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復興の町を歩く 岡山(岡山県)

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(岡山県岡山市)

備讃瀬戸の島旅の前後で、復興の町である岡山を歩きました。
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↑岡山市の戦災都市概況図のように、岡山の中心市街地は、北と西の端を除いてほぼ戦災を受けています。戦後全国の戦災都市が復興都市計画を実施していますが、岡山は他にない特徴が見られます。それは、円形交差点です。つまり、モータリゼーションに対応した都市を考え、欧米で見られるロータリーを導入しようとしたのです。しかし、いずれもロータリーは定着せず、十字交差点になっています。町並みだけが円形で、その前に妙な空間が形成されています。
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↑柳川交差点の空中写真。柳川交差点は、南北の柳川筋と東西の桃太郎大通りが交わる場所。岡山駅前からの路面電車も二手に分岐します。画像のように交差点に面する敷地が綺麗な円で切り取られているのがわかるでしょう。
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南西角の町並み。円形交差点は十字交差点のように角切程度では終わらず、複数の敷地に跨ります。つまり、交差点にしか面することができない敷地ができます。
そして、このようにビルのファサードが見事な円弧を描いている。
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東南角の敷地は1つですが、現在高層ビルに建て替え中でした。低層部が円弧になっています。
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東南角の建て替え前。20年くらい前に私が撮影した写真です。
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北東角は複数の敷地が並んでる。
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20年前とあまり変わっていません。
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北西角は超高層マンションに建て替わっていました。
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かつては、住友銀行の支店が建っていて、円弧のファサードでした。
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柳川交差点の1つ南にある大雲寺交差点。
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南東角に、複数棟による綺麗な円弧の町並みが見られます。
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さらに南の清輝橋交差点。路面電車の終点です。ここは、五角形の歩道橋が架かっています。
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南東角の町並み。看板建築が多角形で並んでる。流石に円弧は難しかったのかな。
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北東角は円弧状のビルでした。
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十日市三叉路の交差点も円形。ここまでくると全く円形にする必要が感じられない。
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ひと回り小さな円形歩道橋が架かっています。
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次に旧西国街道(旧山陽道)を歩きます。旧西国街道は、上図のように、岡山市内をジグザグに通過しています。
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旭川の京橋が旧西国街道です。画像は西岸から東・西中島を見たところ。いずれも旧遊郭の島です。
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京橋から西大寺町へ西進する旧西国街道。銅板の建物は大手まんじゅう本店。
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西大寺町商店街のアーケード。トップライトがないので、とても暗い。
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この店、かつてはキャバレーだったそうです。
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千日センター街は、かつての映画館通り。映画館はなくなり空き地が目立っていました。
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夜の飲食店が集まったビル。
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千日センター街
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アーケードの看板に「白鳥座」「テアトル岡山」などの映画館の名前が偲ばれます。
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表町商店街の大アーケード。西進してきた旧西国街道は、表町で北へと進路を変えます。
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一番北のアーケード街は形と沿道の建物の形態が違う。建物が防火帯建築のように大きく、やや後退してや建っています。
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沿道のビルの中。アーケード側に長い廊下が付いている。よくある防火帯建築のスタイル。
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岡山城と大正12年築の禁酒会館
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オランダ通りの町並み。表町アーケード街に並行した飲食店街です。
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左手前のほろよいマンションは飲食店ビル。
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ほろよいマンション
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場所は変わって、岡山駅西口です。
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表町を北進した旧西国街道は、岡山城の西側弓ノ町辺りで西へ進路を変えます。そして、現在のJR山陽本線を横切って、奉還町を形成している。
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奉還町は旧西国街道にあたる商店街。
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このあたりも戦災にあっていますので、戦後スタイルの町並みです。
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戦後と言えども昭和レトロ、今や珍しくなりつつあります。
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奉還町のアーケード街を西へと歩いていくと、途中で雰囲気が変わるところがある。戦災都市概況図でいう戦災地区から比較戦災地区へと切り替わるあたり。
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建物は戦前戦後混じっていますが、街のつくりが変わりました。
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沿道の建物も小粒の木造看板建築に。
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そして、さらに西へ進むと、アーケードはなくなり、明らかに非戦災地区だとわかる建物が現れた。
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岡山では城西の出石町に戦災のない町並みが見られますが、ここ奉還町はそれに続くものでしょう。
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戦前の洋風建築のディテールも見られました。

by marunouchi_no1 | 2018-02-25 22:00 | 岡山県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 犬島

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(岡山県岡山市犬島)

2年前、アートな島としてグローバルに人気のある豊島と犬島を歩こうとしましたが、高松港で乗り場がわからず直島行きのフェリーに乗れず、犬島を断念したことがありました。今日はそのリベンジです。
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高松港から、2年前に乗るはずだったフェリーに乗り、直島で旅客船に乗り換えて、犬島にやってきました。平らな島で、煙突が何本も見えます。
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岡山市の東部沖合2.2kmにある岡山市唯一の有人島。温暖な瀬戸内式気候に恵まれている。元禄年間(1688-1704)に入植が始まる。古くから石の島として知られ、鎌倉八幡宮の石鳥居、岡山城、大阪城、江戸城などにも犬島産の石が使われている。明治30年代の大阪港築港のための採石業と40年代の銅の精錬業などで隆盛を極めた時代があり、大正7年には小学校、昭和22年には中学校が開校された。昭和44年には岡山市に合併し、その後の経済変化による企業撤退、住民の減少や高齢化により小中学校ともに平成3年には廃校となり、今では採石業と化学工業があるのみとなった。「煙突と石の島」のイメージを持つ島で、精錬所跡や数多くの採石場跡が当時をしのばせる。(「シマダス」参照)
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犬島港。明治期は採石と銅の精錬で隆盛を極めたそうですが、港周辺はひっそりとしたものです。
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ただ、このように石がゴロゴロしていました。露天掘りの跡と思われる池もあって、採石の島だったことが偲ばれます。
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集落に多く見られる石垣石塀。
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港から集落へ入っていくと、かつての商店が並んでいます。ここは銀行かしら。栄えてた証かな。
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集落を高台から見下ろします。本瓦葺の入母屋造、瓦を貼った土壁など、岡山らしい。なるほど立派な家が多そうだ。
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島の西側に向かう。
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犬島の西側にある犬ノ島。泳いで渡れる距離ですが、橋はかかっていません。まるごと化学工場の敷地になっています。
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島の西側には今でも現役の採石場があります。
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中心集落へ戻ります。犬島は明治期の銅の精錬所跡を10年前に美術館として整備し、今では国内外問わず多くの観光客が訪れます。そして、島のあちこちにアートが設えられていて、散策を楽しむことができる。
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空き地を使ったアート。
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様々なアート作品が古民家と共存しています。
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そして、島の東側一帯には銅の精錬所があった。
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その遺構は、美術館と共に整備されています。美術館は建築家三分一氏が設計したもの。内部は写真撮影できませんので載せられませんが、外部はOKです。美術館の最後にガイドのおばやんが居て、ものすごい圧倒される勢いで説明してくれます。強烈ですよ〜。
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精錬所の煙突を使った自然換気、精錬所煉瓦を使った蓄熱など、自然の力を利用して、美術館は動力のない空調をしています。
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煉瓦は一般の煉瓦ではありません。銅の精錬で排出されるスラグ固めたものだそうで、ほとんど鉄だそうです(強烈おばやんから受け売り)。
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煙突は6本残っています。ところが円形は丈夫ですが、八角形は皆崩れています。円形に比べて弱いそうです(強烈おばやんから受け売り)。
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一番奥に残る建物の遺構。煉瓦壁だけ残っていて、手前の壁と屋根がない。
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煉瓦壁の納まりから、屋根と手前の壁は木造だったと思われます。
犬島は、是非シーズンオフに訪れてください。静かでいい島旅となるでしょう!

by marunouchi_no1 | 2018-02-25 21:00 | 岡山県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 新居大島

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(愛媛県新居浜市大島)

愛媛県の最東端に位置する新居浜市大島へ。大島は愛媛県内にも複数ありますので、ここは通称で新居大島と呼ばれています。
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黒島港という小さな港から渡船が出ています。僅か15分という近さです。
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新居浜市の東海上に位置する島。「新居大島」の通称がある。古代以来、燧灘唯一の良港として知られていた。伊予水軍の統領・村上義弘の生誕の地とも伝えられ、中世には水軍の根拠地となった。水軍にまつわる遺跡が島内に残されている。近世以降は長崎〜上方間の寄港地として栄え、元禄年間(1688-1704)には「金島」とうたわれるほどだった。島内は傾斜地が多く、耕地は狭い。集落は新居浜側に面した南部に密集している。気候は、瀬戸内式で多照募雨温暖型。海水浴、魚釣り、潮干狩り、ミカン狩りなど広く憩いの場になっている。島の周辺地域には、好漁場に恵まれており、漁船漁業を中心に小規模多魚種の漁業が営まれている。(「シマダス」参照)
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集落は、海岸線に沿った平地にベターッと広がっている感じ。背後の斜面にも駆け上がっていません。
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船着場前の古そうな民家。
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海岸線と平行で一本山側に入った通りが、集落全体を貫くメインストリートです。その通りを西端から入ります。
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一軒一軒、敷地には塀が巡らされている。
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庭もきちんと管理されていて、裕福な島だなぁという印象。
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かつては酒屋さんかな。ホーロー看板あり。
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メインストリートから海へ向かう縦道。ここにも板塀が続く。
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空中写真で見ても、庭を持つ敷地が多いことがわかるでしょう。耕地は少なく漁業を営んでいる家が多いそうですから、漁業で潤ったのでしょうか。
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白漆喰で壁から軒まで塗り籠められた古民家。
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付属屋と塀で囲まれた屋敷地。いやぁ立派なもんです。
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集落の奥行きが一番深いエリア。その最奥に寺院がありました。
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門前のパン屋さん。観光客も来ない島なのに、オサレなパン屋さんがある。
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東部エリア。料亭を思わせる建物あり。
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これだけ大きく、漁業で栄えたのであれば、料亭があってもおかしくないか。
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新居大島は、集落の規模や家々の立派さに驚かされました。一方、そういう意味で、島らしくない集落でもあったかな。

by marunouchi_no1 | 2018-02-25 20:00 | 愛媛県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 手島

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(香川県丸亀市手島)

石島から宇野港に戻り、JR瀬戸大橋線では行かず、フェリーで四国高松へ。レンタカーで丸亀に着きました。明日早朝6:05の定期船で塩飽諸島手島へ渡ります。
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丸亀港の北21kmの海上に位置する。平家の落人が住みついて集落ができたと伝えられている。本島と同じく人名の島だった。瀬戸内の温暖な気候を利用した農業が主体である。かつてタイ網漁で賑わった豊かな漁場があり、市内外からやってくる釣り客に親しまれている。また、手島供養踊り、新嘗踊り、やっとこせ踊りなど芸能・民俗も豊富だ。(「シマダス」参照)
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今日は昨日とはうって変わり、冷たい風が吹き荒れてる。爆弾低気圧が北日本にあって大荒れの空模様だそうで、瀬戸内も余波を受けているます。みてください、この海、日本海じゃないですからね。
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手島に着きました。この島、滞在時間が4時間45分もあるので、慌てることはない。日が差すまで港の待合室で待機します。
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集落にようやく陽が当たってきた。探訪開始。
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手島集落は漁村ではなく農村の様相。庭を持つ屋敷地がゆったりと並んでいます。
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そして、讃岐ならではの本瓦葺。いいですね。これだけで☆1つ上がります。
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海岸線から1列目のところに大きな屋敷が並んでいます。
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屋敷地は、主屋付属屋によって囲まれている。せせこましい漁村とは対照的です。
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高札場が残っているのも珍しいですが、近くの櫃石島にもあったかな。
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集落は背後の斜面にも広がっている。その地中から港を眺める。
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立派な石垣を築いて広い屋敷地を造っています。瀬戸内の島々はそもそも花崗岩盤でできていますので、採石には苦労しません。
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本瓦葺の大屋根。いい味わいじゃぁないですかぁ。棟のところが朽ちて壊れてますが。
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波型ポリカーボネートで屋根と壁を覆った小屋。シンプルで、汚れた感じもイイ。
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集落の平部に戻ってきました。屋敷が大きく立派です。
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集落の1/3を歩いて45分。寒さに居た堪れず、港の待合所に戻って暖をとる。マフラーをマチコ巻きにして、さぁ中盤戦スタート。
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海岸線から一本入った道が集落のメインストリート。
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本瓦葺入母屋屋根の町並みが続く。角Rの漆喰の剥がれた土塀が美しい。
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平部の屋敷地。外周を主屋・付属屋・塀で囲み、中庭が形成されているます。そこを覗いたところ。空き家ばかりですから怒られません。
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斜面の屋敷地。石垣を積んで、広い屋敷地を造成し、平部同様に周囲を囲んだ屋敷構えをしています。下からアクセスする入口が特徴的。
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入口から中庭を除く。
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違う家。島とは思えない立派ですよね。
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メインストリート(横道)へ出る縦道。大きな屋敷には蔵があります。
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再度港の待合所で休んだ後、最後の3/3を歩きます。集落は2つの山の間の平部に広がっていますが、今まで歩いた斜面と反対側の斜面に神社があります。その参道から集落を見渡す。
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港から遠いところの集落。
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高台を越えると島の反対側(西側)の浜に出ます。海水浴に良さそうな砂浜が続いていました。
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メインの集落からやや離れたところに、数軒の家が集まっているエリアがあります。その中心には大きな屋敷がありました。
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主屋の正面側を洋風・下見板張りの大壁にしています。手島集落で一もしくは二の大きな屋敷と思います。隣の讃岐広島にも離れた場所にポツリと豪邸がありました。このように豪邸が集落から離れて存在することはよく見られます。
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4時間45分を持て余すことはありませんでした。しかし寒かったです。

by marunouchi_no1 | 2018-02-25 20:00 | 香川県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 石島

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(岡山県玉野市石島)
今回の島旅は、岡山空港発着で岡山県の石島/井島(同じ島)と犬島、香川県の手島、愛媛県の新居大島を歩きます。
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岡山から瀬戸大橋線〜宇野港線を乗り継いで宇野へ(画像の玉野)。宇野は瀬戸大橋がかかる前、四国への宇高連絡船の乗り継ぎ駅でした。そんな町だからなんかありそう。
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何スカ?この駅舎のデザインは。趣味ワル。
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港へ向かう通りにあった昭和な看板建築の町並み。
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町の西側に古い町並みを発見。港のあるエリアが「築港」という地名なので埋立地なのか。この山裾のエリアが古くからの集落なのかもしれません。
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この地方ならではの海鼠壁をまとった蔵を配する大きな屋敷。
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その屋敷の前に、前面だけ洋風の病院があった。
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さてさて、本題の石島に渡りましょう。定期船ではありますが、市が補助金を出して海上タクシーを活用したもので、事前に予約が必要です。
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この島、石島といったり井島といったりします。島の北側が石島で岡山県、南が井島で香川県。江戸時代に領土争いがあって島が2つの国にまたがることになったそうです。こういうのは珍しい。

本土から約6km、瀬戸内海に浮かぶ小さな島。東端に戸尻鼻、西端にヘガラ崎という小さな岬があり、この岬を東西に結ぶ稜線に石島山がある。この稜線を境として南側が香川県香川郡直島町「井島」、北側が岡山県玉野市「石島」である。南側直島町域には住民はいない。島内からは石器や土器片が出土し、3基の古墳がある。江戸時代に傾斜地(天領)の直島と岡山藩胸上村の間で領有権と漁業権を巡って紛争が始まった。以来、二度にわたる幕府への提訴で国境が決定し、現在に至っている。元禄年間(1688〜1704年)に胸上村から3戸9人が移住、開拓が始まった。産業は漁業がちゅうしんで、特にノリの養殖が盛んだ。(「シマダス」参照)。
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長細い島の北側にひとつだけ集落があります。黒い本瓦の入母屋屋根がいくつか見える。これは期待できそうだぞ。
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港に沿って歩きます。バッテン型海鼠壁の家もある。
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港に面しては作業小屋のような建物が並ぶ。こういう波型折板も味わいがあります。
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干物が高〜い所にセットされていました。たぬき対策だな。
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集落の内部へ入っていきます。これは縦道(海岸線に平行な道を横道、垂直な道を縦道と私は呼んでいます)。
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左が横道、右が縦道。
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瀬戸内の島は花崗岩でできているものが多いですが、ここ石島もその名のごとく花崗岩の島です。集落内にも港の護岸や石垣石塀に土地の石材が使われています。
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集落を歩いているとあちこちにゴーッと音を発している建物があります。そして、その横に大きなタンク。これらは、海苔を乾燥させる施設のようです。
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ここにも海鼠壁の家。
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背後の斜面から集落を見下ろす。古い家が数棟ありました。
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手書きに味がある。
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船溜り
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港にあった黒板。縦に曜日、横に人名。なんでしょうね。
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基本的に主屋や付属屋・塀が囲む屋敷構共通。
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船溜り前の家並み。この辺りに放し飼いの犬が居て、近づく度に吠えられていました。ところが、触ってあやすと静かになった。以後、吠えなくなりました。集落の番犬です。
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瓦が綺麗です。
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滞在時間4時間は持て余す。ゆっくり歩いて1時間半。話好きな91歳のおばやんと話し込んでうたら、島で採れた海苔食べていきなさいと。家に上がり込んで、コーヒーもご馳走になりありがとうございます。30分潰れた!
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さぁ、まだ2時間近くある。おばやんに教えてもらった集落の裏山を歩いてくるか。
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石島/井島の空中写真。緑が少ないでしょ。実際、山には高木がほとんどなく、ハゲ山です。
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高木がなく、石がゴロゴロ。これは、2011年に発生した山火事のせいで、何と島の山林の9割を消失したそうです。
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左に見えるあかりは集落。背後の山がこんなになったんだから、それはそれは恐ろしかっただろうに。
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下に見えるのが集落です。いずれ緑豊かな島に戻るのでしょう。

by marunouchi_no1 | 2018-02-25 20:00 | 岡山県  

海界の村を歩く 太平洋 初島

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(静岡県熱海市初島)

熱海港から高速艇でわずか25分、初島は相模湾に浮かぶ小さな島です。
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「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ」と源実朝の和歌にも詠まれた、東西約1km、南北約600m、熱海港から約10kmの相模湾に浮かぶ小さな島。海岸線には松林が連なり自然環境に恵まれる。古くからアワビ、イセエビ、イサキなど豊富な海産物とジャガイモ、ダイコンなどの農産物によって生活が営まれてきたが、近年は離島ブームなどで島を訪れる人も増え、観光業が中心になってきている。(「シマダス」参照)
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上図のように簡単に一周できる小さな島で、北側に漁港と集落が一つ形成されています。そして、エクシブ初島クラブと初島バケーションランドなどのリゾート施設があります。
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観光客の目当てはこれらのリゾート施設がほとんどで、釣り客が5パーセントかな、集落目的は当然私一人。
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熱海からの旅客船が大きく見えるほど港はこじんまりしたもの。初島バケーションランドは1964年の高度成長期の観光ブームに乗っかって富士急が開発した施設。初島クラブはバブル期に建てられたリゾートホテル。初島クラブの方はその後経営破綻して、現在はエクシブが会員制コンドミニアムとして営業しています。静かな離島が、戦後の二つの好景気で開発された島ということ。
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港から時計回りに島を一周する通りには飲食店が並んでいます。食堂通り」というそうで、海鮮丼など島ならではの新鮮な海の幸を食すことができる。
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海岸線から約5mくらいの崖線を上ると集落のレベル。画像は途中から眺めた食堂通りの家並みの屋根。
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初島小中学校。立派な校舎でした。確かに集落には子供達が結構いましたね。
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初島小中学校の校歌ですが、なんと、阿久悠作詞、三木たかし作曲です
「地球の丸さを知る子供たち」
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集落は、1998年版シマダスデータで、175世帯・266人。港近くの平らな場所に密集しています。
江戸時代からの家は41戸あるそうで、観光化される前までは、その41戸が増えもせず減りもせず維持されてきたそうです。
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集落内のパブリックな通りにはブロックのペイブメント施されていて、家々が所狭しと並んでいます。ほとんどが戦後の住宅スタイル。
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ちょっと古そう。
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「飲物自動販売機センター」という看板がついた建物。かつては店だったのかな。
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子供達が遊んでる集落はやっぱ活気があっていいです。
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初木神社
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井戸タンクの上に島で採れた岩のりが干してった。子供たちがどこの岩で採ったのか教えてくれました。
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観光化されてますが、集落内は素朴な漁村の風景。
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集落の後ろに切り立った崖線を上ります。
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崖線の上はフラットのなっていて農地が広がって、作業小屋が点在していました。
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漁港前にある初島漁協スーパーマーケット。
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島の集落はゆっくり2周歩いても1時間で十分。時間つぶしで、古くから天草を栽培し島の名物となっている「ところてん」を食しました。
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ここ単独で来るほどの島里ではありませんが、熱海の町歩きと合わせてみてはいかがでしょう。

by marunouchi_no1 | 2018-02-04 19:48 | 静岡県  

遊里を歩く 熱海

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(静岡県熱海市中央町)

冬の土曜日の夕方、思い立ったように東海道新幹線こだま号に乗りました。行く先は熱海。東京駅からわずか45分のスパリゾートです。
熱海は近世から有名な温泉場で、近代になって保養地として発展した街です。平地の少なく斜面に都市が形成されていったので、独特な空間が形成されています。
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旧市街は海に近い平地にあり、一方熱海駅は斜面の中腹にできたため、駅から旧市街に向かって、近代的な街が展開します。ワインディングロードに沿って建物が建っている感じ。モナコみたい!
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中心繁華街に流れる糸川沿いには、「あたみ桜」が、狂い咲きならぬ早咲き。すでに9分咲きに近い。
さて、温泉地とは遊興の地でもあります。中央町の旧レッドライン地区へ。
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おぉっ!こってりした戦後モルタル看板の遊里建築だ。
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土曜日だからでしょう、ちょっとネオンの数が少ない。
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遊里には必ずあるタクシー会社のステーション。その建物も遊里建築でした。
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銀座通り商店街。前に行ったことのある「釜つる」という干物屋さんがやってる飲み屋で一杯飲みました。
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今宵は熱海泊といきたいところでしたが、にわか計画で、いい宿が残っていなかったので、丹那トンネル越えた三島駅前に泊まります。
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日曜日の早朝、正規の探訪開始!
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熱海駅から中心繁華街へと向かう玄関的存在の仲見世商店街。となりの平和通り名店街とともに、よく見ると結構いい町並みです。(帰りはものすごい人でごった返してました)
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平和通り名店街を出たところにあるビル。円弧を描きながら下って行く道路線形に沿って建てられた長屋ビル。
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ソリッドでしょ!
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この町並みは素晴らしくイイね。熱海ならではといってもいいでしょう。モナコみたいに公道レースとかやったら面白いんだけどなぁ。
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昨夜も撮ったヘアピンカーブの町並み。
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駅から下ってきた咲見町通りと中心市街地の目抜き通りである銀座通りとの交差点。そこにランドマーク的存在である和菓子屋「ときわぎ」があります。
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銀座通りは海に向かって一直線。
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咲見町通りを先に行くと糸川。あたみ桜まつりです。
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さぁて、昼の中央町を歩きましょう。
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一見してそれとわかる旧レッドの建物たち。
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こういう左右非対称なデザインも珍しい。
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素晴らしいですね!
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これは、遊里建築のモダニズム版でしょうか。
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そうか、あのタクシー会社の建物は、アイストップに位置していたんだ。
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中央町の町並み。建物は全て戦後でしょう。
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さらに南(伊東方面)へ進んで行くと初川があり、面して「熱海芸妓見番所」がありました。歌舞練場を併設しています。
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熱海港から眺めた街。斜面上に展開し折り重なる都市の風景。
ここから一旦初島往復して、町歩き再開します。
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海岸線に近い渚町。銀座通あるいは中央町の先にあたる平坦な場所で、埋立地に形成された新地でしょう。
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国道135号線の上り下りの間の町で、なぎさ仲通りに沿って町割りがされています。その中一角に「渚発展会」というディープなエリアがある。
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ここはまさに新地。かつてはブルーラインだったそうです。そげな建物が密集する。
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なぎさ仲通りから海岸通りに向かう4本の細い道が夜の飲食店街。
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いいですねぇ。こういう町並みに癒されるのは私だけ?
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その中にある南風食堂という店でランチ。
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中心市街地には多くの観光客が。あたみ桜まつりのせいかな。
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銀座通り商店街を山の方へ歩いていきます。ここも昭和でモダンな町並みだ。
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咲見町通りとの交差点を越えると坂道の勾配がきつくなっていく。
ここは源泉・熱海七湯のひとつ大湯間歇泉。現在は電動じかけで、4分おきに吹き上げます。
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湯前神社横の「大湯日航亭」。日本航空とは関係ないです。やっと古そうな建物に出会えた。
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いよいよ斜度が増す。階段路地を上る。
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見晴らしの良いところに出ました。大きなビル状のホテルは邪魔ですね。海が見えない。
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糸川沿いに下って行く。糸川沿いは古い建物や寺があって、熱海の古い町並みの一つになります。
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こうして糸川に出っ張って立ってる。土地の少ない熱海ならではですね。



by marunouchi_no1 | 2018-02-04 17:22 | 静岡県