での取っ組み合いなど、前座的なイベントを終えて、いよいよ大綱引!
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伊是名区長の掛け声で一斉に東西が引き合います。1回目はドロー。
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2回目は東(アガリ)に軍配が上がりました。私は、西(イリ)側の所属でしたが、撮影していたため競技に参加できず、すいませんでした。

by marunouchi_no1 | 2019-07-27 23:00 | 沖縄県  

海界の村を歩く 太平洋 浜比嘉島

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(沖縄県うるま市 浜比嘉島 勝連比嘉)

夏の沖縄へやってきました。今回の旅の目的は、沖縄本島の北西部にある伊是名島で毎年行われている「ウンナー」という稲の豊作を祈願する祭を見ること。そして、沖縄県で未踏最後の島里(定期船がある有人島)である本部の水納島を訪れることです。合わせて、最新ドローンMavic pro 2の筆下ろしでもあります。
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夕方の便で那覇空港に着きました。時刻は19:00、まだ日が落ちていません。今晩はステーキ食べてエネルギーを充電します。
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運天港から伊是名島へは1日2便が往復しています。午後便で渡ることにして、浜比嘉島の空撮と未踏の比嘉集落を歩きます。
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沖縄本島中部にある勝連半島から東方海上4kmにある島。浜比嘉という島の名前は、浜と比嘉の集落名を合わせてつけられたもの。農漁業を中心に生活するこの島は、緑豊かな自然と、のどかで素朴な風情のある島として最近注目されている。比嘉地区の洞窟遺跡からは打製石器が出土し、琉球開闢の祖神アマミキョとシネリキョの神々が住む島として伝えられ、沖縄本島内外から多くの参拝者が訪れる。北1.5kmにある平安座島とを結ぶ浜比嘉架橋工事が完成、平成9年2月に開通した。(「シマダス」参照)

浜比嘉島は2015年に訪れていますが、大雨の中浜集落を探訪し、比嘉集落をやり過ごしていました。今日は青空広がる最高の天気です。
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島の北西部にある浜集落。
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橋が架かってまだ10年。徐々にモータリゼーションの影響、つまりクルマを庭に入れるための屋敷囲の変化が現れ始めている事でしょう。今日は暑いんで歩きません。
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島の北東部にある比嘉集落。集落と港との間に広い平地がある。
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フクギの林と石灰岩の石塀。
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石垣で築かれた古い共同の水場がありました。綺麗な水ではなさそう。
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クルマの入れない縦道(海岸線に直交する道)。石塀が続いています。途中に「
元登録文化財」書かれた家がありました。新築でした。
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ブロック塀の町並み。
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石塀とセメント瓦の屋根。
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この島では高架水槽が結構残っています。
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棟だけ赤瓦で平瓦はセメント瓦。
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赤瓦の家。
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岩場に湧水の出ている場所がありました。
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浜比嘉島の比嘉集落では、琉球石灰岩による石塀が続く場所が一番のみどころでしょう。

by marunouchi_no1 | 2019-07-26 15:13 | 沖縄県  

海界の村を歩く 太平洋 大神島

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(宮古島市大神島)
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伊良部佐良浜集落の取材を終えたら急に雨が降り出しました。できれば島の南東部も巡りたかったのですが、雨足強く気が乗りません。北東端に近い島尻港へ早めに移動し、クルマの中で雨が止むのを祈ります。
14:15発の大神島行き渡船に乗ります。
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大神島
宮古島の北部、島尻漁港から約4kmにある、標高75mの円錐形の小島。古くから宮古諸島に暮らす人たちの崇敬を集める「神の島」とされ、信仰と祭祀を大切にする暮らしが受け継がれている。民俗行事の「祖神祭」は島外の人々には観ることさえ許されず、なお神秘の島ともいわれている。また、島内には御嶽も多く、集落以外大部分は祖神が宿るとされる聖地なので立ち入りには注意が必要。半農半漁の生活を営んでいるが、保存食として生まれた「干ダコ」は注文に応じきれないほどの人気。離島の池間島の海んちゅ(漁師)の多くは大神島の出身者だったともいわれている。(「シマダス」参照) 
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大神島の集落は港から離れたやや高所にあります。取材したいのですが、雨風が強くレンズがすぐに濡れてしまう。まず一番高い「遠見台」へ登って雨が弱まるのを待ちます。
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遠見台から麓の集落と港を見下ろす。風が吹き上げてくるので、傘が役に立ちません。
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遠見台への登山道の入り口にあった井戸。集落の一番高所です。雨は弱まりそうにないので、取材を開始します。
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大神は小さな集落で、家の数は10軒くらいでしょうか。
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木造瓦屋根(セメント瓦)の伝統様式が2、3軒かな。建具の木もいい感じ。
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↑こちらのお宅がいい感じでして、四周の写真を載せてしまいました。
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壊れた家も周りにあったので、かつての集落はもう少し大きかったのでしょう。
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集落と港の間にあるコミュニティセンター。動画編で映っているわんちゃんは、船が港に着いた時からあちこちで出会いました。島紹介のサイトにも出てました。島のマスコットのようです。
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ノッチ?と呼ばれる奇岩の場所。
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港に戻ったら雨が止んできました。動画取材にもう一度集落へ行こうか。

by marunouchi_no1 | 2019-02-16 21:00 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 宮古島・伊良部島

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(宮古島市平良)
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「海界の村を歩く」テーマでの沖縄県の離島は今回が最後となります。有人島ではまだ本島本部沖の水納島と多良間島沖の水納島、西表島沖の新城島の3つが未踏ですが、本部の水納島以外は定期船がなくチャーター船でないと渡れません。これらは、リタイヤ後のお楽しみということで、一旦区切りとします。
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日本トランスオーシャン航空の羽田発宮古直行便。
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6年ぶりの宮古島です。宮古島は昭和34年の台風で大きく被害を受けたため、復興で鉄筋コンクリート造の民家が建てられた模様。赤瓦=沖縄の集落と期待している方には響きませんが、それが現在の宮古島の特徴となっています。
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さて、今回は上図の4箇所を歩きます。前回同様、残念ながら島の東南部地区に行けません。
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松原地区。ここは、割と赤瓦民家が見られます。
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県道沿いにあった祠。
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木立の中に石垣が残っています。
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やはりRC造(鉄筋コンクリート造)平屋建あるいは2階建が多い。
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その中に赤瓦の木造民家が点在しています。宮古島の集落を全部見たわけではないですが、ここは割と多いように思います。

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ブロック積みの付属屋。風を防ぐために屋敷の外周に沿って建てられています。
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この場所が町並み景観として一番良かった。手前のセメント瓦の建物は壁がないけど何に使われていたのかな。豚舎?
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大きなテラスのある家。これも沖縄の造民家でよく見るタイプ。直射日光はメチャ暑いので屋根が付きます。
↓動画
https://youtu.be/wWa9VRh13fw
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(伊良部大橋)
伊良部島に渡ります。6年前は平良港からフェリーで渡りました。その時盛んに建設していた伊良部大橋が完成しています。

伊良部島
宮古島の北西8kmにある島。西隣には狭い水路を挟んで下地島が並ぶ。その水路に面して農業を主とする5集落があり、島の東側には県内有数の南方カツオ漁の基地である佐良浜の集落がある。ソロモン海域でのカツオ一本釣漁が主で、農業はサトウキビ栽培が中心。伊良部は、「今昔物語」や「今鏡」にも見られる「緑に彩られた美しい島」を意味する日本の古語「いらふ」にちなむといわれている。まっ白に輝く砂浜と、多様な生き物を育む深い森が鮮やかなコントラストを生み出し、心を歌にして語りかけた「伊良部トーガニ」が謡い継がれている美しい島だ。近年は、体験滞在型エコ・グリーン・ブルーツーリズムの島としても注目を集めている。(「シマダス」参照)
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佐良浜港の食堂でランチ。新鮮なお魚が美味しい。
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佐良浜集落は前回歩いたので、今回は動画撮影中心の取材です。伊良部島佐良浜集落は、RC造民家が密集した集落として特筆すべきものがありますが、上から見るとやっぱ凄い!
↓DataBase
http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/okinawa_data/irabu/irabu_file.html
↓今回の動画
https://youtu.be/H-eXzdGaZk8

宮古島平良
沖縄本島の南西290kmにある宮古島の中心地。山も川もない平坦な地形から「ひらら」(平良)と呼ばれるようになったともいう。全日本トライアスロン宮古島大会などを中心に「スポーツアイランド」をめざした島おこしを実践する。平成4年、東京に続き大阪への直行便が就航し、観光やフライト産業など地域の活性化に弾みがついた。島の周囲は白い砂浜が点在し、コバルトブルーの海とサンゴ礁に囲まれ、釣りやダイビングなどマリンスポーツのメッカでもある。(「シマダス」参照)
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宮古島の中心集落である平良。夜の街を歩きました。残念ながら、土曜日なのでネオンが少なかった。
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平良の商店街です。RC造2階建の町並み。一見看板建築(RC造に見せかけた木造の町家)に見えますが、全て本物のRC造です。
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沖縄らしく日除けのルーバーをまとった家々が多いです。
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伊良部島ではなんとかドローン飛ばせたものの、天気が悪いなぁ。。。

by marunouchi_no1 | 2019-02-16 20:20 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 久米島

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(久米島町儀間)
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那覇空港から久米島空港までわずか25分。久米島に近づいたら、久米島の東にのびる「はての浜」をサービス飛行してくれました。低空飛行で右旋回左旋回し、どっち側の窓からも見られるように。
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久米島では、上図の黄字の集落を歩きます。

那覇市の西約100kmにある島。森林が豊かで水に恵まれており、昔から溜め池や用水路が整備され、水稲栽培が盛んな頃から「米の島」と呼ばれていた。また、「随書」や「続日本後紀」などの文献にも記され、琉球王朝時代から中国貿易の中継地としての役割を果たしてきた要衝の島だった。近世には遠見番所・烽火台が置かれ、19世紀半ばには十数回にわたり外国船が寄港している。また、沖縄で最も美しい島ともいわれ、昭和58年には県立自然公園に指定されている。現在では、久米島空港と那覇・羽田空港が直行便で結ばれ、歴史・文化・自然の調和したリゾート地として注目されている。現在の主産業は農業で、サトウキビが栽培されている。漁業は明治37年の大噴火で移住してきた硫黄鳥島の人々によって始められ、鳥島漁港を中心に、沿岸漁業やクルマエビの養殖が営まれている。(「シマダス」参照)
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西銘集落の重文上江須家住宅から。ところが定休日で入れませんでした。残念。上層の家らしく、立派な切石積みの石塀で囲まれていました。
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久米島には、昨日一昨日と歩いた伊江島や渡嘉敷島とは違って、木造の民家が割と多く見られるようです。
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西銘集落。沖縄はとにかく水不足が頻繁に起きていた地域ですので、家々には給水塔が設置されていましたが、現在は石灰岩のポーラスな性質を利用した地中ダムが築かれていて、その心配も少なくなりました。
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西銘集落の北側近くにある仲地集落。
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傾斜地に木造寄棟民家が多く見られます。
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コンクリートブロックの付属屋。いい風合いを醸し出しています。
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仲地集落では、家々が集まったエリアから小さな谷を挟んだところに、比較的大きな屋敷が並んでいました。
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仲地集落の大きな屋敷。
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久米島の中心市街地である鳥島。ここは、沖縄県最北端にある「硫黄鳥島」(現在は無人島)から移住してきた人たちが作った漁村集落です。
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硫黄鳥島ってどこ?今まで知りませんでしたが、なんと鹿児島県徳之島の西方にあるんですね。かつて硫黄採掘で人が住んでいましたが、明治37年の火山の大爆発で久米島に全島民が移住して無人島となりました。ですので、行政区画は今でも久米島町になっています。
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鳥島地区は久米島町の中心地で、商店街があり鉄筋コンクリート2階建てが並んでいます。日除けのために堀の深いモダニズムな町並み。
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その中に木造平屋建ても混じってます。
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ドローンから見た町割り。規則正しい現代の住宅地のようです。
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目抜き通りから南北とも一本二本入ると、大きなピースのブロック塀の町並みとなります。珊瑚の砂にセメント混ぜて固めたブロック。これが風化してくると貝殻の骨材が現れてきて、とてもいい感じになります。
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鳥島地区から東へ行った儀間地区。ここにも港がありました。
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この集落もご覧のように平坦地に割と整然と区画されている。
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一軒一軒の屋敷地は、鳥島地区より大きいかな。一部にフクギの屋敷林が残っていました。

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セメント瓦の家もモノトーンでいい。
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木材は最初は茶色ですが、日光の紫外線によりグレーに変色します。それとセメント瓦がマッチするんです。
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分棟の家も見られました。古くは炊事場が主屋から分けられていたのでしょうか。
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日陰を作るために軒が深く、したがって外周に柱が巡ります。その柱に製材しない原木の丸太を使っている場合が多い。
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島の東部に橋を渡って行くことができる奥武島へ。画像はそのさらに西にあるオーハ島を奥武島から眺めたところ。
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そしてそのさらに東に砂洲が続いているのが「はての浜」です(ドローン空撮)。
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島の北東部にある宇根・真謝集落。
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宇根地区と真謝地区はつながっており、幅4-5街区の細長い集落を形成しています。
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一軒の佇まい。
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シーサーは門柱の上と屋根の上。
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この家、なんてことないように見えるでしょうが、これこそが伝統様式である沖縄の木造平屋建を鉄筋コンクリート造に置き換えたスタイルなのです。深い庇に外縁、軒先に丸柱の構成は全く一緒。丸柱が鉄管なのが面白い。
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仲里間切蔵元痕の石塀。なかなか見ごたえありです。
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メインストレートに面する大きな住宅(棟の長さが長い)。シンメトリーの柱割りで、しかも中央に二本寄り添ってるのがインパクトあり。
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フールという豚舎。糞尿の処理を豚がするということで、外便所の隣にある。
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(ミーフガー)
久米島は沖縄本島から渡る島としては最もメジャーな離島でしょう。観光客も多いですが、それほど観光化されたイメージはなく、また自然景観が素晴らしい場所が多く、いい島でした。
来月はいよいよ多良間島が待っています。今回のような穏やかな好天を期待して、旅を終えます。

by marunouchi_no1 | 2019-01-14 20:00 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 伊江島

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(伊江村伊江島 ドローン空撮)
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本部港10:00発のフェリーに乗ります。伊江島はいい集落情報もないので、今までスルーしてきましたが、ここまで沖縄の離島を巡っていると、行かざるを得ません。
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この平べったい島は、水納島(みんなじま)という有人島です。今回いけませんでしたが、次回にとっておきましょう。
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伊江島が近くの見えてきた。
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沖縄本島北部、本部半島の北西約9kmにある。中央部がくびれたほぼ楕円形状で東西8.4km、南北3kmの1島1村の島。島の北海岸は断崖絶壁が連なり、南海岸はほとんど砂浜で島の中央から南海岸にかけて緩やかに傾斜している。北海岸からは旧石器時代のものとされる鹿の化石が出土、また縄文後期から弥生中期にかけての遺物が発見された具志原貝塚は、本土との交流を示す貴重な遺跡として国の史跡に指定されている。島のやや東寄りに標高172mの城山(伊江島タッチュー)がそびえ立ち、山の東西に広がる台地に1.244haの耕地が拓けている。第二次世界大戦の激戦地のひとつで、住民・軍人合わせて3,500人が犠牲となった歴史がある。戦後、島の64%が米軍の軍用地で占められていた。現在でも島の西部は演習場に使用され、立ち入り禁止となっている。島の基幹産業は農業で、キクの切花・葉タバコは県内でも有数の産地として知られている。島の周囲には美しいサンゴ礁がありダイビングでも有名だ。(「シマダス」参照)
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伊江島には滑走路が4つもあります。1つは画像の空港。あと3つはこの滑走路の西側に平行に並んでいます。米軍のものとか。したがって、ドローンはこの青い円の東側でなければ飛ばせません。
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↑画像の場所は青い円から外れた場所。伊江島の漁港です。そこでドローンしました。城山(グスクヤマ)の裾野に広がる集落の感じがよく撮れました。
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空撮終えて腹ごしらえ。中心市街地にある「すずらん食堂」で、ソーキそば小を頼みました。おい!これ小ですか?
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この交差点付近が中心部かな?役場の前だし、商店が並んでいます。
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その交差点から城山に向かって歩いてく。鉄筋コンクリート造の平屋建てが現れた。
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そのお向かいにブロック壁木造小屋組セメント瓦葺の家が現れた(長すぎ)。
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ここにもありますよ。赤瓦に見飽きた私としては、この形態に魅かれます。
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海に向かう道。アイストップに青い海、ブロック塀が続く。
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振り返って城山方面を見る。これが伊江集落の特徴かな。他に特徴はこれといって無し。
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民家と城山の組み合わせ。これ、夏に行ったトカラ列島の小宝島みたい。
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城山の中腹にある駐車場まで登った!
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集落をバッチリ見下ろせます。城山の山頂まで登らんでも、まぁこれでいいでしょ。
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なんだ!直接降りられる道があるじゃ無い。登りはわざわざ東から迂回してしもうた。
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伊江島公益質屋跡。なんで質屋の跡なんぞ残しているかと思いきや、戦跡だったんですね。伊江島は第二次世界大戦沖縄戦線の激戦地の1つでした。その遺構です。なんでこんなにも質屋を破壊したんでしょうか。
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うってかわって癒される花々。
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住宅街を下っていったら商店街に出た。沖縄らしい鉄筋コンクリート造の商店が並ぶ。
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そして、港へ下る道にわずかながらの商店街があった。ウーム、ここが伊江島の町並みのメインディッシュなるか。50m足らずって感じだけど、いいじゃないですか!
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で、これ何?
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さらに港方面へ下っていく。二階に赤瓦ののった建物。まぁ商業系でしょう。こういうのは珍しいですよ。
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なかなか素晴らしい!
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オットォ、伊江島にファミマがあるんだ!びっくりです。Googleマップ調べたら近くにもう一ヶ所ファミマがありました。
やっぱり伊江島はメジャーですね。
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那覇に戻って、本島北部ヤンバル料理の店で夕食。伊江島結構歩いてくたびれましたぁ。(画像は今帰仁城跡)

by marunouchi_no1 | 2019-01-13 19:30 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 瀬底島


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(本部町瀬底島)
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晴れました。今日は本島北部の伊江島に渡ります。美ら海水族館から真正面に見える島と言えば、わかりやすいかな。本島周辺の島では一番メジャーかもしれません。
ですが、その前に瀬底島の瀬底集落に立ち寄ります。橋が渡っているので離島扱いじゃないのですが、せっかくなので取り上げます。
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本部半島から海上600mにあるひょうたん型の島。おおむね台形で、琉球石灰岩を基底とする低平な島の中央部に集落がある。島内各地で縄文時代の貝塚跡が見つかり、御嶽からは陶磁器片も出土している。1736年に沖縄本島の人々を移し、瀬底・石嘉波の2村を置いたのが開拓のはじまりだ。サトウキビ農業とモズク養殖の島だったが、昭和60年2月に長さ762mの瀬底大橋が開通し、花き栽培に取り組む若者も増えつつある。瀬底ビーチもあり海洋博会場にも近く、本部町の2大観光スポットになっている。(「シマダス」参照)
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まずは瀬底ビーチから。曇ってるから海の青さが今ひとつ。向こうに見えるトンガリ山のある島が伊江島。ドローン撮影もバッチリできました。
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瀬底土帝君(せそことていくん)という文化財。「土帝君とは中国の土地神のことで、1712年に上間家の二世健堅親雲上(キンキンペーチン)が清国から木像を持ち帰り、祀ったのが始まりと伝えられています。」というもの。沖縄の土帝君では最大だそうな。一応取材。
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さぁ集落集落。島の中心の高い場所に集落は形成されています。さっそく石塀が現れた。入り口にちゃんとシーサーが置いてある。
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セメント瓦葺の棟のみ漆喰固め。
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ヒンプンのある家。この島では、ヒンプンは石積みではなく、石板を3ー4枚立てた形態が多いようです。
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石塀と木造民家のある家。分棟の佇まいがいいです。
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生活感ある。
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生活感のある家の前、切石塀が向かい合う道。
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セメント瓦にシーサー載せてる家はないけど、赤瓦葺いてる家は、ちゃんとシーサーも載せてるんだぁ。
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花ブロックな商店。これぞ沖縄でしょ。
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フクギ林と赤瓦。
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木造寄棟の民家が並ぶ。後ろは立派なフクギ並木。
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これが後ろ側です。
さぁ伊江島にわたろうか。

by marunouchi_no1 | 2019-01-13 19:00 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 渡嘉敷島

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(渡嘉敷島 阿波連ビーチ)
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1年ぶりの沖縄に来ています。今回のテーマは「海界の村を歩く 渡嘉敷島・伊江島・久米島」本島の周辺の東シナ海に浮かぶ、まだ行ったことのない島々です。
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昨日から雨が降っていましたが、今日は晴れ間が見えてきました。だんだん回復の見込みなので、2便のフェリーでゆっくり渡嘉敷島へ渡ることにします。
県庁前の喫茶万丸でモーニング。やっぱ沖縄はあったかいです。ジャケット持って出たけど、いりませんね。ホテルに置きに戻ろうか。
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泊港まで58号線を歩きます。松山あたりで雨がパラパラ。不安定なお天気だ。
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海に出ると風が強い。こりゃドローンは無理かなぁ。
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那覇泊港10:00発のフェリーで1時間強で渡嘉敷島に到着しました。バイクを借りて、まず南の阿波連集落から歩きます。

渡嘉敷島
那覇の西海上30km、慶良間諸島の東端にある島。島内からは先史時代の遺跡が発見されている。古くから聖地・御嶽の多い島として知られていた。17世紀半ばには中国と沖縄本島を行き来する船の監視のために、座間味島・渡名喜島・久米島などと並び烽火台が設置された。また、慶良間の他の島々と同じく優秀な船乗りを輩出してきた島でもある。第二次世界大戦末期には激しい空襲と艦砲射撃を受け、米軍上陸後、約半数の住民が集団自決した。現在、島にはビロウやモクマオウが生い茂り、白い砂浜が広がるなど南国の自然が美しい。海洋専門家の調査では水深50-60mに及ぶ海の透明度は世界屈指と称賛され、国内有数のダイビングポイントともなっている。春先にはザトウクジラが島の周囲を回遊し、ホエールウォッチングで賑わいを見せる。周辺海域は沖縄県でも有数の好漁場で、小規模ながら一本釣り・はえ縄漁などが営まれている。(「シマダス」参照)
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阿波連集落とビーチ。世界でも屈指の透明度を誇るそうです。曇ってるのでチト残念。
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渡嘉敷集落の方からやってくる通り。赤瓦ですが新しい建物。とにかく戦災にあっていますから、古い家はありません。
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塀に絵が描いてあるところが多いです。この感じ、いいでしょう。
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阿波連小学校。塀に子供達の描いた絵かな。
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集落からチラ見する阿波連ビーチ。
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集落の宅地割りは、いわゆる沖縄らしい碁盤の目。民家も沖縄ではお馴染みの鉄筋コンクリート造平屋建てです。
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鬱蒼と茂った屋敷林。
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渡嘉敷島は猫が多い。
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阿波連集落の家々は、かなりの数が民宿とか飲食店だったりする。ここも入ってみたい飲食店だった(営業時間外)。
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これも沖縄でよくある家。鉄筋コンクリート造の陸屋根で、柱が伸びてるタイプ。将来の増築対応でしょう。
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石敢当は交差点の魔除け。右奥にやっと石塀が現れた。
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阿波連では数少ない石塀。隆起珊瑚礁の島じゃないから石があまり採れないのかなぁ。
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集落の最も海から離れた所にいい町並みがありました。棟の長さが短い沖縄らしい寄棟屋根の家。
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そして、そのならびに赤瓦葺き石壁の建物があった。付属屋のようでした。
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石垣石塀のお屋敷。建物は古くはないけど、塀はそれなりに古そうだ。
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入り口だけ切石、そしてヒンプンも残ってる。
阿波連集落は、ビーチとの組み合わせが素晴らしいものの、町並みとしては今ひとつでしょうか。
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戻って渡嘉敷集落へ。今日は成人式だそうで、役場前の公民館に村の人たちが集まっていました。成人って何人だろう、、、
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昔のミニだ。錆びてるところが島っぽくいい感じです。
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塀に大きな魚の絵。渡嘉敷集落も随所の塀に絵が描かれています。
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古民家発見!
おぉ!地盤面より埋まってる。これ、渡名喜島の集落でも見ました。道路より、屋敷地の地盤が低いんですよね。理由は下記参照。
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このコンクリート塀で囲まれ、コーナーが円形(クルマが曲がりやすいように)になっている家も、沖縄ならではです。今の私には赤瓦より響く!
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門柱の上に据えられた焼き物の魔除け。
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貝殻混じりの砂利を固めたブロック塀。実はこの塀が私は最も好きなのです!これ、戦後だと思うけど、石塀に負けず劣らずのいい感じなんですねぇ。
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伊江村民?
戦時中に伊江村の人たちが渡嘉敷島に収容されたそうです。伊江村は明日行きます。
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渡嘉敷集落を奥へ奥へと歩きます。村役場を過ぎたら、集落が古くなってきたぞ!石塀や瓦屋根が発生。
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ヤギが登場。建物が除去された屋敷地の原っぱに、二頭のヤギが。
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そして、石塀現る。コレの割合でDataBase の星の数が変わるんだなぁ。
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とはいえ、ブロック塀もいい!ブロック塀だけだと無機的なんだけど、窓に木がはまっていたり、屋根が錆びまくった折板だったりするのがいいんですねぇ。
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そしてやっと、殿内クラスの屋敷が現れました。高い切石塀のお屋敷!
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根元家の石垣(村指定有形文化財)だけあって、素晴らしいです。
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当家は、琉球王朝時代にこの島の男たちが水主(唐や薩摩へ行く船の乗組員)として唐船(進貢船・接船)や(薩摩へ行く御用船)で活躍した頃に繁栄したと伝えられている。」(渡嘉敷村HPより)
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そして、その根元家の正面の道は渡嘉敷神社への参道。古い集落の主軸の通りのようです。
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渡嘉敷神社。
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夕方近くになって風が和らいだ。よーしドローンあげちゃろ!ということで、再び阿波連へ。ギリギリの風速でしたが、なんとか帰還できてよかった。渡嘉敷集落も、海と川沿い上空から撮影できてよかった。しかし、画像見て思うけど、沖縄っぽくないなぁ。

by marunouchi_no1 | 2019-01-12 08:36 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 西表島

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(西表島イダの浜)
八重山の島里を巡る旅。最後は西表島です。石垣から高速船で40分。大原港行きは環礁の中を走るので、昨日の鳩間島のようには揺れません。
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西表島も23年ぶり。前はサクッと回って、目ぼしい集落は無しとして、浦内川ツアーとか自然鑑賞でした。今回は、ないと思ってた集落を発掘するぞ!
西表島

石垣島の西30kmにある。県内では沖縄本島に次ぐ大きさで、標高470mの古見岳をはじめ、亜熱帯原生林に覆われた300~400mの山々が連なっている。数10kmに及ぶ河川も多く、下流域ではマングローブ林が広がっている。西表島を評する言葉は数多い。東洋のアマゾン、南海の秘境など。イリオモテヤマネコやセマルハコガメ、サキシマスオウノキなど天然記念物や希少生物の宝庫である。かつては開拓入植を頑固に拒み続けた亜熱帯ジャングルの島だったが、近年は竹富町の一大農業地域、一大観光地域に成長した。(「シマダス」参照)

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石垣港旅客船ターミナルの貼り紙。西表に外から猫を持ち込んじゃダメ!と言わんばかり。
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遅い朝日が昇る。古見浦の干潟が幻想的だ。マングローブの根っこの形が面白い。
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西表島は原生林の島。外周道路が一本で(1/3周は道路無し)古い集落として、西海岸の祖納(そない)くらいしか挙げられていません。
東海岸の古見という集落も、それなりに古いそうですが、どうかな。
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フクギの挟まった石塀の屋敷があった。家の特徴は沖縄らしい形だけど、屋根が面白い。
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トタン葺で棟だけ赤瓦がのっている!こういうの石垣島や鳩間島でも見ましたが、なかなかカッコいいなぁ。ハイブリッドな感じでとても新鮮です。
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この屋根もそう。棟瓦の漆喰が新しいから、トタンと同化して綺麗だ。
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粋な現代建築の住宅がありました。美しいプロポーションです。部屋からは古見浦が一望できるのでしょう。
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後良川の河口。マングローブで埋め尽くされている。
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浦内川の河口。以前、ここから船に乗って川を遡りました。懐かしいなぁ。
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西海岸の祖納浦。ほんと綺麗な海だ。
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古い集落なしと言われている西表島ですが、ここには指定文化財の古民家があります。ということは、あるぞきっと。
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うーむ、あるある。
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2匹のシーサー。ちょっとやりすぎ感あり。
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港に石垣が高く積まれた場所があって、石階段がある。物見台か番所かなんかがあったのかな。そんなイメージ。
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ナンジャ?金星文庫?
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物見台のような石垣大階段を見た。軸が通ってますな。
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物見台の脇を歩いて行く。
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すると、サンゴ礁の石垣の向こうに草屋根が現れた!県指定文化財 新盛家住宅です。
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沖縄県内最古ですって!現存最古の古民家が西表島にあったとは知らなかった。
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上層の民家は赤瓦ですから、沖縄で草屋根はほんと珍しいですよ。
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出ましたトタン+棟のみ赤瓦。というより、トタンが錆びて赤瓦みたいになってる。
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石造りの六角井戸がありました。やっぱ古い集落なんだ。
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石畳の古道まである。
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サンゴ石がサンゴ礁そのもの、素朴ですね。
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この赤瓦の民家は公開されていました。入るとお爺さんの解説に捕まりそうだったので、逃げてきた。。。
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結構石垣石塀が見られます。祖納(そない)星3つはかたいいい集落でした!
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さぁ、いよいよ西表島最奥の集落へ。船浮集落は船でしか行くことができません。離島にあるので表現が難しいですが、文字通り陸の孤島です。西表島外周道路の終点、白浜港から渡船に乗ります。
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もっとチンケかと思ってましたが、割と立派な船でした。
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時間はわずか10分ですが、高速艇なので湾を一跨ぎ。画像は船浮集落。
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船浮港から湾の入り口に鎮座する外離島を眺める。この島、かつては炭鉱があって賑わったんだそうです。西表島に炭鉱とは意外でしょ。
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船浮集落の町並み。
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伝統的な家屋あるいは屋敷構えはほぼない感じ。
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ハーバー。
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沖縄の集落に必ずある広場空間。祭事に使うのでしょう。
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船浮集落の町並み。
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こんなところに研究所?なんとここが、西表島捕獲の地なんです!
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船浮御嶽。
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集落端部の民家
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船浮小中学校。デッカくてびっくり!鳩間島と変わりません。
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ここにも石造りの六角井戸がありました。歴史はあるのでしょう。
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集落から500m離れた、半島の反対側にあるイダの浜を目指します。途中に水場がありました。ここだけヒンヤリしていて不思議。
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イダの浜です。徒歩でしか行けない浜。綺麗でした!
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大原港への帰りに土砂降りの雨。水牛で渡る由布島は取りやめました。ちょっと残しておくのも大事なことです!(海界の村を歩く 最後の八重山紀行 おわり)
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by marunouchi_no1 | 2017-12-24 17:45 | 沖縄県