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海界の村を歩く 太平洋 深島

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(佐伯市蒲江 深島)

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深島(ふかしま)
大分県の南東端、蒲江港から南に9kmの日向灘に位置する。地殻変動で沈降水没した陸の山頂部といわれている。周囲は大小無数の岩礁、切り立った海食崖、海蝕洞がある。南部と北部にある台地状の2つの島が、「はま」と呼ばれる砂洲で結ばれ、砂洲のくびれた部分に集落がある。気候は温暖多雨で、夏期には南南東、冬季には北西の季節風をうける。もともと御手洗水軍の拠点だったと伝えられ、享保6年(1721)に本土から農民が移住し開拓が始まったが、寛保3年(1743)に佐伯藩の流刑地となり、明治5年に蒲江浦から7人が移住、再び開拓された。現在は小型まき網漁を中心とした沿岸漁業が営まれている。(「シマダス」参照)
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2便(12:00発)で再び蒲江を出港。観光客はカップルと女性2人組と私1人の合計5人。深島はネコの島で売り出し中、私以外の4人は皆深島のネコ目的でしょう。
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深島到着。さぁこれから4時間、集落の取材はものの30分、ドローンを3箇所で飛ばしても1時間あれば十分なので、残り3時間をどう過ごそうか。
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深島には「深島食堂」というレストランがあります。蒲江港出航の前に予約しておいたので、店に入ったら既に調理に入っていました。まずは深島食堂でゆっくりランチ。
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ビールも頼んでゆっくり食事を始めたところで、一緒に船を降りた4人が店に入ってきました。ここまで皆同じ行動です。
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深島食堂の外には海を眺めるテラスがあって、ここで一服するのも気持ちよさそうだ。
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深島は2つの島が砂州でつながった形態になっておりその砂州上と両側の斜面に集落が形成されています。画像は港と反対側の海岸。
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食事を終え一旦港へ戻ってから取材開始。まずドローン撮影1回目実施。
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2つの島が砂州で繋がっという様子がよくわかると思います。
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集落の真ん中広場のようになっていて、「深島かまど味噌工房」がありました。島の方々が作る深島味噌は島の特産となっています。
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広場から南の斜面に形成された集落を登っていきます。浜辺の波で現れた丸石を積んだ石垣が段々状に宅地を作っています。
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丸石の石垣の上に下見板張りの壁と切妻屋根。
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深島食堂。利用される場合は予約要です。
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南部地区の町並み。
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主屋と付属屋で前庭を囲んでいます。
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道路端におばぁさんが3人並んで作業しています(右手)。
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ヤギ
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ニワトリ
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集落の最奥部。石垣で築かれた宅地が続いていました。かつてはここにも家々が建っていたのでしょう。
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砂州上の中心部(低いところ)に戻る。写真には写っていませんが、とにかくそこら中にネコがいます。左の浜でドローン2回目実施。
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集落を東側上空から見る。
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北側の斜面上の集落。
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北側の集落から南方を眺める。 
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北側の道をどんどん登って行くと小中学校の分校がありました。当然、既に閉校となっています。この校庭からも3度目のドローンを飛ばしました。
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これで集落の取材は終了しました。しかし、まだ2時間弱残っています。ベンチで休んでいたらネコたちが寄ってきた。
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よし、島の南端にある灯台を見に行こう。片道40分だそうですから、丁度いい。港まで戻ってチャレンジ開始。
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ところがこの道です。イノシシに出会うかもしれないぞ。
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早速分かれ道が現れた。
右が灯台、左が深島食堂の前に出る道。あっさり灯台を断念し、食堂方面を選択した。
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さっき歩いた南部の緩斜面上集落の裏に出た。
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まだ1時間ある。ネコと戯れながら時間を潰すしかないかな。

# by marunouchi_no1 | 2019-03-23 20:30 | 大分県  

海界の村を歩く 太平洋 屋形島・蒲江

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(佐伯市蒲江 屋形島)

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豊後水道西側沿岸の旅、3日目は大分県最南部の屋形島と深島です。
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この2島はリアス式海岸地形の半島が沈降して、高い部分が海面上に現れているものでしょう。
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屋形島・深島へは蒲江港(旧蒲江町の中心)から1日3便の高速船が出ていて、蒲江港→屋形島→深島→屋形島→蒲江港の順で運航しています。
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蒲江港の乗船場。1便でまず屋形島に渡り、その船が深島を往復して屋形島に戻ってくる40分間が与えられた取材の時間です。そのまま滞在して、2便で深島へ渡っても良いですが、待合所もなく小さな集落しかない屋形島に4時間滞在は辛い。
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小さな船で乗客エリアと運転席が一緒。
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屋形島(やかたじま)
蒲江町の南約2kmの蒲江湾口に位置する。西側と北側中央部に集落と耕地がある。地質は黒色千枚岩からなり、気候は温暖多雨で、夏季には南南東、冬季には北西の季節風をうける。南7kmにある深島を結ぶ海中には起伏の多い天然礁がある。海流は瀬戸内海の低温水と黒潮から流入する高温水との混合流となっている。島名は、かつて唐船が来航した際、来泊者の仮屋が建てられたことに因むという。島の開拓元禄5年(1692)に始まり、のちに佐伯藩の藩牧が開かれた。寛保3年(1743)に深島から4戸が移住している。真珠母貝・ヒオウギ貝の養殖は昭和38年ごろから始まっている。近年、トコブシ漁などの潜水漁も営まれるようになった。(「シマダス)参照)
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屋形島の港。集落からやや離れた位置に港だけがあります。
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漁港関連の施設や小屋が点在している。
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そして、港から集落へ向かう途中にコンクリートゲートが出現!鶴見大島にもあったものと同じだ。これはやはり防風対策なのでしょう。
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集落の前面は浜になっています。
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浜辺に面して砂丘状にやや高くなったところに民家が並んでいます。その奥は低くなっていて農地が広がっている。
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海岸線に沿った道を歩いて行くと、港から一番離れたところに石塀がありました。
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そしてそこから集落は海岸から離れる方向へのびていっています。
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この民家が最も古くて大きいでしょう。蔵も備わっている。
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その民家のディテール。出窓の小屋根の意匠が凝っている。名主クラスの屋敷かな?
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この石垣は平べったい石を斜めに積むやり方。平たく割れる青石でしょうか。豊後水道対岸の愛媛県佐田岬半島にも見られます。
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海岸から離れて行く縦道に沿った町並み。
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一番奥に神社がありました。集落のエッジということになります。
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集落の裏手に広がる平地。今は何も植わっていませんが、かつては農地だったのではないでしょうか。あるいは湿地帯。
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屋形島の集落は無住の家々が多く寂しかった。そして、やはり40分は忙しかった。ドローンも飛ばせず、蒲江港へ戻ります。
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蒲江は入江状の港に面する海岸線に沿った町です。
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蒲江町役場だった建物。
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海岸線に平行する主軸の通りを端から歩きます。
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入江の一番深いところ。
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このあたりに銀行や商店が集まっている。
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古そうな民家がありました。
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そしてさらに進んでいくと、主軸の通りは尾根をトンネルでくぐります。
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トンネルを抜けたところにも町並みは続いていました。
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# by marunouchi_no1 | 2019-03-23 20:00 | 大分県  

海界の村を歩く 瀬戸内海 大島・鶴見半島

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(佐伯市鶴見 大島)

豊後水道西側の旅、2日目は佐伯市から東へ細長く延びる鶴見半島と先端近くにある大島の漁村集落です。
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鶴見大島
佐伯市の東約15km、鶴見半島先端近くの豊後水道に浮かぶ、小さな大島。島の東側は太平洋の荒波が打ち寄せる断崖絶壁で、豊後水道自然公園に指定され、雄大な景観は目を見張るものがある。西側に船隠・田野浦・地下の3集落がある。一本釣漁業が主産業で男たちが腕一本でささえる漁業の島である。最近、島の西側に沖合養殖場が造成され、ブリ、タイなどが養殖されている。その品質は素晴らしく、市場の評価は高い。佐伯湾口の交通の要衝に位置することから、慶長11年(1606)に毛利佐伯藩の船番所が置かれて開発が進んだといわれ、加茂神社や「とび太鼓」などの文化遺産、「壇の窓」に代表される自然のおりなす景観が素晴らしい。(「シマダス」参照)
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佐伯葛港から高速船で30分。
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リアス式海岸のV字の奥にある佐伯港の海は静かですが、半島先端へ近づくにしたがって波が高くなり、船は結構揺れます。今日も風が強い。
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定期船は大島の地下港と田野浦港に寄ります。佐伯葛港から乗船した際、船長から帰りの3便は最悪欠航するかもしれないと言われていましたが、大島に着いた時点で、3便はは予定通り運行するであろうと判断いただき、安心して地下港にて下船しました。
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地下集落の加茂神社。緩斜面上の集落の中ほどにあります。
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加茂神社のアコウの木。見事!
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加茂神社からの地下集落俯瞰。遠くに見えるは鶴見半島です。
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一本の縦道が奥へ奥へと延びていて、段々状の石垣が見どころ。
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こういうクルマの入れない道がそのままに残っているのが島里のいいところです。
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どこの島にもネコがいる。
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地下集落の共同井戸の辺り。
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井戸の傍にあった「水神明」
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地下集落から田野浦集落へ。地下集落を出るところにこのようなコンクリートのゲートがあった。向こう側からもの凄い勢いで風が吹き抜ける。さて、このゲートの役割はなんでしょうね。考えられるのは、「防風」と「防潮」ですが、もし防潮なら水門が付いているはず。であれば、防風なのか。ナゾです。
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地下と田野浦の間に小さな集落がありました。その上に廃墟化した鉄筋コンクリート造の建物があった。
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小中学校かなぁ。でも海岸沿いに小中学校があった。
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大島で一番大きな田野浦集落の全景を防波堤から眺める。
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海岸線に直交する縦道が何本も奥へと延びている。
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大潮の時期だそうで、海岸では海藻採り。
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田野浦集落に入ってみましょう。
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歩き回っていたら屋根付きの共同井戸があった。
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石垣が続く縦道。
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大きく古い建物。
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密集系漁村ならではの細い道を歩き回る。
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下見板張り壁の家々。
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家の裏を流れる川を渡る橋。
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家と家の間の川。生活水の排水路でしょう。
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密集した中に突然郵便局が現れた。港の近くではなく奥の方にあるのは意外。
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集落を見下ろす斜面上に広がる墓地。密集系漁村の典型ですね。
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墓地から眺めた田野浦集落。瓦を漆喰で固めているのは、台風常襲地域の証し。
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もう一つの集落である船隠地区。なんと読むのかわからない。
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かつての海岸線に続いていた石塀が残っていました。
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この海岸線に面する石塀は、大分県愛媛県問わず、豊後水道沿の集落の共通要素です。このことの確認が、今回の旅の最大の目的でもありました。

# by marunouchi_no1 | 2019-03-22 20:00 | 大分県