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海界の村を歩く 東シナ海 久米島

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(久米島町儀間)
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那覇空港から久米島空港までわずか25分。久米島に近づいたら、久米島の東にのびる「はての浜」をサービス飛行してくれました。低空飛行で右旋回左旋回し、どっち側の窓からも見られるように。
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久米島では、上図の黄字の集落を歩きます。

那覇市の西約100kmにある島。森林が豊かで水に恵まれており、昔から溜め池や用水路が整備され、水稲栽培が盛んな頃から「米の島」と呼ばれていた。また、「随書」や「続日本後紀」などの文献にも記され、琉球王朝時代から中国貿易の中継地としての役割を果たしてきた要衝の島だった。近世には遠見番所・烽火台が置かれ、19世紀半ばには十数回にわたり外国船が寄港している。また、沖縄で最も美しい島ともいわれ、昭和58年には県立自然公園に指定されている。現在では、久米島空港と那覇・羽田空港が直行便で結ばれ、歴史・文化・自然の調和したリゾート地として注目されている。現在の主産業は農業で、サトウキビが栽培されている。漁業は明治37年の大噴火で移住してきた硫黄鳥島の人々によって始められ、鳥島漁港を中心に、沿岸漁業やクルマエビの養殖が営まれている。(「シマダス」参照)
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西銘集落の重文上江須家住宅から。ところが定休日で入れませんでした。残念。上層の家らしく、立派な切石積みの石塀で囲まれていました。
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久米島には、昨日一昨日と歩いた伊江島や渡嘉敷島とは違って、木造の民家が割と多く見られるようです。
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西銘集落。沖縄はとにかく水不足が頻繁に起きていた地域ですので、家々には給水塔が設置されていましたが、現在は石灰岩のポーラスな性質を利用した地中ダムが築かれていて、その心配も少なくなりました。
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西銘集落の北側近くにある仲地集落。
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傾斜地に木造寄棟民家が多く見られます。
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コンクリートブロックの付属屋。いい風合いを醸し出しています。
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仲地集落では、家々が集まったエリアから小さな谷を挟んだところに、比較的大きな屋敷が並んでいました。
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仲地集落の大きな屋敷。
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久米島の中心市街地である鳥島。ここは、沖縄県最北端にある「硫黄鳥島」(現在は無人島)から移住してきた人たちが作った漁村集落です。
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硫黄鳥島ってどこ?今まで知りませんでしたが、なんと鹿児島県徳之島の西方にあるんですね。かつて硫黄採掘で人が住んでいましたが、明治37年の火山の大爆発で久米島に全島民が移住して無人島となりました。ですので、行政区画は今でも久米島町になっています。
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鳥島地区は久米島町の中心地で、商店街があり鉄筋コンクリート2階建てが並んでいます。日除けのために堀の深いモダニズムな町並み。
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その中に木造平屋建ても混じってます。
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ドローンから見た町割り。規則正しい現代の住宅地のようです。
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目抜き通りから南北とも一本二本入ると、大きなピースのブロック塀の町並みとなります。珊瑚の砂にセメント混ぜて固めたブロック。これが風化してくると貝殻の骨材が現れてきて、とてもいい感じになります。
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鳥島地区から東へ行った儀間地区。ここにも港がありました。
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この集落もご覧のように平坦地に割と整然と区画されている。
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一軒一軒の屋敷地は、鳥島地区より大きいかな。一部にフクギの屋敷林が残っていました。

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セメント瓦の家もモノトーンでいい。
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木材は最初は茶色ですが、日光の紫外線によりグレーに変色します。それとセメント瓦がマッチするんです。
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分棟の家も見られました。古くは炊事場が主屋から分けられていたのでしょうか。
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日陰を作るために軒が深く、したがって外周に柱が巡ります。その柱に製材しない原木の丸太を使っている場合が多い。
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島の東部に橋を渡って行くことができる奥武島へ。画像はそのさらに西にあるオーハ島を奥武島から眺めたところ。
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そしてそのさらに東に砂洲が続いているのが「はての浜」です(ドローン空撮)。
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島の北東部にある宇根・真謝集落。
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宇根地区と真謝地区はつながっており、幅4-5街区の細長い集落を形成しています。
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一軒の佇まい。
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シーサーは門柱の上と屋根の上。
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この家、なんてことないように見えるでしょうが、これこそが伝統様式である沖縄の木造平屋建を鉄筋コンクリート造に置き換えたスタイルなのです。深い庇に外縁、軒先に丸柱の構成は全く一緒。丸柱が鉄管なのが面白い。
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仲里間切蔵元痕の石塀。なかなか見ごたえありです。
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メインストレートに面する大きな住宅(棟の長さが長い)。シンメトリーの柱割りで、しかも中央に二本寄り添ってるのがインパクトあり。
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フールという豚舎。糞尿の処理を豚がするということで、外便所の隣にある。
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(ミーフガー)
久米島は沖縄本島から渡る島としては最もメジャーな離島でしょう。観光客も多いですが、それほど観光化されたイメージはなく、また自然景観が素晴らしい場所が多く、いい島でした。
来月はいよいよ多良間島が待っています。今回のような穏やかな好天を期待して、旅を終えます。

by marunouchi_no1 | 2019-01-14 20:00 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 伊江島

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(伊江村伊江島 ドローン空撮)
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本部港10:00発のフェリーに乗ります。伊江島はいい集落情報もないので、今までスルーしてきましたが、ここまで沖縄の離島を巡っていると、行かざるを得ません。
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この平べったい島は、水納島(みんなじま)という有人島です。今回いけませんでしたが、次回にとっておきましょう。
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伊江島が近くの見えてきた。
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沖縄本島北部、本部半島の北西約9kmにある。中央部がくびれたほぼ楕円形状で東西8.4km、南北3kmの1島1村の島。島の北海岸は断崖絶壁が連なり、南海岸はほとんど砂浜で島の中央から南海岸にかけて緩やかに傾斜している。北海岸からは旧石器時代のものとされる鹿の化石が出土、また縄文後期から弥生中期にかけての遺物が発見された具志原貝塚は、本土との交流を示す貴重な遺跡として国の史跡に指定されている。島のやや東寄りに標高172mの城山(伊江島タッチュー)がそびえ立ち、山の東西に広がる台地に1.244haの耕地が拓けている。第二次世界大戦の激戦地のひとつで、住民・軍人合わせて3,500人が犠牲となった歴史がある。戦後、島の64%が米軍の軍用地で占められていた。現在でも島の西部は演習場に使用され、立ち入り禁止となっている。島の基幹産業は農業で、キクの切花・葉タバコは県内でも有数の産地として知られている。島の周囲には美しいサンゴ礁がありダイビングでも有名だ。(「シマダス」参照)
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伊江島には滑走路が4つもあります。1つは画像の空港。あと3つはこの滑走路の西側に平行に並んでいます。米軍のものとか。したがって、ドローンはこの青い円の東側でなければ飛ばせません。
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↑画像の場所は青い円から外れた場所。伊江島の漁港です。そこでドローンしました。城山(グスクヤマ)の裾野に広がる集落の感じがよく撮れました。
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空撮終えて腹ごしらえ。中心市街地にある「すずらん食堂」で、ソーキそば小を頼みました。おい!これ小ですか?
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この交差点付近が中心部かな?役場の前だし、商店が並んでいます。
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その交差点から城山に向かって歩いてく。鉄筋コンクリート造の平屋建てが現れた。
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そのお向かいにブロック壁木造小屋組セメント瓦葺の家が現れた(長すぎ)。
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ここにもありますよ。赤瓦に見飽きた私としては、この形態に魅かれます。
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海に向かう道。アイストップに青い海、ブロック塀が続く。
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振り返って城山方面を見る。これが伊江集落の特徴かな。他に特徴はこれといって無し。
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民家と城山の組み合わせ。これ、夏に行ったトカラ列島の小宝島みたい。
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城山の中腹にある駐車場まで登った!
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集落をバッチリ見下ろせます。城山の山頂まで登らんでも、まぁこれでいいでしょ。
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なんだ!直接降りられる道があるじゃ無い。登りはわざわざ東から迂回してしもうた。
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伊江島公益質屋跡。なんで質屋の跡なんぞ残しているかと思いきや、戦跡だったんですね。伊江島は第二次世界大戦沖縄戦線の激戦地の1つでした。その遺構です。なんでこんなにも質屋を破壊したんでしょうか。
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うってかわって癒される花々。
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住宅街を下っていったら商店街に出た。沖縄らしい鉄筋コンクリート造の商店が並ぶ。
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そして、港へ下る道にわずかながらの商店街があった。ウーム、ここが伊江島の町並みのメインディッシュなるか。50m足らずって感じだけど、いいじゃないですか!
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で、これ何?
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さらに港方面へ下っていく。二階に赤瓦ののった建物。まぁ商業系でしょう。こういうのは珍しいですよ。
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なかなか素晴らしい!
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オットォ、伊江島にファミマがあるんだ!びっくりです。Googleマップ調べたら近くにもう一ヶ所ファミマがありました。
やっぱり伊江島はメジャーですね。
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那覇に戻って、本島北部ヤンバル料理の店で夕食。伊江島結構歩いてくたびれましたぁ。(画像は今帰仁城跡)

by marunouchi_no1 | 2019-01-13 19:30 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 瀬底島


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(本部町瀬底島)
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晴れました。今日は本島北部の伊江島に渡ります。美ら海水族館から真正面に見える島と言えば、わかりやすいかな。本島周辺の島では一番メジャーかもしれません。
ですが、その前に瀬底島の瀬底集落に立ち寄ります。橋が渡っているので離島扱いじゃないのですが、せっかくなので取り上げます。
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本部半島から海上600mにあるひょうたん型の島。おおむね台形で、琉球石灰岩を基底とする低平な島の中央部に集落がある。島内各地で縄文時代の貝塚跡が見つかり、御嶽からは陶磁器片も出土している。1736年に沖縄本島の人々を移し、瀬底・石嘉波の2村を置いたのが開拓のはじまりだ。サトウキビ農業とモズク養殖の島だったが、昭和60年2月に長さ762mの瀬底大橋が開通し、花き栽培に取り組む若者も増えつつある。瀬底ビーチもあり海洋博会場にも近く、本部町の2大観光スポットになっている。(「シマダス」参照)
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まずは瀬底ビーチから。曇ってるから海の青さが今ひとつ。向こうに見えるトンガリ山のある島が伊江島。ドローン撮影もバッチリできました。
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瀬底土帝君(せそことていくん)という文化財。「土帝君とは中国の土地神のことで、1712年に上間家の二世健堅親雲上(キンキンペーチン)が清国から木像を持ち帰り、祀ったのが始まりと伝えられています。」というもの。沖縄の土帝君では最大だそうな。一応取材。
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さぁ集落集落。島の中心の高い場所に集落は形成されています。さっそく石塀が現れた。入り口にちゃんとシーサーが置いてある。
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セメント瓦葺の棟のみ漆喰固め。
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ヒンプンのある家。この島では、ヒンプンは石積みではなく、石板を3ー4枚立てた形態が多いようです。
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石塀と木造民家のある家。分棟の佇まいがいいです。
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生活感ある。
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生活感のある家の前、切石塀が向かい合う道。
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セメント瓦にシーサー載せてる家はないけど、赤瓦葺いてる家は、ちゃんとシーサーも載せてるんだぁ。
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花ブロックな商店。これぞ沖縄でしょ。
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フクギ林と赤瓦。
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木造寄棟の民家が並ぶ。後ろは立派なフクギ並木。
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これが後ろ側です。
さぁ伊江島にわたろうか。

by marunouchi_no1 | 2019-01-13 19:00 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 渡嘉敷島

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(渡嘉敷島 阿波連ビーチ)
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1年ぶりの沖縄に来ています。今回のテーマは「海界の村を歩く 渡嘉敷島・伊江島・久米島」本島の周辺の東シナ海に浮かぶ、まだ行ったことのない島々です。
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昨日から雨が降っていましたが、今日は晴れ間が見えてきました。だんだん回復の見込みなので、2便のフェリーでゆっくり渡嘉敷島へ渡ることにします。
県庁前の喫茶万丸でモーニング。やっぱ沖縄はあったかいです。ジャケット持って出たけど、いりませんね。ホテルに置きに戻ろうか。
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泊港まで58号線を歩きます。松山あたりで雨がパラパラ。不安定なお天気だ。
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海に出ると風が強い。こりゃドローンは無理かなぁ。
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那覇泊港10:00発のフェリーで1時間強で渡嘉敷島に到着しました。バイクを借りて、まず南の阿波連集落から歩きます。

渡嘉敷島
那覇の西海上30km、慶良間諸島の東端にある島。島内からは先史時代の遺跡が発見されている。古くから聖地・御嶽の多い島として知られていた。17世紀半ばには中国と沖縄本島を行き来する船の監視のために、座間味島・渡名喜島・久米島などと並び烽火台が設置された。また、慶良間の他の島々と同じく優秀な船乗りを輩出してきた島でもある。第二次世界大戦末期には激しい空襲と艦砲射撃を受け、米軍上陸後、約半数の住民が集団自決した。現在、島にはビロウやモクマオウが生い茂り、白い砂浜が広がるなど南国の自然が美しい。海洋専門家の調査では水深50-60mに及ぶ海の透明度は世界屈指と称賛され、国内有数のダイビングポイントともなっている。春先にはザトウクジラが島の周囲を回遊し、ホエールウォッチングで賑わいを見せる。周辺海域は沖縄県でも有数の好漁場で、小規模ながら一本釣り・はえ縄漁などが営まれている。(「シマダス」参照)
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阿波連集落とビーチ。世界でも屈指の透明度を誇るそうです。曇ってるのでチト残念。
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渡嘉敷集落の方からやってくる通り。赤瓦ですが新しい建物。とにかく戦災にあっていますから、古い家はありません。
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塀に絵が描いてあるところが多いです。この感じ、いいでしょう。
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阿波連小学校。塀に子供達の描いた絵かな。
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集落からチラ見する阿波連ビーチ。
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集落の宅地割りは、いわゆる沖縄らしい碁盤の目。民家も沖縄ではお馴染みの鉄筋コンクリート造平屋建てです。
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鬱蒼と茂った屋敷林。
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渡嘉敷島は猫が多い。
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阿波連集落の家々は、かなりの数が民宿とか飲食店だったりする。ここも入ってみたい飲食店だった(営業時間外)。
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これも沖縄でよくある家。鉄筋コンクリート造の陸屋根で、柱が伸びてるタイプ。将来の増築対応でしょう。
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石敢当は交差点の魔除け。右奥にやっと石塀が現れた。
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阿波連では数少ない石塀。隆起珊瑚礁の島じゃないから石があまり採れないのかなぁ。
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集落の最も海から離れた所にいい町並みがありました。棟の長さが短い沖縄らしい寄棟屋根の家。
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そして、そのならびに赤瓦葺き石壁の建物があった。付属屋のようでした。
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石垣石塀のお屋敷。建物は古くはないけど、塀はそれなりに古そうだ。
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入り口だけ切石、そしてヒンプンも残ってる。
阿波連集落は、ビーチとの組み合わせが素晴らしいものの、町並みとしては今ひとつでしょうか。
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戻って渡嘉敷集落へ。今日は成人式だそうで、役場前の公民館に村の人たちが集まっていました。成人って何人だろう、、、
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昔のミニだ。錆びてるところが島っぽくいい感じです。
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塀に大きな魚の絵。渡嘉敷集落も随所の塀に絵が描かれています。
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古民家発見!
おぉ!地盤面より埋まってる。これ、渡名喜島の集落でも見ました。道路より、屋敷地の地盤が低いんですよね。理由は下記参照。
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このコンクリート塀で囲まれ、コーナーが円形(クルマが曲がりやすいように)になっている家も、沖縄ならではです。今の私には赤瓦より響く!
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門柱の上に据えられた焼き物の魔除け。
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貝殻混じりの砂利を固めたブロック塀。実はこの塀が私は最も好きなのです!これ、戦後だと思うけど、石塀に負けず劣らずのいい感じなんですねぇ。
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伊江村民?
戦時中に伊江村の人たちが渡嘉敷島に収容されたそうです。伊江村は明日行きます。
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渡嘉敷集落を奥へ奥へと歩きます。村役場を過ぎたら、集落が古くなってきたぞ!石塀や瓦屋根が発生。
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ヤギが登場。建物が除去された屋敷地の原っぱに、二頭のヤギが。
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そして、石塀現る。コレの割合でDataBase の星の数が変わるんだなぁ。
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とはいえ、ブロック塀もいい!ブロック塀だけだと無機的なんだけど、窓に木がはまっていたり、屋根が錆びまくった折板だったりするのがいいんですねぇ。
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そしてやっと、殿内クラスの屋敷が現れました。高い切石塀のお屋敷!
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根元家の石垣(村指定有形文化財)だけあって、素晴らしいです。
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当家は、琉球王朝時代にこの島の男たちが水主(唐や薩摩へ行く船の乗組員)として唐船(進貢船・接船)や(薩摩へ行く御用船)で活躍した頃に繁栄したと伝えられている。」(渡嘉敷村HPより)
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そして、その根元家の正面の道は渡嘉敷神社への参道。古い集落の主軸の通りのようです。
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渡嘉敷神社。
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夕方近くになって風が和らいだ。よーしドローンあげちゃろ!ということで、再び阿波連へ。ギリギリの風速でしたが、なんとか帰還できてよかった。渡嘉敷集落も、海と川沿い上空から撮影できてよかった。しかし、画像見て思うけど、沖縄っぽくないなぁ。

by marunouchi_no1 | 2019-01-12 08:36 | 沖縄県