海界の村を歩く 東シナ海 渡嘉敷島

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(渡嘉敷島 阿波連ビーチ)
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1年ぶりの沖縄に来ています。今回のテーマは「海界の村を歩く 渡嘉敷島・伊江島・久米島」本島の周辺の東シナ海に浮かぶ、まだ行ったことのない島々です。
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昨日から雨が降っていましたが、今日は晴れ間が見えてきました。だんだん回復の見込みなので、2便のフェリーでゆっくり渡嘉敷島へ渡ることにします。
県庁前の喫茶万丸でモーニング。やっぱ沖縄はあったかいです。ジャケット持って出たけど、いりませんね。ホテルに置きに戻ろうか。
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泊港まで58号線を歩きます。松山あたりで雨がパラパラ。不安定なお天気だ。
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海に出ると風が強い。こりゃドローンは無理かなぁ。
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那覇泊港10:00発のフェリーで1時間強で渡嘉敷島に到着しました。バイクを借りて、まず南の阿波連集落から歩きます。

渡嘉敷島
那覇の西海上30km、慶良間諸島の東端にある島。島内からは先史時代の遺跡が発見されている。古くから聖地・御嶽の多い島として知られていた。17世紀半ばには中国と沖縄本島を行き来する船の監視のために、座間味島・渡名喜島・久米島などと並び烽火台が設置された。また、慶良間の他の島々と同じく優秀な船乗りを輩出してきた島でもある。第二次世界大戦末期には激しい空襲と艦砲射撃を受け、米軍上陸後、約半数の住民が集団自決した。現在、島にはビロウやモクマオウが生い茂り、白い砂浜が広がるなど南国の自然が美しい。海洋専門家の調査では水深50-60mに及ぶ海の透明度は世界屈指と称賛され、国内有数のダイビングポイントともなっている。春先にはザトウクジラが島の周囲を回遊し、ホエールウォッチングで賑わいを見せる。周辺海域は沖縄県でも有数の好漁場で、小規模ながら一本釣り・はえ縄漁などが営まれている。(「シマダス」参照)
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阿波連集落とビーチ。世界でも屈指の透明度を誇るそうです。曇ってるのでチト残念。
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渡嘉敷集落の方からやってくる通り。赤瓦ですが新しい建物。とにかく戦災にあっていますから、古い家はありません。
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塀に絵が描いてあるところが多いです。この感じ、いいでしょう。
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阿波連小学校。塀に子供達の描いた絵かな。
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集落からチラ見する阿波連ビーチ。
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集落の宅地割りは、いわゆる沖縄らしい碁盤の目。民家も沖縄ではお馴染みの鉄筋コンクリート造平屋建てです。
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鬱蒼と茂った屋敷林。
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渡嘉敷島は猫が多い。
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阿波連集落の家々は、かなりの数が民宿とか飲食店だったりする。ここも入ってみたい飲食店だった(営業時間外)。
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これも沖縄でよくある家。鉄筋コンクリート造の陸屋根で、柱が伸びてるタイプ。将来の増築対応でしょう。
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石敢当は交差点の魔除け。右奥にやっと石塀が現れた。
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阿波連では数少ない石塀。隆起珊瑚礁の島じゃないから石があまり採れないのかなぁ。
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集落の最も海から離れた所にいい町並みがありました。棟の長さが短い沖縄らしい寄棟屋根の家。
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そして、そのならびに赤瓦葺き石壁の建物があった。付属屋のようでした。
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石垣石塀のお屋敷。建物は古くはないけど、塀はそれなりに古そうだ。
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入り口だけ切石、そしてヒンプンも残ってる。
阿波連集落は、ビーチとの組み合わせが素晴らしいものの、町並みとしては今ひとつでしょうか。
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戻って渡嘉敷集落へ。今日は成人式だそうで、役場前の公民館に村の人たちが集まっていました。成人って何人だろう、、、
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昔のミニだ。錆びてるところが島っぽくいい感じです。
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塀に大きな魚の絵。渡嘉敷集落も随所の塀に絵が描かれています。
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古民家発見!
おぉ!地盤面より埋まってる。これ、渡名喜島の集落でも見ました。道路より、屋敷地の地盤が低いんですよね。理由は下記参照。
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このコンクリート塀で囲まれ、コーナーが円形(クルマが曲がりやすいように)になっている家も、沖縄ならではです。今の私には赤瓦より響く!
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門柱の上に据えられた焼き物の魔除け。
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貝殻混じりの砂利を固めたブロック塀。実はこの塀が私は最も好きなのです!これ、戦後だと思うけど、石塀に負けず劣らずのいい感じなんですねぇ。
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伊江村民?
戦時中に伊江村の人たちが渡嘉敷島に収容されたそうです。伊江村は明日行きます。
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渡嘉敷集落を奥へ奥へと歩きます。村役場を過ぎたら、集落が古くなってきたぞ!石塀や瓦屋根が発生。
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ヤギが登場。建物が除去された屋敷地の原っぱに、二頭のヤギが。
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そして、石塀現る。コレの割合でDataBase の星の数が変わるんだなぁ。
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とはいえ、ブロック塀もいい!ブロック塀だけだと無機的なんだけど、窓に木がはまっていたり、屋根が錆びまくった折板だったりするのがいいんですねぇ。
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そしてやっと、殿内クラスの屋敷が現れました。高い切石塀のお屋敷!
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根元家の石垣(村指定有形文化財)だけあって、素晴らしいです。
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当家は、琉球王朝時代にこの島の男たちが水主(唐や薩摩へ行く船の乗組員)として唐船(進貢船・接船)や(薩摩へ行く御用船)で活躍した頃に繁栄したと伝えられている。」(渡嘉敷村HPより)
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そして、その根元家の正面の道は渡嘉敷神社への参道。古い集落の主軸の通りのようです。
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渡嘉敷神社。
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夕方近くになって風が和らいだ。よーしドローンあげちゃろ!ということで、再び阿波連へ。ギリギリの風速でしたが、なんとか帰還できてよかった。渡嘉敷集落も、海と川沿い上空から撮影できてよかった。しかし、画像見て思うけど、沖縄っぽくないなぁ。

# by marunouchi_no1 | 2019-01-12 08:36 | 沖縄県  

海界の村を歩く 太平洋 仁右衛門島

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2018年末、淡路島と徳島県の山岳集落「天界の村」を歩く予定だったが寒波襲来、日本海側中心に大雪警報が出た。いつもなら構わず出発するところだが、どうも気が乗らずキャンセルした。2019年は「新・天界の村」をやろうと思っている。いわゆる中央構造線沿いに分布する天界の村を動画で再取材するのが目的。やはり、東から西に向かって順番にやりたいという気持ちが根底にあるんだろう。
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家で溜まったサイトアップ作業でもしようかと思っていたが、関東地方はいい天気が続いていて、やっぱ出かけたい。ということで、千葉県の離島に行くことにした。
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鴨川市太海の沖合200mにある「仁右衛門島」
こんなところに離島があるとは、私も最近知った。橋が渡っておらず、しかも有人島、渡船もある。となれば行かないわけにはいかない。
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千葉県鴨川市太海の海岸から200m沖合にある島。風光の美しさと、源頼朝や日蓮聖人の伝説で知られ、千葉県の名称と、新日本百景の地に選ばれている。島の名は所有者平野仁右衛門氏にちなむ。明治維新前夜、黒船来航の際には法大が築かれていたという。夏涼しく冬暖かく、四季を通じて花の絶えることはなく、金銀針茄子という珍しい植物も自生している。島へは手漕ぎ船で渡り、磯遊びや磯釣り、海水浴などが楽しめるほか、頼朝のかくれあなや島の指揮をうたった句碑など、見所がたくさんある。(「シマダス」参照)

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仁右衛門島には代々「平野仁右衛門」さんの1世帯だけがある、全島私有地。太海浜港から手漕ぎ船で渡る。
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モーター音がなく水の音だけがする手漕ぎ船は、とっても新鮮な体験。それでして目の前の島に渡るだけなので、ディズニーランドのアトラクションのようでもある。
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厚い雲が横たわり、空だけが明るいので、妙に幻想的だ。「アジが泳いでるよ」と船頭さん。外海とは思えぬ凪で水が透き通って綺麗だ。
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5分で着いた。ここで1人1350円の入場料を支払う。もちろん往復の船代込み。
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土産物売り場を通り抜ける。ここで食事もできる。
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仁右衛門島から太海浜港を見る。この島が港のフタの役割をしているから、水面がなおさら静かだ。
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島から東側を望む。鴨川の旅館街から小湊、岬の向こうは勝浦。
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江戸時代に祀られたという逢島弁財天。
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太海浜の集落。ホント手が届くような近さ。
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島の真ん中の高所に一軒の家がある。平野仁右衛門宅。砂岩の石垣に囲まれた島主の屋敷地である。
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主屋は1704年に建て直されたものだというが、そんなに古くは見えない。
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奥庭への入り口。
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奥庭と住居。初代の平野仁右衛門は鎌倉時代という。
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神楽岩という日蓮聖人霊地。
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島の周りは磯が美しい。
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源頼朝かくれあな。1180年石橋山の戦いに敗れた源頼朝が安房に逃れて来た時、夜襲を避けて身を潜めたと伝えられる洞窟だ。
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馬蹄岩。
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仁右衛門島にはいたるところに水仙が咲き乱れている。
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仁右衛門島は期待を裏切って、大変いい島だった。関東在住の方は一度行かれると良いだろう。静かなこの島の磯部でボーッとするのもまた良さそう。
実はドローンを持って行ったのだが飛ばさなかった。あまりに静かで、注目を浴びるのが嫌だった。ドローンって場所選ぶんで難しいなぁ。
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さて、対岸の太海浜の集落を歩く。密集系漁村となれば歩かないわけにはいかない。この紅澤館という旅館は文人ゆかりの宿だそうで、前に旅番組で見たことがある。
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岩の上に家が建ってる!
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真っ白に固められた石垣と塀。
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太海浜の集落は急斜面密集系。そこへ登っていく。
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中腹には細い路地が続く。
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古そうな家
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仁右衛門島と同じ砂岩でできた石垣。
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石垣と石階段。
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プチ島旅おわり

# by marunouchi_no1 | 2018-12-28 20:00 | 千葉県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 佐合島

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牛島に渡るはずだった。台風とかち合い宇部探訪に切り替えたため行けなくなった。八島だけではもの足りないので、予定外だったが佐合島を組み入れた。
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佐合島は室津半島の西岸にある佐賀港より船が出る。沖合1.9kmと肉眼で家が見えるほどの近さで、8分で渡れる。
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平生町佐賀地区の南西海上1.9km、瀬戸内海国立公園内にある島。北と南に100mを超える山があり、ほとんどが丘陵傾斜地で、平たん地は5%程度にすぎない。古くは佐郷島・佐河島とも記され、中世には京都賀茂社領があったと伝えられる。慶長5年(1600)の検地帳にも島の名がみえ、天保13年(1842)には694人、明治22年には975人の人口を数えている。今では農漁業とも衰退し、一本釣などが細々と続けられている。定年後、島に里帰りした人たちも多い。美しい海岸には自然の薬草が自生、また潮干狩や岩場でのフィッシングが楽しめ、とくに夏場は海水浴客で賑わう。(「シマダス」参照)
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集落は室津半島を望む島の東側、弓なりの砂浜上に形成されている。意外と島外から渡ってきている人達がいる。

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海岸線の道を歩く。画像のように石垣の防波堤と一体化した民家があった。海岸線には現在はしっかりとした防波堤が築かれているが、以前は頼りなかったのか。
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ここにも!
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とはいえ、防波堤一体型じゃない家もある。現在の防波堤との間に一定の間隔があって砂利敷きになっている。原型はどんなかたちだったのだろうか。
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家々は板壁と桟瓦葺が基本。
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海岸線の道を集落の一番端まできた。ちょっと高い位置に覚勝寺というお寺があった。
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お寺の境内から集落へ降りる階段がある。
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この道が本来のメインストリートの横道(海岸線に平行した道)であろう。
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家々の間には空き地が目立つゆったりとした集落景観だが、明治期には975人が生活していたというから、かつては家がビッシリ建ち並んでいたのだろう。
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黒いトタン葺き屋根。この島では珍しい。
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空き地には建物の基礎石が残っているから、かつての屋敷地の区画がわかる。
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煉瓦塀のある屋敷。家も大きい。
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小学校は今やない。
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最後にドローンを飛ばした。浜で遊んでる人達が「なんだなんだ」って感じになる。島は静かだから、ドローンの音が結構目立つ。なかなかやりにくいもんだ。
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柳井へ移動し、孫右衛門さんと夕食前に遊里を探訪しようということになった。画像は伝建地区になっている町並み。
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そこから東の方へ行くと現代の商店街があり、その裏に飲食店街がある。
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表通り側がアーケード状になっていた建物の側面。集合店舗ビルのようだ。
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古い建物を改修してスナックした店舗。なんでスナックは洋風モダンなのだろうか。
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「だったらしい」というエリア。
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古そうな総二階建てがあったけど、どうかなぁ。
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この建物後ろに長くなっていたんで、元は映画館かな。
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出ました「モザイクタイルの円柱」。これがあると旧レッドであろうポイントが上がる。
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柳井天満宮の周りのスナック街。
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あってよかった!遊里探訪は探す面白さがある。いつかまた「遊里を歩くシリーズ」復活しましょうか。
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# by marunouchi_no1 | 2018-10-06 20:30 | 山口県