海界の村を歩く 東シナ海 宮古島・伊良部島

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(宮古島市平良)
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「海界の村を歩く」テーマでの沖縄県の離島は今回が最後となります。有人島ではまだ本島本部沖の水納島と多良間島沖の水納島、西表島沖の新城島の3つが未踏ですが、本部の水納島以外は定期船がなくチャーター船でないと渡れません。これらは、リタイヤ後のお楽しみということで、一旦区切りとします。
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日本トランスオーシャン航空の羽田発宮古直行便。
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6年ぶりの宮古島です。宮古島は昭和34年の台風で大きく被害を受けたため、復興で鉄筋コンクリート造の民家が建てられた模様。赤瓦=沖縄の集落と期待している方には響きませんが、それが現在の宮古島の特徴となっています。
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さて、今回は上図の4箇所を歩きます。前回同様、残念ながら島の東南部地区に行けません。
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松原地区。ここは、割と赤瓦民家が見られます。
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県道沿いにあった祠。
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木立の中に石垣が残っています。
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やはりRC造(鉄筋コンクリート造)平屋建あるいは2階建が多い。
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その中に赤瓦の木造民家が点在しています。宮古島の集落を全部見たわけではないですが、ここは割と多いように思います。

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ブロック積みの付属屋。風を防ぐために屋敷の外周に沿って建てられています。
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この場所が町並み景観として一番良かった。手前のセメント瓦の建物は壁がないけど何に使われていたのかな。豚舎?
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大きなテラスのある家。これも沖縄の造民家でよく見るタイプ。直射日光はメチャ暑いので屋根が付きます。
↓動画
https://youtu.be/wWa9VRh13fw
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(伊良部大橋)
伊良部島に渡ります。6年前は平良港からフェリーで渡りました。その時盛んに建設していた伊良部大橋が完成しています。

伊良部島
宮古島の北西8kmにある島。西隣には狭い水路を挟んで下地島が並ぶ。その水路に面して農業を主とする5集落があり、島の東側には県内有数の南方カツオ漁の基地である佐良浜の集落がある。ソロモン海域でのカツオ一本釣漁が主で、農業はサトウキビ栽培が中心。伊良部は、「今昔物語」や「今鏡」にも見られる「緑に彩られた美しい島」を意味する日本の古語「いらふ」にちなむといわれている。まっ白に輝く砂浜と、多様な生き物を育む深い森が鮮やかなコントラストを生み出し、心を歌にして語りかけた「伊良部トーガニ」が謡い継がれている美しい島だ。近年は、体験滞在型エコ・グリーン・ブルーツーリズムの島としても注目を集めている。(「シマダス」参照)
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佐良浜港の食堂でランチ。新鮮なお魚が美味しい。
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佐良浜集落は前回歩いたので、今回は動画撮影中心の取材です。伊良部島佐良浜集落は、RC造民家が密集した集落として特筆すべきものがありますが、上から見るとやっぱ凄い!
↓DataBase
http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/okinawa_data/irabu/irabu_file.html
↓今回の動画
https://youtu.be/H-eXzdGaZk8

宮古島平良
沖縄本島の南西290kmにある宮古島の中心地。山も川もない平坦な地形から「ひらら」(平良)と呼ばれるようになったともいう。全日本トライアスロン宮古島大会などを中心に「スポーツアイランド」をめざした島おこしを実践する。平成4年、東京に続き大阪への直行便が就航し、観光やフライト産業など地域の活性化に弾みがついた。島の周囲は白い砂浜が点在し、コバルトブルーの海とサンゴ礁に囲まれ、釣りやダイビングなどマリンスポーツのメッカでもある。(「シマダス」参照)
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宮古島の中心集落である平良。夜の街を歩きました。残念ながら、土曜日なのでネオンが少なかった。
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平良の商店街です。RC造2階建の町並み。一見看板建築(RC造に見せかけた木造の町家)に見えますが、全て本物のRC造です。
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沖縄らしく日除けのルーバーをまとった家々が多いです。
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伊良部島ではなんとかドローン飛ばせたものの、天気が悪いなぁ。。。

# by marunouchi_no1 | 2019-02-16 20:20 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 久米島

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(久米島町儀間)
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那覇空港から久米島空港までわずか25分。久米島に近づいたら、久米島の東にのびる「はての浜」をサービス飛行してくれました。低空飛行で右旋回左旋回し、どっち側の窓からも見られるように。
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久米島では、上図の黄字の集落を歩きます。

那覇市の西約100kmにある島。森林が豊かで水に恵まれており、昔から溜め池や用水路が整備され、水稲栽培が盛んな頃から「米の島」と呼ばれていた。また、「随書」や「続日本後紀」などの文献にも記され、琉球王朝時代から中国貿易の中継地としての役割を果たしてきた要衝の島だった。近世には遠見番所・烽火台が置かれ、19世紀半ばには十数回にわたり外国船が寄港している。また、沖縄で最も美しい島ともいわれ、昭和58年には県立自然公園に指定されている。現在では、久米島空港と那覇・羽田空港が直行便で結ばれ、歴史・文化・自然の調和したリゾート地として注目されている。現在の主産業は農業で、サトウキビが栽培されている。漁業は明治37年の大噴火で移住してきた硫黄鳥島の人々によって始められ、鳥島漁港を中心に、沿岸漁業やクルマエビの養殖が営まれている。(「シマダス」参照)
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西銘集落の重文上江須家住宅から。ところが定休日で入れませんでした。残念。上層の家らしく、立派な切石積みの石塀で囲まれていました。
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久米島には、昨日一昨日と歩いた伊江島や渡嘉敷島とは違って、木造の民家が割と多く見られるようです。
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西銘集落。沖縄はとにかく水不足が頻繁に起きていた地域ですので、家々には給水塔が設置されていましたが、現在は石灰岩のポーラスな性質を利用した地中ダムが築かれていて、その心配も少なくなりました。
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西銘集落の北側近くにある仲地集落。
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傾斜地に木造寄棟民家が多く見られます。
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コンクリートブロックの付属屋。いい風合いを醸し出しています。
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仲地集落では、家々が集まったエリアから小さな谷を挟んだところに、比較的大きな屋敷が並んでいました。
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仲地集落の大きな屋敷。
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久米島の中心市街地である鳥島。ここは、沖縄県最北端にある「硫黄鳥島」(現在は無人島)から移住してきた人たちが作った漁村集落です。
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硫黄鳥島ってどこ?今まで知りませんでしたが、なんと鹿児島県徳之島の西方にあるんですね。かつて硫黄採掘で人が住んでいましたが、明治37年の火山の大爆発で久米島に全島民が移住して無人島となりました。ですので、行政区画は今でも久米島町になっています。
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鳥島地区は久米島町の中心地で、商店街があり鉄筋コンクリート2階建てが並んでいます。日除けのために堀の深いモダニズムな町並み。
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その中に木造平屋建ても混じってます。
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ドローンから見た町割り。規則正しい現代の住宅地のようです。
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目抜き通りから南北とも一本二本入ると、大きなピースのブロック塀の町並みとなります。珊瑚の砂にセメント混ぜて固めたブロック。これが風化してくると貝殻の骨材が現れてきて、とてもいい感じになります。
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鳥島地区から東へ行った儀間地区。ここにも港がありました。
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この集落もご覧のように平坦地に割と整然と区画されている。
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一軒一軒の屋敷地は、鳥島地区より大きいかな。一部にフクギの屋敷林が残っていました。

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セメント瓦の家もモノトーンでいい。
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木材は最初は茶色ですが、日光の紫外線によりグレーに変色します。それとセメント瓦がマッチするんです。
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分棟の家も見られました。古くは炊事場が主屋から分けられていたのでしょうか。
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日陰を作るために軒が深く、したがって外周に柱が巡ります。その柱に製材しない原木の丸太を使っている場合が多い。
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島の東部に橋を渡って行くことができる奥武島へ。画像はそのさらに西にあるオーハ島を奥武島から眺めたところ。
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そしてそのさらに東に砂洲が続いているのが「はての浜」です(ドローン空撮)。
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島の北東部にある宇根・真謝集落。
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宇根地区と真謝地区はつながっており、幅4-5街区の細長い集落を形成しています。
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一軒の佇まい。
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シーサーは門柱の上と屋根の上。
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この家、なんてことないように見えるでしょうが、これこそが伝統様式である沖縄の木造平屋建を鉄筋コンクリート造に置き換えたスタイルなのです。深い庇に外縁、軒先に丸柱の構成は全く一緒。丸柱が鉄管なのが面白い。
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仲里間切蔵元痕の石塀。なかなか見ごたえありです。
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メインストレートに面する大きな住宅(棟の長さが長い)。シンメトリーの柱割りで、しかも中央に二本寄り添ってるのがインパクトあり。
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フールという豚舎。糞尿の処理を豚がするということで、外便所の隣にある。
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(ミーフガー)
久米島は沖縄本島から渡る島としては最もメジャーな離島でしょう。観光客も多いですが、それほど観光化されたイメージはなく、また自然景観が素晴らしい場所が多く、いい島でした。
来月はいよいよ多良間島が待っています。今回のような穏やかな好天を期待して、旅を終えます。

# by marunouchi_no1 | 2019-01-14 20:00 | 沖縄県  

海界の村を歩く 東シナ海 伊江島

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(伊江村伊江島 ドローン空撮)
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本部港10:00発のフェリーに乗ります。伊江島はいい集落情報もないので、今までスルーしてきましたが、ここまで沖縄の離島を巡っていると、行かざるを得ません。
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この平べったい島は、水納島(みんなじま)という有人島です。今回いけませんでしたが、次回にとっておきましょう。
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伊江島が近くの見えてきた。
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沖縄本島北部、本部半島の北西約9kmにある。中央部がくびれたほぼ楕円形状で東西8.4km、南北3kmの1島1村の島。島の北海岸は断崖絶壁が連なり、南海岸はほとんど砂浜で島の中央から南海岸にかけて緩やかに傾斜している。北海岸からは旧石器時代のものとされる鹿の化石が出土、また縄文後期から弥生中期にかけての遺物が発見された具志原貝塚は、本土との交流を示す貴重な遺跡として国の史跡に指定されている。島のやや東寄りに標高172mの城山(伊江島タッチュー)がそびえ立ち、山の東西に広がる台地に1.244haの耕地が拓けている。第二次世界大戦の激戦地のひとつで、住民・軍人合わせて3,500人が犠牲となった歴史がある。戦後、島の64%が米軍の軍用地で占められていた。現在でも島の西部は演習場に使用され、立ち入り禁止となっている。島の基幹産業は農業で、キクの切花・葉タバコは県内でも有数の産地として知られている。島の周囲には美しいサンゴ礁がありダイビングでも有名だ。(「シマダス」参照)
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伊江島には滑走路が4つもあります。1つは画像の空港。あと3つはこの滑走路の西側に平行に並んでいます。米軍のものとか。したがって、ドローンはこの青い円の東側でなければ飛ばせません。
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↑画像の場所は青い円から外れた場所。伊江島の漁港です。そこでドローンしました。城山(グスクヤマ)の裾野に広がる集落の感じがよく撮れました。
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空撮終えて腹ごしらえ。中心市街地にある「すずらん食堂」で、ソーキそば小を頼みました。おい!これ小ですか?
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この交差点付近が中心部かな?役場の前だし、商店が並んでいます。
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その交差点から城山に向かって歩いてく。鉄筋コンクリート造の平屋建てが現れた。
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そのお向かいにブロック壁木造小屋組セメント瓦葺の家が現れた(長すぎ)。
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ここにもありますよ。赤瓦に見飽きた私としては、この形態に魅かれます。
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海に向かう道。アイストップに青い海、ブロック塀が続く。
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振り返って城山方面を見る。これが伊江集落の特徴かな。他に特徴はこれといって無し。
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民家と城山の組み合わせ。これ、夏に行ったトカラ列島の小宝島みたい。
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城山の中腹にある駐車場まで登った!
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集落をバッチリ見下ろせます。城山の山頂まで登らんでも、まぁこれでいいでしょ。
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なんだ!直接降りられる道があるじゃ無い。登りはわざわざ東から迂回してしもうた。
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伊江島公益質屋跡。なんで質屋の跡なんぞ残しているかと思いきや、戦跡だったんですね。伊江島は第二次世界大戦沖縄戦線の激戦地の1つでした。その遺構です。なんでこんなにも質屋を破壊したんでしょうか。
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うってかわって癒される花々。
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住宅街を下っていったら商店街に出た。沖縄らしい鉄筋コンクリート造の商店が並ぶ。
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そして、港へ下る道にわずかながらの商店街があった。ウーム、ここが伊江島の町並みのメインディッシュなるか。50m足らずって感じだけど、いいじゃないですか!
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で、これ何?
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さらに港方面へ下っていく。二階に赤瓦ののった建物。まぁ商業系でしょう。こういうのは珍しいですよ。
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なかなか素晴らしい!
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オットォ、伊江島にファミマがあるんだ!びっくりです。Googleマップ調べたら近くにもう一ヶ所ファミマがありました。
やっぱり伊江島はメジャーですね。
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那覇に戻って、本島北部ヤンバル料理の店で夕食。伊江島結構歩いてくたびれましたぁ。(画像は今帰仁城跡)

# by marunouchi_no1 | 2019-01-13 19:30 | 沖縄県